予定調和 第二二章
本来、神と呼ばれる存在が人の世で個人的な相手に望みを叶えるのは超ピンポイントでさじ加減が難しい技術だったりします。
判りやすく言うと、海を持ち上げてお人形のコップに8分目まで注ぐような危うさがあります。つまり、基本的には無理。
植木さんちの一族が相手の場合、それがピッチャーからグラスに注ぐ程度に緩和されると言う事実があったりします。
「……肝に銘じておきます。ですが、妻の良き守りとなるのであれば全身全霊を持って力の限り妻を守り共に幸せになりたいと思います」
微妙に騎士団長の顔が引きつっている気がするが……それは枝織もそうだという自覚があるのでお互い様だろう。
間に立たされたエリンも困り顔だし、マーシャにしてみれば告白されて実は書類上は夫だったと告白された騎士団長と長年良き話し相手として接してきた枝織とを比べれば今の所は枝織に軍配が上がるのも当然だ。それが気に食わなくて、なるべく枝織からマーシャを遠ざけようとする当たり「子供か、お前はっ!」と誰かが言いたくなったのだが誰かは秘密である。
「ですがシリー様、この様な神の奇跡がマーシャ殿の手元に存在する事によりマーシャ殿が今度は政治的な利用をされると言う事は……」
「その点は大丈夫だと思うわ、これって場合によってはマーシャの身の安全は全力で守るけれど。場合によってはマーシャの意志はガン無視だから」
「……え?」
たらりと枝織の米神に汗が流れたのを、エリンと騎士団長と元魔法士団長は見逃さなかった。
つまり、この箱の中身はマーシャの身の安全は守ってくれても他の何物を持っても利用される事「だけ」はない。マーシャを害そうとする者、政治的経済的学術的に利用しようと目論む輩が、仮に国やマーシャにとって大切な存在を盾にとって取引を申し出たとしても箱の中身が「害悪である」と判断した場合はマーシャの意志は完全に無視することになる。
例え、それで取り返しの付かない事になったとしても。
「あ、でも少しだけ大丈夫な事もあるのよ。
もし、マーシャに対して結果的害悪であると判断したら実行及び関係者各位は「同等の支払い」を行う事になるし。そうなる事はマーシャを利用しようと動き出した存在が感知出来る様になっているから。これである程度は大丈夫!」
その物騒な物言いに、少しだけ周囲はたじろいだ。出来れば聞かなかった事にしたかった。
無理だとは……知っているが。
「大丈夫……なのか、本当に?」
「やだなあ、騎士団長。疑うの?」
「いや……」
「ホント、大丈夫だよ。多分!」
「多分……で、ございますか?」
「いや……きっと?」
「なんで気弱にっ?」
最初のうちは元気一杯に答えていた枝織が、どんどん弱々しくなって行ったのは。
「いや、だって……私もどんなものが入っているのかとか。どんな風に効力があるのかとか、よく知らないし……。
神にはね、ちゃんとマーシャを全力で守るもので実用性があって、それでいて邪魔にならないものを用意してねって言ってあったから……大丈夫、だとは……思う?」
「なんで疑問系なんだ?」
「いや……ほら、ね。詳しい指定とかしてなかったから。
見るの楽しみかなあとか、なんか怖いかなあとか……だって、アイツったら「うん、判った。全力で頑張って作るからね。楽しみにしててね!」って良い笑顔で言うから嫌な予感してると言うか。それしかないと言うか……」
何故だろうか、枝織の苦労が垣間見えたり同情したくなりたくなったりする。
と言うか、何故に創造神がイマドキの若者の様なノリなんだろうか。
「一体、どんなものが入っているんだろう?」
「ええと……身に着けるもの? 多分?」
「でも、生物ではないと言う事ですが?」
「それは本当、生物だったら食事とかしないといけないでしょう? 万が一の事が起きた場合に捕食本能が買ったら保護対象者を放置する事になるかも知れないじゃない? 個人的には食べられて強い英雄もアリかと思ったけど、考えてみたら食べるまでに汚れちゃうかも知れないし替わりを作ってくれるおじさんもこの世界には居ない様な気がしたから諦めたんだけどね?」
「何の話をしているのですか……?」
エリンの疑問はもっともだが、枝織が考えたのはモチーフとして元の世界でちびっ子に大人気の愛と勇気だけが友達の英雄である。ただし、仮に用意出来たとしても工場やおじさんが存在しない以上は替わりの顔が用意できないし、定期的に誰かが食べなければ腐ってしまうだろうし、しかもリアルで見たらトラウマになりかねないし、万が一こちらの食材を添えた場合にキャラクターが変わってしまう恐れもある。
危険だ、何がと言われたら難しいが非常に危険だと枝織は判断して断念した。
レイアウトまで考えて、商標登録にひっかかりそうになって「世界が違うんだから大丈夫じゃない、私も馬鹿だなあ……ああっ!」と言う脳内展開があったのは今更と言えば今更だろう。
「うん、こっちの話なんだけどね。
そんな感じなんで、生物ではなくて身に着けるもので、マーシャを絶対的に守ってくれる存在である事だけは保証しちゃう。害意ある存在が実行に移そうとしたら、即効で相手は支払いをしてくれる、それだけは間違いない」
求める成果の割りに割に合わない支払いを強要させら荒れた挙句、求めただけの成果が得られる事はないのだと。ドヤ顔で親指を立てたサムズアップをしてみる枝織だが、残念な事にこの世界にサムズアップの概念がないので誰一人として反応する事は出来ずに心が折れそうになってみた……一人、マーシャはくすくすと状況がわかっているのかいないのか、恐らく理解はしないで笑っていてくれるけれど。
「ですが、そうなるとコレは一体……?」
ただでさえ、婚姻による条件付けは不利な条項が盛り込まれている騎士団長にしてみれば。
妻であるマーシャの身の安全を図ってくれる守りは多い方が確かに心強い。これから先、上流階級の女性達に色々な意味で現在進行形に狙われている騎士団長の妻の座を射止めたなどと言う事が発覚すれば、女性達は大半が振るいにかけられるとしても。どこの誰が、どんな手を使ってくるのか男である騎士団長にしてみれば、それこそ想像もつかない。
対象が自分獅子であるのならば、暴力非暴力、薬物、魔術、呪術、人海戦術に政治的経済的に脅しをかけられても屈する事がない自身は多少はあるが、マーシャに対して完璧な守りなど努力以上の事が出来るわけもない。
「まあ、見てみないと判らないんだけど……騎士団長、そんな顔をしなくてもマーシャなら大丈夫だって。
ね、エリン?」
騎士団長は全身系をマーシャに向けながらも、起こるかも知れない様々な可能性に恐れ慄いているのを理解したのだろう。エリンには「そうかな?」くらいしか考えてはいないと言うより興味はないが、だからと言って放っておいて良い問題かと問われたら否と答える程度には放っておけない問題だと認識した。
「シリー様の仰るとおりでございます、騎士団長様。
マーシャ殿は、幼少の砌より王宮は女王陛下の保護及びご指導の下。すくすくと成長をなさいました、時に一般市民と共に生活を共にし、時に侍女として。女官として、様々な分野で目まぐるしくも変化に飛んだ環境の中にあって、自然と打ち解けて行くという才能については一目置かれているほどでおられるのは、私も保証させていただきます」
「そんな、私は……」
「マーシャ殿……が、ですか?」
言われて、マーシャは顔を赤くして照れているようだ。
そんなマーシャを見て内心ではでろでろに「可愛い」と思っているだろう騎士団長は、少しばかり信じがたいと思っている部分もある様だ。
何しろ、マーシャの法務省での噂は魔女とまで呼ばれていたのだから。
続く
ただし、マーシャに与えられたものはマーシャと同じ血を。より濃く、マーシャにより近い精神や魂の持ち主が大好きだったりするので、時の流れによっては騒動の種になる場合もあります。て言うか、それって……




