沈殿
今、たった今、俺は死んだ。電車に身投げして原形を留めないほどグチャグチャになったとか、自分の身長よりも低い場所に結んだ縄で首を縊ったとか、不治の病に罹り体中の穴という穴から融解した内臓を撒き散らしたりだとか、見ず知らずの完全なる赤の他人にナイフで滅多刺しにされたわけではない。だけど、俺は死んだ。
わからない、なぜだ。何故俺でなければならなかったのか……。いや、そもそも〈死〉とはなんだ? 肉体が滅び、魂が解放されることなのか? それとも、自分という存在が他人に認知されなくなりすべてのことから切除された時なのだろうか……。肉体は滅びていないのにもかかわらず、存在を認知されないという死……。つまり孤独こそが死……。
俺は孤独だから死んだのか。これじゃウサギみたいじゃねぇか……。そもそも感情のなかった俺に、孤独なんてものが理解できたとは思えない。それに俺は、人を殺すことによって満たされていた。犯行が発覚しないよう細心の注意を払い、俺の指紋やDNAを残さないのはもちろんのこと、獲物の死体自体も限りなく見つかりにくい場所に隠している。こうすることで、俺の中に溜まっているフラストレーションを解放させていた。そしてそうしているときが一番満たされる時間でもあったからだ。だから孤独なんてものは感じたことがなかった。
しかし俺は、死んだこともないのに死んだとわかるのか不思議でならない。魂の転生説を信じるわけじゃないが、精神の最深淵に残る本質の記憶や、あるいは多次元感覚での自己保持のための錯覚などが、万が一にもあるのかもしれない。だけど、そんな訳の分からないことなんて、どうでもいい。俺はこのくだらない世界と決別できて清々している。今まで俺の心の奥深くまで、影を落としていたものが消え去った感じだ。
これから何が起こるのかは、誰にもわからない。なにしろ辺りは真っ暗で、一筋の光さえない暗黒世界だ。この世界には俺だけ。自分の姿、形さえない。ただ俺の思考が存在しているのみ。
もう考えるのはよそう。俺は既に死んでいるのだから……。
希望はそこら中に転がっている。だけど足元に転がっている希望なんて、希望という名前の絶望にしか過ぎないことに俺は気付いた。切り開く為の未来だとか、偽善的な愛だとか、そんなもの俺はいらない。暗闇に支配されるのが俺には相応しい。
何故なら、今、たった今、俺は死んだのだから……。
2010/3




