01.牝鶏牡鳴は天秤を掲げる
とある国の女王は隣国の王が王に就任する為に請われて輿入れをした。
そんな彼女が行った事…それは女性蔑視を行なっていた国家を国家レベルで引っ繰り返した事だった。
そんな女王が即位してから起きた最大の出来事…それは、世界をひっくり返した災厄でも無ければ神に齎された御子でもなく。
たった一人の、とある娘の事だった。
牝鶏牡鳴:
雌鳥が時を告げる。婦人が権を専らにする。転じて、かかあ天下のたとえ
この国に嫁いでくる際に出した幾つかの条件を「底意地悪い」と言われた事は両手の指どこか飽きる程あったのは……それでも尚ワタクシと言う存在を求めたお前達の結果に過ぎないと笑みをを持って語ったのは何時だったのかしら?
陰口で「鮮血の魔女」と噂していたのを止めさせなかったのは、それがワタクシの武器になると思ったからでもあるし。鮮血の様な色のドレスを好んでいたと言うのも間違いではないもの、本当に自ら武器を携えて戦う事が出来たのであれば、恐らく漆黒のドレスを好んだ事でしょうけれど。
だって、返り血でドレスが汚れてしまったら黒の方が鮮血より目立たないでしょう?
そう、口にした時の顔は……そうね、ぽかんとしていると言うのが正しいのでしょうね。
この国には一人の王と三人の妻……正式には一人の相棒と一人の正妻と一人の……と言うより一人の欲求不満を解消する道具かしら? そう言うものが存在するわ。正確には、道具と言うには側姫である彼女の扱いが上等なのは先代の国王が存命だった頃からの付き合いだった為でしょう。一夜の付き合い程度ならば、それこそ瞼を閉じて耳を塞ぐお人形王妃には知らないだけで、それこそ社交時期には毎日違う相手がいたもの。ワタクシと言う「盾」があったからこそ何とかなっているけれど、そうでなければ国王は疾うの昔にどうにかなっていた事でしょう……ワタクシとしては、これでも頑張って調教……いえ、思い知らしめて差し上げたのですが。
まあ、あのお飾りの人形王妃ごときが一人で国王を何とか出来るわけでもありませんものね。
前置きはこのあたりにして置いて、ワタクシは祖国から何人か連れて参りました。男性もおりますのよ、つまり複数の妻を持つ国王と同じくワタクシも複数の男を持っていると言う事……夫だなんて上等なものではございませんのよ、公的な男と私的な男の差でしかございませんわ。侍女もおります。
それにしても、この国に来てから散々面倒が起きたものですが……彼女と再開した事に関しては両手放しで国王を褒めてやっても構わないと心底思うくらいです。
少々面倒な繋がりが幾つも絡んでいるのですが、マーシャと呼ばれている子供が一人おりますの。
ワタクシの子供ではありませんのよ? でも実家の王家の系譜に繋がる人物で最悪亡くなっていてもおかしくないと目されていましたの。彼女の両親とワタクシも随分と親しくしてました、それもこれも不慮の事故と事件が重なったあげく両親は亡くなり、けれどマーシャの姿は発見されなかったので一縷の希望をもっておりましたの。そんな事が何年も続きましたわ。
けれど、ある時に神殿から連絡がありましたの。
その内容が、マーシャを発見し保護したと言う事でしたわ。
神殿の高位神官と言う女性に言わせると、マーシャは大変幼い時に両親の死を目の前で見た為に記憶をすっかり失っているのだと。ついては、このまま神殿で預かるにしてもワタクシの祖国に送るにしても一度ワタクシの意見を聞きたいと言う事で連絡を下さったの。
ワタクシの喜びが、皆様にお分かりになるかしら?
諦めていた希望の光を、その手に取り戻したと感激したわ。そうでしょう?
しかも、その神官は褒章を望まずに面会を希望したら可能な限り最優先で時間を取る程度の望みしか出さなかったのだけど。これもかなり強引にこちらから頼み込んで求めくれた褒章だったので、とても驚いたわ。
ワタクシが彼女を引き取り、マーシャと言う名を与えたのは祖国との相談の上ではあったけれど一番の理由はマーシャを連れてきた高位神官のがこの国に引き留める事を仄めかしたと言うのは……言いすぎかしら? 勿論、それに便乗してワタクシがマーシャと共にありたいと願ったのは言うまでもないわ。
マーシャはワタクシと王家に心から仕えてくれる様になって……ワタクシはマーシャの本来の身分を考えれば侍女や真似事の様な事をさせるなど……とは思ったけれど、本人の強い希望と実力があった事もあって止める事は出来なかった……マーシャが絶望して宮殿からいなくなってしまうかも知れないと言う危機感があった為だと言うのは、薄々は感づいていたわ。
だから、国王や王妃、側姫や連れ合いに相談して「ワタクシに都合の良い結婚相手」を見繕っていただいたの。
いかにワタクシが優秀とは言っても、結果的には他国から嫁いできた王女に過ぎないワタクシは女性であると言うだけのツマラナイ理由で女性の頂上にあっても身分の低い男共から目下に見られるのは屈辱と言うもの。ならば、国王達に国内の貴族の様子を探らせて最新の貴族情報を集めさせましたし、即効で貴族に連絡をとってマーシャとの婚約を整えましたの。
幸い、器量もよく頭も良いマーシャは王族の中でもトップアイドルで……ワタクシにしてみれば、何故あれだけ無自覚でそうなるのか不思議でたまらないのですが、マーシャは自分自身がいかに素晴らしい存在であるか、全く理解しないのです。口をぽかんと開けると言うのは、久しぶりに行いましたわ。
しばらくして、幾つか出来事がありました。
ワタクシにしてみれば、かなり我慢した方であると言えるでしょうね……国王が一向に動かないので限界を超えましたわ。あまりにも女性への扱いに傍若無人すぎる輩が多くて、ワタクシが立ち上がる以外なかったのです。
ただ、これには問題がありましたわ。圧倒的に女性の地位を向上させるとは言っても、肝心の女性が永い間をかけて培われた自分達への価値観が全く無いに等しいのです。意識改革をするには、効果的な行動が必要不可欠……しかも、完全に女性と言うデメリットをもっても覆すだけの実力が必要。しかも、どれだけの効果を出した所で折れぬ心、不屈の精神を持った女性が必要です。
ただし、その該当者がマーシャ以外に存在しなかったと言うのは……ワタクシにとって大きな悩みとなりました。
貴族や金持ちの男どもが通りすがりの侍女や、面識もない女の子を人攫いよろしく拐かして好きな様に貪った挙句にポイと捨ててしまう事が日常である世界です。しかも、女性の権利を訴えた所で男性が一言「彼女に誘惑された」とでも言ってしまえば面倒が嫌いな男達は女性が全面的に悪いのだと罵り追い出す始末。仮に、それが原因で子供が出来たとしても男は「他の男の子を押し付けるつもりか」とせせら笑って見向きもしません。
ワタクシの怒りは、当然と言えるでしょう。
差し詰め、ワタクシに言わせれば「女の腹から生まれたくせに生意気な」と言う所です。
何様のつもりかと彼奴らの頬を鉄扇でぶちのめすには、女王と言う地位は少々角が立ちます。
権力を使って罪もない民を陥れたとか言われたら……腹が立つあまり祖国へ帰る途中でこの国を物理的に滅してしまうのではないかと思うくらい胸が踊りました。連れ合いに止められたので止めたのは苦渋の選択でしたが、正面からやり込める為にはマーシャを女官とするしかないと言う辛酸を舐める事に比べればどちらがマシだったのでしょう……。
可愛いマーシャは、あまりにも無自覚です。そこいらの男風情に言い寄られた所でするりと抜け出す事ができるでしょうが……そうなれば、マーシャに用意した結婚は早々に出来なくなります。
仕事を持つ女が結婚を期にやめるのは普通の事、逆に結婚をしても仕事を続ける様では相手の夫となる男の評判にかかります。けれど、心優しいマーシャにそんな夫を陥れる様な真似は出来ないでしょう。
ワタクシ達がどれだけマーシャが美しくて賢い存在であるかとアピールしても全く意に介さないあたり、マーシャの両親に大変よく似ていると微笑ましい気持ちになっていた己を拳で殴りつけたい衝動にかられましたが、可愛いマーシャにそんな事は出来ませんので国王を代理で殴り飛ばして蹴り倒して置きましたわ。仲睦まじい最中の目の前で行われたせいか王妃が呆気に取られて見ていたのは……まあ良いでしょう。マーシャの事を話したらころりと騙され……嘘ではありませんもの、騙してはいませんわ。
その後で、暫く国王と王妃の仲がギクシャクした様ですがワタクシのせいではありません。二人の信頼関係がそれだけ築いていたのであればワタクシが営みの最中に国王陛下を拳で殴り飛ばし蹴り倒した程度で揺らぐ関係である筈がありません。
ワタクシに古くから仕えている侍女が何か物申しいている様な気がしましたが、全て気のせいです。
ワタクシの予想に違わず、マーシャは大変よくやってくれました。
思わず、マーシャに擦り寄ってくる頭の悪い貴族達を燻り出すと言う思いもかけぬ付属までついてきた時には歓喜が沸き起こったものです……ですが、ちょうどその頃のワタクシ達には無視出来ない問題が持ち上がりました。
神殿から、彼女が現れたのです。
そう、以前マーシャを見つけてワタクシ達の元へ知らせ届けてくれたあの神官です。
彼女は、以前と全く変わらぬ様子でした。外見もそうですが昨日会ったかのような変わらぬ姿……恐らく、伊達に高位神官ではなく魔力容量が大変多いのでしょう。ワタクシ達も多少はありますが、魔力を多く保有している場合には成長が遅れる事がございます。国王はまあまあ、王妃と側姫はほぼ皆無と言って差し支えないので二人はワタクシより年下であるにも関わらず今ではワタクシが最も若く見られていますわ。
それはともかく、高位神官の口から紡ぎだされた言葉は大変頭の痛い事でした。
余りの事に、国王とワタクシ、そして先日立太子したばかりの王太子第三王女だけが話を聞いていたのは不幸中の幸いと言う所でしょう。他の者が知った所で悪戯に混乱を招くだけです。
世界がひっくり返るほどの危機が起きる。
そんな事を言われて、戸惑わぬ者がどれほどいるのでしょう。
しかも、その事象はまだ影も形もないと言うではありませんか……どれだけ嘘や冗談であれば良いかと思った事か。
おまけに、問題は危機が回避された後だと言うのです。
危機が世界を覆った時、人心は乱れ貴族へ恨みつらみが向けられる。それ事態はともかく、その時に異なる世界より一人の少女が人々を救うために神より遣わされると言う荒唐無稽な話です。
それだけでも十分痛いのに、何と救世主たる存在は神より与えられる帰還の言葉を拒絶してこの世界に居残ると言うのです……それだけでも、ワタクシには十分怒りが込み上げる事でございます。
まず、ワタクシ達はそこまで追い詰められる。自国の民が暴動を起こすと言うのです。
しかも、救世の御子たるは少女であり彼女はワタクシ達の世界に居残る……それが親切心であろうと野心であろうと、ワタクシ達は馬鹿にされたものと解釈出来ます。
ワタクシ達は、確かに愚かでしょう。より良い国を目指して、計画は遅々として進まず、分権樹立した事で議員達からワタクシの女性の地位向上計画は鶴の一声と言うわけには参りません。
もうお願い、勘弁してくださいと土下座したくなったと言う国王はさて置いて……とんでも無い事を最後に口にされました。
法務省の大臣の一人に所属している、筆頭文官となるマーシャと言う女性が嘆く事となる。
ワタクシ達の可愛いマーシャが嘆く……なんて恐ろしい事でしょう。
理由をうっかり問いかけてしまったワタクシと国王でしたが、彼女は冷静でした。
そう、時代の女王となる王太子となった第三王女です。
どこをどうしたら、こんな使えない国王と盲目王妃の間に生まれたのかと首を傾げたくなったくらい優秀で、周囲から「これで王子であるのならば言う事はないのですが……」などと抜かす貴族達を黒表紙のノートにリストを作成するほどの優秀な娘。ワタクシにとってもマーシャと同じ程度に自慢出来る娘です。
兄の第一王子は、何と言うか……色事に向かないだけの国王と言えば想像がつきますでしょうか?
退屈を嫌い、独善的で独占欲が強く、一部を除いて釣った魚に餌をやらないタイプですわ。
ワタクシと婚姻をする際に上げた条件のうち、強引な手段を用いる事で漸く実行に移し始めた条件ばかりとなったのは流石に呆れたものですけれど……一応、国王の名前で条件は執行されましたからね。不承不承ではありますが、ワタクシもこの国の為に尽力を尽くしますわ。
ワタクシ、マーシャの事を心から愛しておりますの。愛おしいあの夫婦のたった一人残された可愛い娘が、可愛くないわけはありませんわ。ですから、考えぬいてマーシャの為になる様にと知恵を絞りました……全て空回りになった今では笑い話にもなりませんけれど。
マーシャが嘆く事は避けられない。けれど、嘆いた後でいかに立ち直るかが大切なのだ。
神官の言葉に逆上したワタクシが起こした態度で、国王の身に何があったとしても知った事でもありませんわ。
何人もの女性に手を出して孕ませたあげく、責任の一つも取らない様な無能な男がどうなろうが知った事ではありません。何しろ、すでに第三王女と言う素晴らしい王太子が存在しているのですから何時亡くなってもよろしいと思いますのよ……王妃と田舎に隠居したいとか口にしている間は死んでもこの宮殿から逃すつもりはありませんけれど。
ワタクシは取り乱しましたが、王太子は即断即決は出来ないと口にしました。
それも当然と言えるかも知れません、国王は知りませんが、国の長たる女王のワタクシが取り乱している最中で決定権を預けられてもいない王太子が答えられる話ではありません。
ですが……ああ、それでも何故首肯く事が出来るでしょう!
形ばかりでも神殿が婚儀を認めれば、最悪の事態は回避出来る?
その様な事をどうして信じる事が出来るのでしょう……そう言う意味からしても、王太子が即座に答えを出せなかったのは大変行幸でした。
ワタクシは、この国の女王。
国王と貴族や市民の代表者、そしてワタクシがこの国の未来を定める決定者。
これから起こり得るすべての事態に対して、責任を取らなければならない。
私の愛おしい存在とこの国とを、一瞬でも天秤にかけた。
貴方はワタクシを許してくれますか?
終わり
女王の出身国は、この国と違って実力者であれば男女別なく取り立てられた先進的な国だったのでこの国の男には嫌悪感があります。否定もしません。
実力があれば実力行使、それを体現していたので貴族に限らず鬱陶しがられていましたが10年をかけて女性の地位向上を目指した為に圧倒的な美貌と力を駆使して使えない奴を殲滅。
こっそり口癖は「女の腹から生まれた癖に生意気な…!」だったりします。
女王の子供は存在するけど父親が誰かは女王が明かさないので不明です。