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予定調和 第二一章

大人でも混乱している最中に伸ばされた手には、疑う事なく伸ばすだろう。

平和ボケした日本人の場合、溺れた相手が逃げようとしても捕まえて助けを求めるかも知れない。そもそも溺れた人には近づかないかも知れない。

だから、ミカだけを責める事は…しても良いのかと問われればきっと。


「ただ、ミカがお姫様になりたいって(こだわ)るのならばお姫様になればいいってだけ。でも、お姫様になる所までは神も手助けしてくれるけれど、そのまま維持するとは言ってないの。

 ミカは、この世界のお姫様である御子として呼ばれたけれど……世界の危機が終わった後までは御子のままではいられない。だって、そうしたら今度はミカの為に世界が壊れてしまう。だからこそ、利用価値は潰さなければ人の世界が世界を丸ごと壊す事になる。

 そんなの、本末転倒だわ」


 誰も間違ってなどいないだろう、単に神はそこまで言わなかったと言うだけの話で。

 お姫様にはしてくれる、けれど死ぬまでお姫様でいられるかどうかまで責任は取らない。

 普通ならば当然の話だが、枝織が言っているのはそう言う事ではない。

 御子と言うのは特別な存在であると言う事……つまり、もうミカは特別でもなんでもないと言う事。

 この世界の、この国の、ある種政治的にも重要拠点の一つとされる土地を与えられたのも理由の一つで。今後はミカが自分自身で打ち立てていかなければならない。でも、ミカ本人に利用価値はほぼないと言って良いだろう。

 何しろ、すでに神の奇跡は過ぎ去ったのだから。


「お姫様だって、頑張らないといけないのよね」


 事情がわかってくると、エリンの目が同情の視線となる。

 男達は、何となく何を言ったら良いのか判らないといった風に見える。

 元第一王子は気絶したままだ。

 騎士団長とマーシャに関しては相変わらずで、エリンの視線が徐々に鋭くなってきているのだが……その事に関して枝織は突っ込みを入れないと決めている。


「な、何よ……」


 枝織達は、単に見つめただけだ。

 哀れな考えなしの、元男の子の現在は娘さんを。


「何なのよ、その目は! ミカを、ミカをそんな目で見ないで! 見るなぁっ!」


 側にあった食器を手に、いきなり投げつけて着たミカを枝織は指を一つ鳴らしただけで四肢から力を抜けさせる。耐えられず、かと言って気絶するわけでもないミカは気だるい体を何とか動かして枝織を見る。


「騎士団長とマーシャは、神からの贈り物を取ってきて」


 言葉の外側に「いちゃつくのは後にしてよね」と言う気持ちを乗せれば、流石に色ボケ絶好調の騎士団長も苦笑交じりで「はい」と答え。その言葉に漸く現実に帰ってくる事が出来たマーシャにしてみれば能力の限界値は超えているので気絶してもおかしくはない……仮に気絶しても、騎士団長が抱きかかえるだろう事は周知の事実なので心配はしないが、そのまま寝室に連れ込まれる可能性がある事に関してはエリンの目が鋭く冷たく厳しく怖い。


「エリン達は二人の護衛を」


 別に、枝エリンの目に負けたわけではない。ないったらない。

 誰に言い訳をしているのかと己で内心呟くが、本当に負けたわけではない。

 騎士団長の実力は知っての通りだが、それでも万が一と言う事もあるのは長い人生を生きてきた経験則から来る判断だ。


(かしこ)まりました……元御子様の事、お礼を申し上げます。

 騎士団長、マーシャ殿、参りましょう」


 エリンでなくても見ていれば判っただろうが、枝織にとっては別に何か思う所が出てくるわけでも何でもない。

 特に反応がないのが反応だろう、とエリンは思った。


(うけたまわ)りました」


 騎士の礼を取った騎士団長は、満足気な顔で枝織を見てからマーシャへと視線を向ける……内心、枝織は「リア充なんて毛根死滅すればいいのに。でもマーシャが泣くなら無し、絶対無し」と危険な思考を捨てる努力をする。下手な事を考えて面白がった神が介入してきたら、それこそマーシャに申し訳が立たない。


「しり……第一級神官様」

「いいよ、マーシャ。前みたいにシリーと呼んでくれて、構わないんだから。

 (むし)ろ、今更そんな風に距離を取られたら泣いちゃうかも知れない……」


 本音では無かったが、マーシャは思い出す。

 そう、自分の愚痴零し相手であり自分に愚痴を零してくれた相手。無論、話の内容から個人や集団を特定する事は出来ぬように察する事が内容に配慮した会話ではあったが、それでも冗談を交えて笑いを添えて、枝織は……マーシャにとってのシリーは心を軽くしてくれた。マーシャにとってシリーの心を軽くする事が出来たかどうか、それは本人ではないのだから想像もつかないけれど。

 それでも、マーシャの機嫌が良いと言う事で話を聞いてくれた人は「良い友達が出来てよかったね」と共に喜んでくれた。

 人に言われたからではないけれど……マーシャにとって、彼女は第一級神官でも植木枝織でもない。単なる友達のシリーで良いのだと言われた気がして。こみ上げてくるものがあって。


「シリー……」


 だけど、何を言う事も出来なかった。

 そんな余裕が無かったと言うのもあるが、同時に想いが募って言葉に出来なかった。

 涙ぐむ事しか出来なくて、それでも良いのだと笑顔で頷いてくれた事が答えの全てだ。

 秘密を持っていた自分を相手に、それでも仲良くしてくれた相手……その相手にも秘密はあったけれど、それでもマーシャがシリーの秘密を認識はしても気にしていなかったように、きっと相手もそうなのだと思えた。


「参りましょう、マーシャ」

「……は、い」


 枝織の言葉に部屋から姿を消す人々……枝織が言ったように、光の柱は騎士団長とマーシャを拒絶する事はなく。二人が受け取ったら光の柱は消え失せ、そこにあった箱を持って三人は戻ってきた。


「あからさま過ぎると想い人に嫌われても知らないわよ、騎士団長?」


 まあ、長い抑圧された初恋の実った瞬間に暴走しないだけマシかも知れないけど……とは思ったが、そんな事を口にしたら暴走されそうなので深くは口にするまいと枝織は思う。

 自覚が一応あるのか、騎士団長も「鋭意努力します」と苦笑しているあたり頭痛は知らないフリをする。


「さて、その箱の中身はこれからマーシャにとって素晴らしい仲間となってくれるわ。生物ではないけれど、ある意味で生物より余程頼もしい存在となる事は請け合いよ。

 それはとても力になってくれる。経済も政治も、どんな権力からも除外されたものである以上は、例え王族であろうとも、マーシャ以外の人にとっては毒であると思ってくれて構わない」


 そんなものを……と思う者はいたが、いたとしても神の御業(みわざ)を前に異論も反論も出来るわけではない。

 仮に、マーシャの持つ神の奇跡を欲しがる者がどんな立場の存在だったとしても……仮に、何らかの手段を持ってマーシャを害そうとしたり取り上げようとしたとしても、背後に存在する神と言う存在がマーシャの立場を揺るがぬものにしてくれるだろう。

 それこそ、御子の様に。


続く


世界に起きたと言う「問題」は、その世界のものであって他所の世界にはなんの関わり合いもないことだ。

ただし、その世界と別の世界が繋がっている場合は果たしていかがなものだろう?

さりとて、その世界間で明確なやりとりがあり。なおかつ双方合意の下で行われたのであれば自己責任と言える。

けれど、そうでない限りは単なる拉致だ。

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