予定調和 第十三章
第三弾です。続きます
もし、マーシャが知っていたら?
それは面倒な事が追加されただけで、少なくとも今ほどは簡単に事が済まなかっただろう。
マーシャは己の出来る事を考えて自分で動き、そして可能な限り誰かの手を借りようとはしない頑張り屋さんだ。それを見ている周囲にしてみればハラハラさせられっぱなしと言う部分もあるし、そうならない様にマーシャは尚も頑張るので悪循環となる。
恐らく、理由をきちんと告げた上で意志を確認すればマーシャとて婚姻に難を示す事はなかっただろう。
でも、それでは赦せないのだ。
騎士団長が。
「神殿に認められた婚姻を行う、または女性と子供を成す……そうすれば、この『呪い』にはかからない。
私としては後者でも良かったのですが……」
「騙まし討ち駄目、絶対!」
「ええ、当然ですとも第一級神官様。
その場合は当然の事ながら、マーシャ殿の意志を前提としまして決して無理強いをする事はなく……。
ですから手順はきちんと踏みました……前後しましたが」
「一部で沈黙の間に何を考えた、何を!」
それ以前に気にかける問題が幾つもあるだろうが……とエリンは表情にこそ出さなかったが思ったけれど。
何故なら、もし敬愛する王太子第三王女殿下が関わっていた場合は婚儀の一つや二つ勝手に行うくらいの事をする自覚はあるからだ。下手に藪を突いて蛇を出すくらいならば、エリンは沈黙を保つ。
後ろ暗いからとか、そう言う事は口にしない。
王太子第三王女殿下が関わる事で国家の為、国の為となるのならばエリンにとってちょっとやそっとの犯罪など気にかけるほどのものでもないのだから。
「それは……男の事情と言う事で察していただけると、ありがたいと思います」
「は、犯罪……!」
「確かに、当事者の意思なく婚儀を認めるのは犯罪ですね。
それでも、構わないと思う程度には私は……貴方に思いを寄せているのだと、知っていて欲しい」
「何やら騎士団長様が……まあ、色々とある様にも見受けられますが完全無視と言う方向で。
マーシャ殿はよくご存知で……流石は法務省の大臣付筆頭文官でございます」
半ば以上悲鳴を上げるマーシャの側で、騎士団長とエリンが冷静に会話をするのを「何かが違う……」と枝織は思ったけれど。どっちもどっちと言う言葉を「何故か」ひしひしと感じたので口にはしない、外野がツッコミ待ちをしている感じがするなどと意識の外側に放り投げる気まんまんだ。
「正式な書類は提出されてるし、第一級神官として婚儀は認めては確かにいるんだけど……。
騙まし討ちは、やっぱり良くないよねえ……ミカの呪いから完全に除外させる意味もあったのは確かだけど」
枝織の言葉を耳にして、どこかぼんやりとしたまま少しだけほっとした顔をするマーシャを見て。
騎士団長が、一般的に野生的とお嬢さんや一部奥様方に舎弟希望が泣いて喜ぶ本性を少しだけ表す……意味合いとしては「余計な事を言いやがって」と言う所だろうか。
「マーシャ、確かに騎士団長は貴族……貴族じゃないし、逆に貴族だったらアリかも知れないけど……あ、ごめんごめん。エリン、判ってるから、ここに居る大多数の貴族なんかに埋もれているだけで礼儀を重んじている方々が居るのは知っているから。そんな目で見ないで欲しいなあ……」
エリンにとって、敬愛する王太子第三王女以外の存在は女王など一部を除けば歯牙にもかけない「使えるか使えないか」の程度で判断する存在だ。
それでも、多くの人々を見聞きしてきたエリンでも正当な評価をされるべき貴族や騎士や平民達が存在する事は理解している。過小でも過大でもない評価をされるべき人々が。
流石に、そんな人たちもまとめて屑呼ばわりされるのは面白くないので目で語ってしまっていた様だ。
「んで、それどころか騎士と言うより男と言うレベルでなく人って言うのもおこがましいくらいの生物としてのレベルで、最悪な事を平気でやりやがったんだけどね」
にっこりと枝織が笑ったのと、その言葉を聴いて同じく密やかに微笑んだエリンの笑顔を見た男達は……。
正直に言おう、ドン引いた。
マーシャが絶望感溢れる悲壮漂う顔になっているのは致し方なく……そっと肩をに手を置いたエリンに縋り付いたのも、それを見た騎士団長がマーシャに判らぬ様に鋭い眼差しを向けたのも、それを鼻で笑って一蹴したエリンと言う構図を見て、更に男達は引きまくり、侍女や女官達はほくそ微笑んだ。
……この後、王宮どころか城下町を巻き込んで飛び交った噂については語る必要はないだろう。
「おいこら!」
「言いすぎ……ではございませんねえ……」
「襲い掛かって言質とって孕ませるよりは幾分マシって言えばマシだけど、その場合におけるリスクが高すぎるから回避しただけだって言うのは知ってるよ?」
化けの皮が少し剥がれてきている為に、元第一王子と元士団長以外の男性陣とミカは目を丸くしているが。
現実逃避と現実に少しずつ帰ってきたらしい、幼い頃からの付き合いの元な二人は「何を今更」とか「そういえば、こいつはこういう奴だった」と実感していたりする。
最近の餌の不要な猫の被り方は、本来の性格を幼馴染二人がうっかり忘れる程度には完璧に被っていたらしい。
「言っておきますが……私や第一級神官様を睨みつけた所で書類上とは言え神殿からの婚儀を本人に承諾なしで行うと言う、悪鬼にも劣る行為をなさいましたのは騎士団長様でいらっしゃいますよ?
何しろ、神殿が認めた婚儀ともなれば相手が命を落としても生涯他の方を正式に娶る事は出来ませんし」
一般人ならば事実婚をもって婚儀とするし、貴族でも下級だったり表立って言えない間柄であれば事実婚で済ますのは割と一般的な話。しかし、貴族で正式に神殿の許可をもらって婚儀を行った場合は天の采配か他の者と既成事実を行おうとすれば不幸が起きる。回避方法としては、正式に夫婦となる相手の他の人達も連れて行うと言うのがある。ある意味ですり替えとなるわけだが……それでも、正式な儀式を踏むことなく触れ合った者では子供が生まれる可能性はとてつもなく低いと言う不幸が起きる。可能性としてはゼロではないし、その相手が病気などで穏便に亡くなった場合で後添えとなった相手にも後ろ暗い問題がない事が前提とされている場合には、ゼロではないのだが。
なので、意外と養子縁組による相続や後継者不足で潰える家も少なくはない。その分、新しい家が台頭してくる事を考えれば循環していると言う見方も出来る。
今回の場合は少し例外的な制約があり簡潔に言えば、騎士団長がマーシャの他に心を移せば子供を作る作業が出来ないし、マーシャから心を返してもらえない場合は子供が出来ない。ただし、マーシャが騎士団長以外に心を移した場合に相手と両思いならば子供を作る事が出来ると言うオプションがついているのは一部の人しか知らない。
当然、この時点でマーシャは知らないしエリンも知らない。
知っているのは騎士団長本人と女王、王太子第三王女だけで国王すら知らない。
「どうして……」
そこまで詳しい事情を聞かされたわけではないが、マーシャにしてみれば素早く回転した頭の中で凡その検討はついている。
詳しい事はさて置いて、恐らくは騎士団長にはかなり不利な項目が含まれている筈だ。マーシャの記憶の中の王家の人々の過保護っぷりを身に染みて理解している以上、いかに騎士団長を呪いから外し本来の王家の騎士として取り込んで置きたいと思っても、ある種で特別な立場に居る王女でもないマーシャを国内勢力図を塗り替えるほどの相手に、マーシャが不利になったり対等な立場で婚姻を結ばせるとは考えにくい。
それくらいならば、他にも状況的に都合の良い相手は幾らでも居るのだから。
と、そこまで考えてマーシャの心中は複雑だ。
考え方が為政者過ぎて、女性としての意識と法に携わる仕事的な意識とが競合している悪い癖だ。
続く
このあたりは二度ほど書き直しました。書いてる間に己の中でごちゃまぜになっていたらしくて。その為に10話で一時期止まっていたと言うのは事情の一つです。




