予定調和 第十八章
幼い頃、誰もを平等に扱えと言われたことはないだろうか?
でも、それは間違いだ。
好き嫌いはあるのだ、どうしても生じるのだ。条件反射だろうが好みだろうが言い訳は何でも良い、それでも生まれてしまうのだ沸き起こってしまうのだ、それは否定出来ない事実なのだ。
どこの集団行動なのか、顔色が赤くなったり青くなったりと忙しい連中である。
枝織は否定しないだけであって、肯定もしていないと言うのに。
「神様にとっては、さぞかし不愉快でいらっしゃることでしょうねえ……第一級神官様と言えば、御子様が如く神の寵愛を持ってこの世界に降り立つ御方。ただ、御子様ご自身は神と対話される事はないといいますし」
「それは半分間違い。かな?
別に、この世界で御子と呼ばれてる人達を寵愛なんてしてないよ? 単に都合が良いから駄々こねてわがまま小僧よろしく、強引に引っ張りこむだけだから。勿論、無理に来てもらう訳だから多少の便宜……幸運値を上げたりはするけどね」
「駄々って……」
流石のエリンも枝織の言い方には多少戸惑ったようだ、見れば周囲の者達も大なり小なり恐れおののいていると言う感じがある。
「他の人はどうだか知らないけど、私の時はそうだし……多分、今も呼べば何らかの反応はするんじゃないかな?」
常識を根底から覆されると、人は反応が止まってしまうものだ。
こうなると、外部からの動きで止まってしまった人々を動かしてあげなければならなくなる。
「……ねえ、騎士団長」
「はい、何でしょう?」
言われて、自然に反応したのは褒めてあげるべきだろう。
少なくとも、びくりと反応した元第一王子よりはマシだ。流石に経験値の違いはどうにもならずに……少しだけ哀れみを覚えなくも無い。
「どうせなら、ずっと思い続けてきた相手にはそれ相応のシチュエーションって必要だと思うんだけど。
あなた自身は、どう思う? 突然、こんな事になってしまって少しだけタイミングが悪かったとは思うのよ?
私が動くタイミングを計る事をせずに、衝動的に動いてしまったから。騎士団長が描いていた計画を台無しにしてしまったのではないかなって思うの」」
騎士団の団長ともなれば、外に出て巡回する騎士達とは違い休みなどほとんどないし。そもそも、休みであっても何時呼び出されるか判らない、問題が起きるか判らないから行き先はほぼ把握されていると見て良いだろう。
加えて、城下に帰る家があっても独身である騎士は城内の敷地にある騎士団寮に住み着いている者も少なくはない。そうなれば、滅多に仕事以外で城下に出たりする事はなくなってしまうのは普通の事だ。
本来、枝織にしてみればもう少し時間をかけて。それこそ、もっとミカがとんでもないミスを行う事で半ば放逐状態にしてやろうと踏んでいたのだが……マーシャの涙で全ての問題は前倒しにした。
とは言うものの、マーシャが悪いわけではない。きっかけの一つになったのは確かだが、それだけが問題ではないと枝織は思う。恐らく、王家の人々やエリンなども同意してくれる事だろう。
「そうですね……マーシャ殿には、婚姻の証を用意する時間が無くて大変申し訳ないことをしたと思っています」
言い出した枝織のタイミングは突然だったが、それまでに婚姻の証……これは人によって異なるが神殿に祝福を与えられた装飾品を互いに送り、お互いが受け取って身に着けて貰う事で婚姻の有無を第三者に知らせるのだが。これを事前に用意できなかったのは、単純に騎士団長の手落ちである。
元々、婚姻の話を神殿から持ってこられた際に間に合わせを贈ろうとした事も周囲から猛反発を喰らった理由の一つで。この事態が解決したら……と思えば、思いのほか時間が掛かったと言う事実もある。
色々と、運が無かったと言ってしまえばそれまでだろう。
「ですが、貴方に対する気持ちだけは……信じていただけなくても、知っていて欲しい……」
「ちょっとそこ、イチャイチャはまだ早いから」
「……いちゃいちゃ?」
枝織の冷たい視線を受けて、流されそうになったマーシャが我に返って慌てている姿と言うのは可愛らしい……ミカの取り巻き立ちの中には、幸か不幸かマーシャの元婚約者はいなかったので後に「お前、極悪人だな」と言われ続ける理由が長年判明しなかったというのは、別の話である。
思わず、見ていた元第一王子が無意識で「いちゃいちゃ」と言う言葉に反応してしまう程度には無意識だ。
「そう……ならば何か思い出に残るものがあった方が良いわよね」
きらりと枝織の瞳が光を放ったことに、一体何人の人が気が付いたのか……。
とりあえず、エリンを筆頭とした女性陣と数人の男性諸兄……その中には元魔法士団長も含まれていたのは意外と言えば意外だったのかも知れない。
「お前、一体何を……」
「なーんか、ろくでもない事でも考えてる?」
「五月蠅いんだけど、元第一王子と元魔法士団長の分際で現役の第一級神官に対して無礼な」
魔法士団は魔法の専門家で、魔法とは世界に神が与えた力だ。
王家とは世界中に含まれる魔力……例え、道端の石ころ一つでも魔力は含まれている。その中でも魔力含有量が多い人々や、人をまとめている間にいつの間にか祭り上げられたのが各国の王家だと言われている。
神の意志の名の下に建国を果たしたとか、悪しき竜を打ち倒し人々に平和を導いた勇者が国を興したとか言う話はよく耳にするが、そのほとんどが眉唾なのは言うまでもない。
魔力が全てと言う世界ではない以上、神殿に仕えるわけでもない存在が簡単に神から恩寵を賜る事は……比較的、ないわけではないが口を割らないほうが得策だろう。誰が、とは内緒だが。
つまり、どちらもある程度は魔法や神への知識は存在している。
貴族と呼ばれる者のうち、真なる貴族と呼ばれているのは王家ほどではないが魔力容量の多い存在達の事で。魔力は持主の心根一つで増減する事はあるが、それでも人間性としての良し悪しは存在する。
逆に、新なる貴族と呼ばれている人たちは基本。悪く言えば成り上がりであって、魔力容量はともかく人々の忠誠心を集め易い人々のことでもある……ある意味、目に見えない魔力の持主。とでも言えば良いのだろうか?
つまり、何が言いたいかと言えば。
現役の第一級神官……神に繋がった存在である枝織の不機嫌になった気迫に魔力で頭から押さえつけられたと言う状態だ。多少の呻き声を上げている二人は今、思い切り床に跪かされている状態となっているので自然と枝織を見上げる形となっている。
しかし、当の枝織本人は魔力で押さえつけると言う事は意識して行っているものの。魔力は所詮は力そのものでしかないのだと言う事も理解しているあたり、なんとも複雑怪奇と言えなくもないだろう。
「ちょっと神、見てるんでしょ?
マーシャの為に奇跡の一つでも起こしてやってくれても、罰は当たらないんじゃない?」
ぎょっとした者もあれば、ぽかんとした者もあった。
神に対して儀式を行う事もなく、単に口から零れただけ。
本来ならば、魔方陣としかるべき手順に則り定められた場所と時に法則を持って行われる物事の全てをすっ飛ばして放たれた枝織の言葉に誰しも止めるなんて事を思い付く事もなく唖然と、ぽかんと口を開いてしまった時。
「あれを見て」
何かに気が付いた枝織の言葉に、一同が目を向けると窓の外に見える所には一つの光の柱が見えた。
「騎士団長、マーシャ。
あそこにあるのは、貴方達への神からの祝福。あれが神の奇跡。
触れる事が赦されているのは、貴方達二人だけよ」
続く
そうでなければ、何故人は格差社会と言う不平等の中で生きなければならないのだろうか?




