予定調和 第一〇章
説明文章は続くや続く、まだまだ続く。
植木枝織の裏事情公開講座。
枝織ちゃんはキャラクターと違って裏では沢山働いていたのです。
いや、本当だよ?
嘘なんてつかないよ?
「で、最後の三つ。これは二の補足と言っても良いかな?
本来、世界は隣り合っていても明確に分けられている筈なのに植木の一族だけは遺伝子に付けられた目印によって召喚させられているの。それが神様の法則? になるのかな? うちの一族と神様との約束にでもなるのかな? ちょっと違う感じ……かな? ごめん、そのあたりはよく知らないのよね。て言うか、気にしたことなかったし。
ああ、それでなんだけど。ミカは本来からすると輸血されただけであって植木の一族ではないから遺伝子である御子の能力を取り上げると、今度はミカがこの世界に存在している事が世界の法則を捻じ曲げる事になる。故に、世界の保存の法則に従ってミカを本来の世界に排除するか……どっちにしても排除は排除なんだけど。
まあ、そう言う感じで本来の法則に従ってミカを定着させるか拒絶されるかの二択になる……定着させるのは法則を騙すって言い方の方が正しい気がするけど。普通の方法についてはさて置くとして、その為に定着をさせるんだけど、今度は定着させたミカを逃がさないって言うのが最後の作業。
ここまでで質問は? ありますか?」
枝織の説明もどこか頼りなく、本人も説明する端から考えている所から見ると気にした事がなかったと言うのは事実なのだろう。もしくは、正直に言えない理由でもあるのかも知れない。もしくは、言った所で相手が理解出来ないと踏んでいるのか……だとしても、それを確かめる術も無ければ疑問すら彼らにいは思いつかない。
若干、一部には物問いた気な表情と視線をぶつけてくる者も居る事にはいるが……今、その疑問を投げかけるに相応しい時ではないと言う事なのだろう。空気の読めるありがたい人達である。
大体はすでに理解を超えた世界の話をされて、これ以上どうしろと言うのかと面々は思ったりもしたのだが。
ある意味に置いて、一人の勇者が立ち上がり……正確には手を上げた。他の人に比べれば簡素ではあるが質の良い服装をしている時点で、下級ではない事が判り武装しているが鎧姿と言うわけではない。
部屋の隅に居る存在、または枝織達と共に訪れた人達の中にも似たような存在が居るので彼らの関係者。または上司と言った所だろう。
「はい、騎士団長。なんでしょう?」
面識があったのか、それとも有名人なのか枝織は澱みなく応える。
実際の所、騎士団長はこの国の貴族階級の中や下町では有名で特に下町では英雄扱いをされる程の超有名人。未来における希望の星、将来は彼を目指して小さな子供たちが毎日を励んでいると言うのは割りと最近起こったことだったりする。
それは、騎士団長と呼ばれている彼が生まれも育ちも定かではない下町出身であるが故だろう。
かつてのこの国では、どれ程の実力があったとしても貴族階級ですらない存在が王宮で高い身分に上がる事など有り得なかった。けれど、今では少しずつではあるが実現している。
とは言っても、そんなに全てが上手く行っているわけではなく仮にも一刻の騎士団長が爵位も無いというのでは格好が付かないと言う事で、功績に見合ったそれなりの位と財産は与えてられて居る筈である。
「言っている言葉の意味はよく判りませんが……簡潔におっしゃるとどうなるのでしょう?」
そうは言っても、どちらかと言えば騎士団長はこちらを見て口を開けてぽかんと呆けた顔をした面々に対する事情説明を望んでいるのだろうと言うのは、よく判った。
「ずばり、ミカはこの世界で一生過ごします。御子としての能力はなくなりますが、この世界に来る際に付けた条件付け……健康な体と逆ハー体質は中途半端に残り何度死んでもこの世界で生まれて死にます。
例え、ミカと言う肉体はこの世界で死ぬまですごすとしても。次に生まれ変わる時もその次に生まれ変わる時も、ずっとずっとミカの魂は世界が存続する限り元の世界に帰る事はありません」
理解出来る言葉が少なかったのか、面々は微妙な顔をした時点で枝織は「おや?」と内心で思った。
しかし、中途半端と言われて首を傾げた面々を見て、己の説明が不足していた事を枝織は思い当たる。
「難しい話はさて置いて……つまり、これからもミカは健康な女の子として周囲の独身男性にちやほやされながら生きると言う事」
この世界に、輪廻転生の概念はない。
少なくとも、死んだらそこで終わりであって次に生きる世界があると言う考えは持たれては居ない。
故に、枝織の言った言葉の意味を。その恐ろしさを、真の意味で気づけた者が存在しないのは……幸いだったのだ、と思えば良いのだろう。
「とは言っても、これは一度死んでしまったらおしまい。今の体になっても植木の血はミカの体の中に生きているけど、それを抜く事で一度死んだ事と世界に断定される。これまでは植木の遺伝子……つまり「血」がうはうは逆ハーレム状態を作っていたわけだから、抜いてしまうと健康はともかく老化はして行く事になるし。今ほどの状態にはならなくなるんだけどね」
別の言い方をすれば、植木の血を体内に取り込んだままのミカは永劫に若く美しいままの姿で生きる事が出来たのだろう。
実際、知る者は少ないが大なり小なり怪我や病気の蔓延した戦場などで半泣きになりながらミカも訪れたりしたが、それでもミカはかすり傷一つなく無傷だった。中には毒が仕込まれたものもあっただろうが、それらも襲撃者達の意図する結果にはならず、必ず何らかの妨害工作が起きていた。
ミカが泣いていたのは、乱暴な人達や汚い人たちが居たから怖かったと言うだけだ。
その場で、誰よりも安全だったにも関わらず。
それもまた、ミカに中途半端に与えられた能力だと言えた。
中途半端な存在で、中途半端に与えられた能力であるが故に、ミカの奇跡には枝織の助力と言う代償が必要だ。
本来ならば植木の存在であるならば、神は十二分に加護の力を与える事が出来ただろう。加護の力を与えられても受け止めるだけの器を持っていたのは枝織であって、ミカではない。
これまでは傷一つ病一つ寄せ付ける事もなく、微笑み一つで少しずつ人心を篭絡する事が出来た若く美しい娘だったものが。
これからは、怪我も病気も避けて通れず。
いずれ、成長から老いてゆく存在へとなる。
「うはうは……?」
内心で枝織は「いや、食いつくところそこじゃないからね。現役騎士団長」と言いたくてたまらなかったが、そこはぐっと堪えてみた。
何と言えば良いのか……枝織にしてみると、騎士団長は物凄くツッコミの甲斐のある人物だったりする。
これが、一応はシリアスな場面である事が残念無念だ。さぞかし、エリンも喜んで突っ込みの嵐に賛同してくれるだろうにと枝織としては心から思う。
「こ、こないで……!」
普通の6歳男子でもどうかと思うが、ただでさえ世間知らずな中身6歳男子でも「なんだか怖い目に合いそうな気がする」と思っているらしい。
特に枝織は身動きをしたわけではないが、その雰囲気ががらりと様相を変えたのが判ったのだろう。
理解出来るものは咄嗟にどうしたものかと判断に迷い、出来ないものはぽかんと見つめているだけだ。
元魔法士団長は判断に迷い、理解しているわけではないが空気から物騒なものを感じた元王子は動ける様に己を切り替え、その中でも異質なのは現役騎士団長くらいなものだろう。
ただ一人だけ、騎士団長だけが無感動な顔で空間を見つめ……るのを止めて、たった一人を見つめていた。
それは、誰も。と言うより、枝織とエリンは気が付いていたが他の者は誰一人として気が付いてはいない、当事者本人であろうとも。
続く
かつて、普通の女の子になりますと言って去った芸常人が居た。
彼女達は一度は去ったが、結果から言えば戻ってきた。
それは、彼女達の意志だったのか。それとも違うのか、それは外側に存在している我々には理解する事は出来ない。
ただ。
ここである人物が当然のものとして享受していたものがあった。
けれど、それは意図しない所で取り上げられた。
望むべくものではなく、失うなど考えた事も無かった。
常にあるのが当然だった、形は変わっても変わらなかった。
けれど今は。
もうない。
ところで、うはうはってどうやって翻訳するんですかね?




