九話 捜査協力
「パートナー、ですか?」
「はい。もちろん無理にとは言いません。ただ、俺は、しばらくこのマスカレードに参加する予定があるのですが……」
「はい」
「俺が一人でいると、どうやら目立つみたいで。この髪色のせいですかね」
「……目立ちたくないのですか?」
「そう、ですね」
どういうことかしら。
彼は私と同じ目的……ではない?
縁をつなぎたいというより、何か商談の機会を待っているのかな。
「……私と一緒にいたとしても、目立つのでは?」
「それは……そうかもしれません。ですが、できれば女性と同伴していた方が……いえ、すみません。図々しいお願いでしたね。謝ります」
「いえ、そんな」
銀髪の男性が頭を下げてきたので私は慌てる。
「とくに嫌なお願いではないのです。ですが、その。事情は話せないのでしょうか?」
「……事情」
彼は口元に指を当てて考え込む。
仮面で顔を隠したうえで、何かの事情がある。
平時の私なら手を貸すのも悪くないのだけど。
あいにくと今の私は将来を懸けて結婚相手を探している最中だ。
彼にそういうつもりがないのなら、交流する時間が勿体ないとも思う。
「……このマスカレードは」
「はい」
「貴方のように希望を抱いて参加している方が大勢います」
「……? はい」
「ですが」
彼はそこで少し間を取る。
「残念ながら、よからぬことを考えている者もいます」
「……それは」
「はっきりしているわけではありません。それに、できれば大事にはせず、楽しんでいる人たちの邪魔はたくないのです」
「……もしかして、何か事件が?」
「……それを調べています」
調べる? もしかして彼は運営サイドの人間なのかしら。
いえ、それだったらパートナーの女性なんて誰か用意するだろう。
個人か、組織で? マスカレードでの何かを追っている?
「俺の目的は、このマスカレードの場に、自然な形で溶け込むことです。それにはやはり女性のパートナーが望ましい。でも、貴方の邪魔をしたいわけではありません。すみません、つい口に出してしまいました」
「……そう、ですか」
なるほど。切実に、私にパートナーになってほしいのではなく。
つい口を突いてお願いしてしまったということね。
「……捜査か何かをしているとしたら、協力者の女性を最初から用意するなどは?」
思わず小声になる私。彼が秘密を口にする時も声を小さくしていた。
そのせいか、自然と私たちの距離は縮まる。
「それも考えたのですが……。その、荒事に長けた女性は別に動いてもらいたく」
うーん。わかるような、わからないような。
とりあえず彼と動いている勢力、組織には、そこまで人がいないのかもしれない。
なのでパートナーを『現地調達』しようとしているのだ。
「貴方を危険な目に遭わせることはありません。荒事の場には連れていきませんし、むしろ遠ざけます。この会場にいる間、あやしい者たちから守る護衛として考えていただいてもかまいません」
「それは……」
悪くない提案な気がする。
私は目撃していないけど、どうやらこのマスカレードにも〝裏〟の面がある。
彼はその問題をどうにかしようとしている。
……安全とは言い難いのだ。
ある程度の危険を承知でマスカレードに参加している、とはいうけれど、どうにも危険の種類が違う気がする。
なら、彼に護衛をお願いするのも悪くない……?
「……あの、私」
「はい」
「実は先日、名前を教え合った男性がいて。今日もその方と会う約束をしているんです」
「そうでしたか。申し訳ありません。約束の時間が過ぎていますか?」
「いえ、そういう時間は、その。かなり大まかに決めていまして。互いに、できれば会おうとして、それでも予定が噛み合うか、合わないかを探っている段階といいますか」
「……なるほど?」
ここですれ違い、縁が切れるならそれまで。
そういうものとして割り切ろうと思っていた。
だからこそ、今日はドレスを変えてきたの。
ダミアンがドレスを変えてきた私に気づくかどうかを知りたかった。
まだまだ探り探りの関係だ。
「あまり捜査のことは他言してほしくありませんが……」
「それは、はい。貴方のことは伏せておきます。危険かもしれない、とは言っても?」
「もちろん。注意喚起はなさってくださってかまいません」
私は頷く。
「今日、彼と会えるかもわかりません。なので、その。都合がいいように聞こえるでしょうが」
「はい」
「……もし、今度会えた時は、貴方の捜査に協力してみます」
「本当ですか?」
「はい。守ってくださるのですよね」
「ええ、必ず」
うん。まだ会って間もなく、話した時間も短いけれど。
彼は誠実そうに思える。
「ただ、ええと。我儘なんですけど。私も、ここには、その。恥ずかしながら結婚相手を探しに来ています。ここでうまくいけばいいのですけど……」
「ええ」
「……もし、その。今回の男性とうまくいかない時は、その。ご協力をお願いしても?」
「────」
目の前の彼は、仮面越しの目を見開く。
「それは……。あ、いえ。協力、ですね?」
「はい。どなたかお知り合いを紹介していただけますと、嬉しいです。代わりといってはなんですが私も他に協力できることがあれば手伝います」
マスカレードで結婚相手を探す。
もちろん、それが私の目的だ。
でも、その相手はこの会場の中から探さなければいけないわけではない。
こうして交流した縁を頼るのも一つの手だろう。
……我ながら打算的で、ちょっと自己嫌悪。
いえ、結婚相手を探すのは、お花畑のままではできないのよ。
これはある意味で戦争。
フローラお母様やジャスミンみたいに、黙っていても異性が寄ってくる〝花〟にはなれない。
ならば、それなりの戦い方を模索するしかないの。
「わかりました。では、その条件で、ぜひ協力をお願いします」
そう言って、銀髪の彼は手を差しだしてくる。
私はその手を握り返した。
とても大きな手で、力強さを感じる。男性の手だ。
「俺の名前はルイスです」
ルイス。……彼も偽名かな?
「私は」
デイジー。そう名乗ろうとして、前回の失敗を思い出す。
でも、どうしようかな。
ここは偽名を名乗っておく?
でも、咄嗟にいい名前が思いつかない。
変な名前は名乗りたくないのよね。
フローラ、ダリア、ジャスミン。
そんな名前が思い浮かぶ。
でも、それだけはやめておいた。だって縁起が悪いもの。
私はこのマスカレードに、姉妹に出会いを奪われないために参加している。
なのに姉妹の名を使うのは、なんだか嫌だ。
「……デイジーです」
悩んだ末、私はやっぱり本名を名乗った。




