予定調和 第十六章
世界が瓦解した時、人は本性を表す。
普段は表から隠れている、隠されている、それが本性。
大人は分厚く硬い仮面を被るのは、それが必要だから。
世間と繋がる事もそうだが、何よりも誰よりも守らなくてはならない存在があるから。
しゃべりすぎて喉が渇いたと思った所で、部屋付きの侍女がさり気なくカップを渡してくる。
こういうタイミングは一朝一夕に出来るものではないので、よほどの実力があると見て良いのだが……ミカに視線を向けようとしないあたりは彼女も辟易していた部類の存在なのだろう。
「なんでこんな奴らにお茶なんて入れるのよ!
コイツ等はね、ミカをお姫様から突き落とす為に来たのよ。ミカをお城から追い出す為に来たのよ、ミカから王子様を取り上げる為に来たのよ!」
しかも、ミカが入れたお茶とは別のセットを用意して入れているあたり、色々と含むものを感じるのは気のせいではあるまい。
「侍女が気を利かせた事に何か問題でもございますか、元御子様?」
「な……なんですってぇっ!」
「お話は終わりましたので、即効で元御子様には西の領地に関する手続きの後三日以内に王都から出立していただかなくてはなりません。
近衛と衛兵の皆さん、よろしくお願いしますね」
エリンの言葉に、騎士の姿をした人々が「はっ!」と言ってミカに触れぬように誘導する……視界に入る、会話をする、相手に意識を向けられる、マニアックな所で匂いをかぐなども含まれるが、下手に触れたりすると骨抜きにされてしまう可能性があるので騎士や兵は「御子に関わる時は密閉型兜着用の義務」を付けられている。
正直、外見は危ない集団にしか見えないのは黙っていて差し上げるのが親切と言うものだろう。
「待て、お前達!」
「何か御用ですか、『元』第一王子様」
「な……」
「先ほども申しましたが、これは上意でございます。
元第一王子様に至っては解任、王家より系譜よりの抹消、領地の返還、財政の圧迫に伴う補償に関しては大変お心広き王太子第三王女殿下のご配慮により、即時退出に伴う事で相殺と言う事を含めたなどなど……当然、王子としての役職も与えられました恩恵も全て返上していただきます」
エリンが言っているのは「とっとと出て行け」と言う事だ、「今すぐ出て行け」でも良い。
「私を排斥、するのか……」
「それは当然よね、王家なんて国あって存在を許されるもの。国民あって君臨するもの。
でも、元第一王子は元御子にうつつを抜かしてライバルを蹴倒してミカ相手に子供孕ませたら勝ち。なんて思っていたとしたら王家と言うより貴族、とか言う以前に男。よりは人? いやいや、社会的営みを行う生物として赦されると思う方がどうかし……て……ると……」
こいつ、本気と書いてマジかっ!
元第一王子だけではなく、元と言うレッテルのついた男達はどれも似たり寄ったりな顔をしている。
はっきりと「すみません、そう目論んでました」と言うのは想像する前に理解してしまった。
「最悪ですね……」
ぼそりと告げられた現役騎士団長の言葉は、妙に胸をえぐる。
確かに、見かけは一般的な適齢期の女性と言っても良いが「この格好嫌い」と言って服を改造―――この国では宗教的な意味もそうだが気候的、道徳的、保安的な問題からも女性は足首や手首までが隠れる服装が望ましいとされている。特に飾りの規制はないけれど、背中で編み上げるタイプのドレスが主流で一人で着るにはコツがある。でもミカは歩きにくいからと言って下の服を太ももで切り落とし、暑いからと言って上の服も下着同然の格好だ。今でこそ改善された―――この地方は夏には大量に虫が発生して皮膚に影響が与えられ、冬場は国土の半分以上が極寒な為に必要な措置だったのだが。それでも、まだまだミカの意識改革には程遠い。
「お、お前だって……マーシャ相手に目論んでいるのだろう!」
元王子、一同の氷河期張りの視線に対して全く気が付かないのは動揺から来る混乱と言う事にしてあげると寛大すぎるだろうか?
マーシャはぴくりと反応しており、マーシャの視界の外側で騎士団長の表情が魔王降臨という感じになっており、見えない所で元魔法士団長は「馬鹿、何やってんの!」と意識を飛ばし、元第一王子は「やべえ、詰んだ……!」などと思っていたりするのは、彼ら幼馴染特有の保有技術と言う事にしておく。
エリンや、ましてや枝織にはバレまくっている事など放っておいてあげるのが親切と言うものなのだ。
「ええ、大変面倒な事に付き合わせていただきまして……この様な目に合うとは伺っておきながら心も体も準備を怠った私が未熟なのは確かですが……あまりにも大変でした。『元』御子様が私に近づいたり声をかけてくるだけで貴方達の『あまりにも』無駄すぎる無駄に無駄を重ねた嫉妬に晒される身にもなってください。
私としては、すでに神殿認可の婚儀を終えた身である以上は即日にでも妻を披露したくてたまらない、色々な事を妻でやりたくてやりたくて戻すかと思われるほどの苦行を、ぐっと堪えていたのですから」
「いや、それは褒めれた事じゃないでしょーがー。
妻「で」って何、妻「で」って。て言うか、本人が結婚したとか知らないってアリエナイよ?」
「神殿を通さないで禁呪や禁術で元御子を拉致監禁を企てた元魔法士団長に、言われる覚えはありませんと王族の皆様は申しておりましたけどね」
やってる事は結果的に変わらないのにねーちょーふこうへー、などと元魔道士団長がエリンにしかめっ面を向けて言っているが右から左にしておく。
「第一級神官様」
「こうして正式な立場でお会いするのは……随分とご無沙汰していますね、騎士団長様。一方的強制結婚式以降でしょうか」
あからさますぎる嫌味に、さらりと苦笑の一つで受け流した騎士団長は腹黒い……出身と経緯を考えれば想像が出来ると言うものだが、それでも目の前で展開される事と話しに聞く事とでは全く違う。
「今更ですが、神殿が認めたとは言っても貴方の行動そのものは褒められた事ではありませんので罰則が適用されているのは承知していますね?」
「以前から思っておりましたが、何やら承服いたしかねる部分があるのは今更なので承知しております……その様な事はさせませんが、絶対」
うわ、怖い目してるよ……。
室内の人物達の心がほぼ一つになった瞬間である。
「手段に関しては、第一級神官様のお言葉に従っただけ……と言うのは往生際が悪いですね。
根回しを中途半端にしていたのは私自身の問題ですし、今回の事はそれを持って不問に致したく思います」
上から目線の様な気はしないでもないが、これはこれで致し方ない部分もあるのだろうと考えてしまった枝織は心が広いのか大雑把なのかよく判らない。
「そうですね、外堀は埋めたとは言っても内堀を蔑ろにしていたら相手が抜け道を通り宝物が逃げ出すと言う事もあるでしょう……せいぜい、精進なさって下さい。
マーシャが心から拒めば、貴方はマーシャに指一本触れる事は出来ないし。マーシャが貴方に絶望すれば仮に子供が出来ていたとしても処罰が下される事を決して努々(ゆめゆめ)忘れぬ様に」
「当然の事として、受け止めてまいります」
続く
人が一人では物理的に生きることは出来ない。
もし、一人で生きていると言う人と街中やネットの中で出会うのならば言ってみると良い。
「なら、どうして文明の中にあるのか?」
誰かが作った物体や機構、その中にある事は一人とは言えない。
例え、それらが精神までは守ってくれなくても。




