予定調和 第八章
宗教とは、誰のためにあるのだろうか?
神様の為?
生きた人の為?
死んだ人の為?
地球の為?
動物の為?
植物の為?
でも、判っている事は一つだけ断言出来る。
好みはあるだろうが、ミカの容姿は大多数の人が見て悪意を感じない程度には可愛らしいと言われるだろう。
ある意味、ぎりぎり可愛い。10人見て6人が可愛いと言う程度。この世界では。
個人の美醜の好みについては人それぞれという見方もあるだろうし、そう言う意味からすればよかったのか悪かったのか。
鹿鳴館の様な中世欧州でも後期のパニエなどを何枚も重ねて膨らませたスカート、たっぷりのドレープ、呆れるほどふんだんに使われたレース、金糸銀糸にきらきらとあちこちに輝くのは宝石が縫い付けられているのだろう。
かなりの重量であるが為、確かに夜会や舞踏会等でファッションリーダー的立場にあるミカに憧れて真似をする女性達も数多く存在はしたが……あくまでも、夜の一時ならばともかく。そんなごてごてと飾りのついたドレスを普段着として身にまとい、なおかつ無邪気な子供の様に活発に動き回る事が出来る女性は滅多に居ない。
動き回る事もそうだが、金額が馬鹿みたいに天井知らずだと言うのも含めて「その様な振る舞いは、そうそう出来かねますわ」と頭の良い女性は立ち回る。
有様だけを見れば、まるで王女の様……第一、第二王女は年が割りと上だった事もあって最近の人達には元から然程表に出る御仁では無いままで嫁いだ為に情報が少ないと言うのもある。王太子第三王女は夜会よりお気に召したものがあるらしく、あまり世間的に大々的には話題になっていない事からよく知られていない。
故に神殿から、どこぞの姫君と紹介されたミカを王家の姫君と思っている輩は少なくはない。
もっとも、同じくらい何を勘違いしているのだろうかと思っている輩も存在していたりする。
当のミカ本人は耳に入らない……聞こえているとしても理解しないし、周囲の男達は同じだけミカの耳に入れないように努力している。
「元々、ミカは王族じゃないしねえ……」
「やだ! ミカはお姫様になる為にここに来たんだもん! 絶対に嫌!」
ティーセットの置いてあるテーブルに手を何度も叩きつけて、枝織の呟いた一言を敏感に感じ取ったミカは激しく反応する。
見ている男性陣……元第一王子、元大臣、元士団長をはじめとする「かつて有望と詠われた若者達」はおしなべて哀れみの目を向ける。叶うことならば、ミカが望む限りいつまでも城に居てもらいたい、姫として傅かれる様子を見て、出来れば傅く者の一人に。叶うならば、隣に立ちたいと思っている。
それを許す立場にあるのならば決して追い出したりしないのに……ミカは、元の世界を捨ててまでこの世界に留まってくれているのに。
そう思えば、それだけの立場もなく、権力も持たない己が恨めしい。
と同時に、それだけの事をしてくれた神に愛されし娘ミカに対して神殿に所属する者が吐く暴言を赦しがたいと言う、いっそ憎悪に塗れた感情を向けてさえ来る。八つ当たりと判っていても。
男達とミカと枝織を見ていたマーシャ……涙はなんとか止めたが、まだ声を発したりしたら再び滂沱の涙を流す羽目になりそうで迂闊に声を出す事も出来ない。とエリンも、口には出さないが馬鹿馬鹿しいやり取りとしてみるべきか国を揺るがす一大事と心得るか少々悩み始めていた。
確かに、国を救った御子が所属する神殿の神官が御子を貶めるかの様な口を利くのは大問題だ。ただし、その意向は王家のものだ。神殿に多大なる寄付を行っているのは王家だが、王家と神殿は共存共栄関係であって上下関係はない。神殿にしてみれば本来は自分達の手元に置かなければならない存在が王家に迷惑を掛けまくっているのは重々承知の上なので、関係が非常に微妙なものになってきたと言うのもあるから、一刻も早くミカを神殿で引き取るか王家の息のかかった相手と婚儀を挙げてもらうかの二択しか残っていないと言う事情がある。
「言っておくけど、神殿の基本は清貧を尊ぶもの……神の息吹を受けた者であっても、それは変わらない。
もし、それが変わると言うのであれば神は黙ってみていたりはしないでしょう……自分にとって大切な子なんだから」
枝織の言葉に関しては、ぐるぐると唸り声を上げたいと思っている男達にとっては抑止力になっている。
確かに、神の奇跡が割りと身近にあるのが常識だ。良い事をすれば良いこととなって返るが、悪い事をすれば悪い事となる。途中で神の気まぐれと呼ばれる悪意の旺盛と言う現象が起きる事もあるが、そういう輩は割りと気が付けば何らかの形で誰かに淘汰されているのも日常だ。
「とは言っても、神が神殿の者に清貧であれと言った訳じゃない。
神は割と派手好きで楽しいもの好きだから、酒も快楽も欲も禁止しているわけではない……まあ、諸事情?
まだ昔々は神殿の力が然程強くなかったというのもあるけど、同じくらい追い詰められるとレベルが上がり易いって言う事情は事実だからどうしようもないんだよね」
神殿に属している者ならば当然の知識ではあるし、ある程度以上の貴族や商人でも表立って神殿が語ろうとしないだけで枝織の言っている事は理解出来る。
理解出来るが……かと言って、感情が納得出来るかと問われれば、また別のお話と言うもので。
「ま、ミカは好きでこんな姿になって、好きでこの世界に来たんだしねえ?」
やれやれ、とため息をついた枝織にミカ以外の視線が一斉に注がれた。
「……あれえ? もしかして、皆さんご存知なかった?」
「それは一体……どう言う事なのでしょうか?」
すでに位を取り上げられているのが判っている面々はもとより、位が剥奪されたわけではない筈の騎士団長も注目しているのは仲々に居心地が悪かったりする。
「元の世界のミカは、6歳くらいの男の子なんだよ」
爆弾発言、その2が投下された瞬間である。
ちなみに、関係ないがこの世界にも爆弾や爆薬と言った物質も概念も存在する。ただし、戦争などで使おうと言う使い方はあまり存在しない。
「正確に言うならば……多分6歳くらい? 本人も覚えてないんじゃないかしら? と言う程度なのよね、神はうちの世界の管轄じゃないから細かい事はよく判らないと言うより興味がないんでしょう。あの気まぐれ具合にはちょっと迷惑かも知れない……もっとはっきり言うと泣いて喚くから言わないけど」
とは言っても、この世界と別世界の時間軸における概念そのものが根本的に同一か否かと言う問題もあるので、その辺りは考えると疲れるから考えない様にしているとも枝織は言う。
そもそも論として、枝織の見えている世界と彼らの見えている世界の根源的な部分からして本当に同一であるかどうかと言う点において、おおいにご都合主義的な補正が使われているのだと枝織は言う。
つまる所、枝織の視点から見ればこの世界の人達や物質は元の世界と同じ様な外見や言動をするけれど。かと言って、枝織の存在していた世界とまったく同じかどうかとなると比較のしようがないから判らないとか何とか……一通り説明と言うより独り言を口にしてから「あら、いけない。話が進まないわよね」と慌てる姿は神殿の上位者に見えない所が「この空気どうしてくれる!」と言う周囲の視線を全く持って無視している辺りは上位者らしいと言えばよいのか。
「話を戻すけれど……少年は入院している時に本を読んでて、どんどん読んでて、そのうちにティーンズ向けのハーレクインとか逆ハーレムものとかトリップものの小説とか読むようになっちゃって、あげく『お姫様になりたい』って思って……いや、そっちが先に合ったんだけど。で、それを面白がったこの世界の神がノリと勢いで選んだ結果がミカ。
本名は実佳君……神がこの世界に来るに当たって平均的な侍女さん達くらいの年齢? 15歳くらい? の体の女性に魂を移し変えたのか。体を作り変えたのかどっちからしいんだけど」
この世界の住人の理解力を超越しました。
続く
神様と呼ばれる存在に、人の世の政治(事情)なんて関係なんだよね。
ミカの事情がまた一つ明かされました。
いや、全部と言っても良いと言うか間違いではないのだけど。
ちなみに、ぶっちゃけた事情をはっきり言ってしまうと異世界人(この場合は異世界人と言うと枝織ちゃんや現・ミカで元・実佳なんだろうなあ?)が処理能力が追いつかなくなるのですけどねえ…。
まあ、人生長いのですから脳内凍結くらい人生で10回や20回くらいは起きないとね★




