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予定調和 第十四章

ご存知の方は「ああ、ここであそこに繋がるのか!」と合点して下さい。

ご存知ない方は、本編終了後に番外編をご覧下さい。


「元々、私が騎士を目指したのはマーシャ殿がおられたからです。

 さもなければ、私は騎士など目指す事も無ければ王宮に来る事もなく、一生を平凡な下町の一人の男として過ごしていた事でしょう。ですが、私は今ここにおります。

 マーシャ殿、どうかその様な顔をなさらないで下さい。

 私は、貴方の微笑が見たくて。ただ、それだけの思いでここに来たのです」


 途中経過は省略するが、子供の頃はお城から抜け出した元第一王子、巻き込まれた元魔法士団長が下町を牛耳っていた扱いになる騎士団長の所にしょっちゅう入り浸り。元第一王子の推薦と偶然見かけたマーシャへの一目惚れに近い経緯により「貴族と結婚する為には出世しなければならない」と(そそのか)された結果による。あながち、間違いではないと言う所が少々問題だが。

 それこそ、血反吐を吐いても吐いても吐いてもまだ出てくる胃液と言う苦渋を舐め続けて漸く出世してみれば。

 愛おしきマーシャは、悪鬼巣窟とされる法務省でも有名な腹黒やり手大臣付きの文官となっているわ、婚約者がいるわでダブルパンチ。婚姻の申し込みどころか告白すらも出来ないと言う病んでしまいそうになった時、珍しくトチ狂った騎士団長が神殿で僅かな寄付を行うと心中を吐露できる懺悔部屋で心情を口にしたら。

 聞いていた枝織が裏から出てきて、幾度か邂逅した際に口にした訳である。


『これから、この国は世界を巻き込んで大変な目に合う。国は異世界から御子を召喚するが、その人物は別の意味でこの国を騒ぎに巻き込むだろう。

 本人の意思のあるなしに関わらず、周囲は決して失せる事のない毒に見舞われて沢山の人々が涙を流す。

 無論、騎士団長の思いを寄せる人物も涙を流し苦しむ。そして、静かに王都より去り二度と戻る事はない』


 この言葉は後で騎士団長がまとめて、それらしくしてみた事で「そう言う事なのだろうな」と言うものだったりするが、実際にはもっとフランクで一方的な言い方だった。

 しかし実際、枝織の言った事は間違いでは無かった。

 これは、もしも誰もが思い付く事なく行動する事なく流された場合、決して回避する事の出来ない現実となっていた事象。枝織の言動は、それを回避すると言う一念で行われていた。


 一番最初こそ信じなかった騎士団長ではあったが、次第に世界情勢がきな臭いと言う事を下町で培った経験と勘により察知。いち早く枝織に相談したところで出た答えはとんでもないものであり。

『ならば神の名の下に結婚してしまえばいい』

 勿論、この国では例え親であろうと当事者の意思を無視した婚儀を挙げる事も手伝った神官も処罰対象だ。

 神殿は俗世には関わらないのが前提ではあるが、人無くして信仰は成り立たぬと言う事から神殿も神も人の(いとな)みについては関わる事になる。

 第一級神官であろうと、犯罪を犯せば天罰が下るが枝織曰く『これは神に認めさせた婚儀だから問題なし』と言う事である。神が認め半ば強制的に婚儀を挙げさせたと言う事実を前に、たかだか人の国の者が何を問題視するのかと問われれば、何か問題のある言葉ではあるが否定出来る要素はない。

 そうして世界はひっくり返り、騎士団長は神が認めた婚儀を挙げていた関係でミカの虜にはならずに済んだ。今は御子としての能力を失ったらしいミカから以前ほどの誘惑を感じない面々ではあるが、それでも以前よりマシという程度で気をしっかり持てば逆らえないわけではない程度のものとなっている。

 ちなみに、騎士団長には最初から呪いは関係なかった気がするので案外「別に結婚させなくても良かったかなあ?」と枝織が思っていたのは墓場もしくは元の世界まで持って帰ったほうが良い思考だ。


「でもね、マーシャ。

 今はこの国、大分変わったのは確かだけど……大変だったと思うんだ。

 騎士団長は王都の下町出身、そんな環境に居たんだから当然剣や礼儀も右や左と同じ程度にわからない。

 貴族の領域、駆け引きにやり取り、そう言ったものを現場だけではなく紙の上や狐狸妖怪相手に行わなければならなかった騎士団長が苦労して頑張った、原動力となったのはマーシャへの気持ちだった。

 それだけは、信じてあげても良いんじゃないかと思うの」

「シリー……」

「そうですわ、マーシャ殿。

 騎士団長の行いは下半身を切り落とされて腕の二、三本折られたとしても文句を言われる筋合いもないと思われます。切り落とした下半身を切り刻んで飼料に混ぜて家畜の餌にする……というのも家畜が哀れと言うもの。

 もし、マーシャ殿がご希望でございましたら王太子第三王女殿下も両陛下も喜んでマーシャ殿の気が晴れるようにお手伝いさせていただく準備はすでに出来ております」

「出来ちゃうのっ?」

「そんな、第一級神官様……王太子第三王女殿下筆頭女官に抜かりはございません」


 きらり★


 何故だろうか……エリンの笑みが黒い。

 しかも、何やら恥らいながらの笑みが怖い。

 男性陣は区別無くお互いの下半身を、思わず見つめていた。

 ミカは流石に見なかったが、何やら別の事に心を奪われている様子だ。何かを探しているのかうろたえているかの様にきょろきょろと周りを見回している。


「……御子様、正確には『元』御子様でございますかね? 様子が変わっておられるようですが、何かございましたでしょうか?」


 何だかこの部屋には「元」が付く人がやたらと多い……と思ったのは致し方が無いだろう。

 うんざりするほどの「元」が付く人が……人達と言うべきかも知れないが、何しろ一人一人の顔と名前など知らない上に知った所で今後の役に立つとも限らない。


「第一級神官様?」

「……ええと、シリーで良いですよ?」

「……そうでございますね」


 現役の役職持ちと言えば第一級神官、王太子付き筆頭女官、騎士団長だけだ。

 本来ならばしゃちほこばった言い方をしなければならないのが常ではあるが、すでに裁定は下された後だ。それに、公には神殿の地位は一般には無意味とされているが司教よりも上位とされている人物を相手に王太子筆頭女官ごときが意見を言えるわけもなく。

 何より、エリンにはシリーと呼ばれている人物の性格を多少は知っていると言うのも理由の一つだ。


 室内に居る人数に比べて、あまりにも現役が少なすぎる……周囲の人々。近衛と騎士団の数人は除外される……ぎりぎりで生き残る事が出来たと言う見方もあるが、侍女達は心底ほっとしている。ミカと同じかどうかはさて置き女にはハーレム体質と枝織命名の影響はないので、もしかしたら一番被害を受けていたのは侍女達だったのかも知れない。

 確か、女官長と侍女長が揃って大酒を呑みまくって一部の人々に決して消えぬ恐怖心を植えつけた日があったとか無かったとか言う話があった気がする……とエリンは思ったりした。偶然免れたとは言え、渦中に居た者達には本当に申し訳なかったと後で思ったりもしたものである。


「『元』御子様は随分と落ち着かない様子でいらっしゃる様ですね」

「ああ……まあ、まだ慣れてないんじゃないかなっと言う感じですかね?」


 枝織が苦笑交じりに言ったのは、エリンの言葉が随分と「元」と言う部分に力が込められていると思ったからなのだろう。実際、直接被害はなかったとは言ってもエリンの周囲もそうとう荒らされていた。


「御子としての最大の能力……つまり、神と繋がると言う機能が無くなったわけだから。

 いきなり全裸で知らない場所に放り出された感じ……と言うと想像できませんかね? エリンさん」

「……そう言うもの、なのでございますか?」


 それは何はともあれ羞恥心が刺激されまくりで即効ダッシュで物陰に隠れたあげく、通りすがりの人を襲い……もとい。懇切丁寧に事情を説明して助けてもらうことになるだろう、とエリンが想像したかどうかは不明である。


「ごめんなさい、こればっかりは感覚の話だから説明しにくくて……」

「確かに、左様でございますね」

「ミカ、その感覚はそのうち無くなるよ。慣れれば普通になるから」



続く



ちなみに、何話目に当たるかは秘密です。

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