1話
「おい、酒!!」
小さな部屋に声が響いた。
空の酒瓶が、
錆びたスクラップが、
足の踏み場を埋め尽くす。
そんな部屋。
その声を聴いた僕は、
酒瓶を抱えて’’恐怖’’へと歩みだす。
重い酒瓶を半ば引きずりながら、
何とか持っていく。
「おせぇんだよ、ガキ!!」
肩が跳ねる。
次の瞬間、くすんだ機械の足が体にめり込む。
体が宙を舞い、空瓶の山に突っ込んだ。
砕けたガラス片が体を切りつける。
「なんだぁ、その目は!!!」
空の酒瓶が飛ぶ。
パリーンッ。
汚い部屋に甲高いきれいな音が反響する。
透き通っていて、
この部屋には似合わない音。
それが合図のように僕も’’恐怖‘’も静かになった。
怒らせないように。
目を合わせないように。
いつものように、部屋の隅へ戻る。
そこが僕の場所だった。
隅には、小さな窓がある。
それは外との唯一の繋がり。
窓の外はいつも暗い。
左右から飛び出す継ぎはぎのビルが覆っているから。
それでも、ビルの少しの隙間から外の景色を眺められる。
外の世界はキラキラと輝いて、、、、きれいだ。
羽のついた箱だったり、
全身が機械の人だったり、
たまに何かが隙間から顔を覗かせる。
どれも、この部屋とは違う。
だから見る。見続ける。
何時間でも。
殴られても、蹴られても、
次の日もまた見る。
それが僕にとっての希望。
この小さな世界唯一の希望。
ずっと、ずっと見続ける。
ずっと、ずっと思い続ける。
いつか外の世界に、
いつか自由に、
いつか、
いつか、
いつか、
、
、
、
窓からの陽光が僕を照らす。
いつもの一日は怒号といっしょに始まる。
だけど今日は違った。
ゆったりとした目覚め。
起こされることがない、
気持ちのいい朝。
でも僕は、しばらく布切れの上で動けなかった。
あまりにも静かすぎて、逆に怖かった。
息を殺して、周囲をみる。
そこには酒瓶の山に頭を突っ込んだ’’恐怖’’がいる。
酔いつぶれて倒れることはたまにあった。
でも、今回は違って見える。
頭から突っ込んでいて、足はピンと伸びている。
少し黄色みがかった血が床に池を作る。
しばらく、それを見ていた。
そして僕は、ゆっくりと窓の方を見る。
いつもの景色。
でも今日は、少しだけ近く見える。
手を伸ばせば届きそうなくらいに。
なんだろうこの感じ。
今まで感じたことがない、胸の内から何かが湧き出る。
もう一度部屋を見渡す。
部屋の中央にいた’’恐怖’’は、もうどこにもいなかった。
いるのは痩せこけた木のような、、、
何かだった。
そのとき初めて、僕は扉を見た。
今まで何度も視界に入っていたはずなのに、
認識すらしていなかった。
けど、今はもう扉しか見えない。
外へ繋がる扉。
ずっと思い続けたこの部屋の外。
僕は立ち上がる。
――そうしても、もう怒鳴られない。
うるさいくらいに鳴っている心臓を抑えるように息を吐く。
――そうしても、もう蹴られない。
何かに突き動かされるように、僕は扉へ向かう。
――そうしても、もう殴られない。
そして、震える手で初めて外へ繋がる扉に触れた。




