八話 姉との喧嘩
ダミアンと約束して、同じ日にマスカレードに行くと決めた。
まだ恋なんて関係ではないけれど、ドキドキする。
行動してよかったと思った瞬間だ。
「デイジー」
「わっ!」
自分の部屋でくつろいでいた私に急に声がかかる。
「なに、ダリアお姉様」
「……貴方、何かしているでしょう、最近」
ダリアお姉様がそんなことを聞いてくる。
「……だったらなんなの? お姉様には関係ないわ」
「私はね、貴方が心配なのよ。自暴自棄になっているんじゃないかって」
「はぁ?」
ダリアお姉様がそんなことを言いだして、私は眉根を寄せた。
「悪い男につかまらないでよね」
「……大きなお世話よ」
「あのね、私は別に貴方に不幸になってほしいわけじゃないの。それをわかってほしいわ」
「……出ていって? ダリアお姉様。ジャスミンも許せないけど。ダリアお姉様は、明確に私の交際相手を平然と奪った人よ。そんな貴方に、私に不幸になってほしくないなんて言われたくないわ。そんな心にもない言葉、無価値よ」
「……デイジー」
「何しに来たの? また探りに来たの? ローランドだけじゃ足りないの? それとも何? 今度は私の部屋にある物でも奪いに来たの? 何か私の物を売れないかって家探しに? 汚らしい」
「…………」
「もう要らないローランドのことなんて勝手にすればいいわ。でも、これ以上は私も許さない。貴方たちがどんなに綺麗な理屈を並べたって関係ない。貴方たちは一線を踏み越えたもの」
ダリアお姉様は口を開いては何かを言いかけて、やっぱり閉じる。
私はそんなお姉様をきつく睨みつけた。
「……そう」
「ええ。それともまさか今度はローランドたちを連れてきて、私を責めたてるの? すぐにこの家から私を追い出したい? ダリアお姉様たちにとっては私なんて便利に使える道具なんだものね?」
「……怒っているわね、デイジー」
まるで自分は冷静なようなダリアお姉様の態度と言葉に余計に腹が立つ。
私は深く深呼吸して、そんな気持ちを押し流した。
もう、次の出会いは奪われたくない。
だって、これは本当に私の今後の人生の懸かったことなのだ。
姉妹だから、家族だから、と許される範囲は前回の件で限界だった。
「結婚できない貴族令嬢が行く先なんて、ほとんど決まっているのよ。それをダリアお姉様だってわかっているでしょう。……確かに、限られた相手の奪い合いといえば、そうよ。だから奪われた私が悪いって言いたいんでしょうけど。でも、だからって奪われた側がいつまでも許すとは思わないで。姉妹だって、家族だって、踏み越えてはいけない一線があるはずよ」
急に訪ねてきたダリアお姉様に対して、しかも探りを入れるような言葉を発した彼女に対して、私は剥き出しの警戒心を露わにして声を荒らげる。
恋愛を楽しみたい私だけど、今そこまで心に余裕があるわけではないのよ。
「……デイジーの気持ちはわかったわ」
「そう、ようやくわかってくれたの。どこまで本当か知らないけど。ローランドとお幸せに」
「……ええ、ありがとう」
ダリアお姉様はそれ以上を何も言わずに去っていった。
私はお姉様が去った扉をしばらく見てから、ベッドに身を投げる。
「はぁ……」
今の私、嫌な私だったな……。
あんなにキツい言葉がポンポンと私の口から出るなんて思っていなかった。
部屋で過ごしていて、無防備だったから本音が口を突いて出たのかもしれない。
「…………こういうの、嫌ね」
ダリアお姉様を見て、腹が立って、声を荒らげて。
そんなのが嫌で自己嫌悪に陥る。
こんなふうに思うなら言わなければよかったのに、と言ったあとで後悔して。
「はぁ……」
私は深く溜息を吐いた。
それからしばらくダリアお姉様とは会話もしなかったわ。
ローランドやカルヴァンの件から、ほとんど口も聞いていなかったけど。
姉妹喧嘩。
そんな簡単に表現していいのか。まだしばらくは続きそうだった。
◇◆◇
また私はマスカレードに参加する。
今日はドレスを変えてみた。
マスカレードがそういうことまで気にしない場といっても、やはりおしゃれはしたいものだ。
ダミアンがはたしてドレスの変わった私に気づくかどうか。
そういうところも相手の条件としては大切だと思う。
顔を隠しておいて、それは厳しいんじゃないかとも思うんだけど。
こう、ちゃんと相手を見ているのかって気になるもの。
「ちょっと、オドラー! ようやく見つけたわよ!」
……ん? マスカレードでは珍しい、怒気をはらんだ声がした。
周囲の人々と一緒に私も声がした方向に注目する。
そこには……仮面をつけていない女性がいた。
その正面には、別の女性を侍らせた男性。
「ま、まさか、オリビア!?」
どうやら仮面のない女性と、その正面にいる男性は知り合いのようだ。
「オドラー! 私という婚約者がいながら、貴方はこんな場所に来て! どういうつもり!?」
「えっ! 婚約者!?」
オドラーと呼ばれた男性のそばにいた、仮面の女性が驚く。
婚約者がいながら参加ね。
やっぱり、そういう人もいるんだ。
でも、あの相手の女性、たぶんだけど私と同じで結婚相手を探していたんじゃ……?
そして、その男は最悪の言い訳を始める。
「ま、待ってくれ、オリビア! 私は、ただの遊びでここへ来ていただけで、君を蔑ろにするつもりなんてない、ここでのことは真剣なものじゃないんだ!」
……そんな言葉を聞いてしまった。
「そんなの関係ないわ! ふざけないで! 貴方とは婚約破棄よ!」
「ま、待ってくれ、オリビア!」
オリビアと呼ばれた女性が去っていくのを追いかけるオドラー。
仮面の女性は置き去りにされる。
少しの間、彼女は呆然としたあと、憤慨した様子でその場を去っていった。
「……嫌なこと、聞いちゃったな」
ただの遊び。真剣なものじゃない。
マスカレードに参加する全員が、私と同じモチベーションなわけもない。
それはわかっていたけれど。
ああして、はっきりと言葉にされると、なんだか夢が冷めてしまう。
煌びやかに見えていた会場が、あっという間に色あせるように。
この場の空気に酔って、浮かれていた面もある。でも……。
「あ」
「え?」
モヤモヤとした気持ちを抱えながら会場を歩いて、ダミアンの姿を捜していた時だ。
私に対して妙な反応をする男性に会う。
「……久しぶりですね」
「え? あ」
私もすぐにその男性に気づいた。だって、その男性は銀髪だったからだ。
先日、踊ることになった人だった。
「ど、どうも……」
「ええ」
私が彼に気づくのはわかるけど、彼の方はどうして私に気づいたのかしら?
今日はドレスも変えて、雰囲気が前とは違うと思うんだけど。
「今日のドレスも素敵ですね、レディ」
「……ありがとうございます」
仮面をつけているというのに相手は私を、私として認識できたらしい。
あ、仮面が同じだからかな? きっとそうね。
「ええと。そうだ。あれから捜していた人は見つけられましたか?」
「ん。……まぁ、はい」
あ、これは踏み込まない方がいい話題かも?
すぐに切り替えておこう。
だいたい、マスカレードで人捜しをするのは難しいはずだ。
「さっきの騒ぎ、びっくりしました」
「ああ、そうですね。驚かれたでしょう」
「はい。……やっぱり男性は、いえ。ああいうふうに遊びでマスカレードに参加するって考えている人も多いんですかね」
そうだとすると、ここで結婚にまで至れる出会いを求めるのは間違っていることになる。
そうなると私の計画は、一気に先行きが不安になってくる。
ダミアンとはまだ、また会う約束をしただけだ。
それ以外に交流を深められた相手はまだいない。
「さて。いろいろな人がいますから。全員がああではないでしょう。真剣に出会いを求めている男性も、女性も、ここにはいると思いますが」
「……そうですか?」
「ええ」
銀髪の彼は、変に私を慰めることをしなかった。
淡々と自分の考えを口にしているだけ。そういう印象だ。
ここで私を慰めて、聞こえのいい言葉を言われても、素直に受け入れられなかったかもしれない。
だから、こんなふうに淡々とした意見を聞くと、なんだか先程までの不安が少しやわらいだ。
「ふふ、そうかもしれないですね」
肩の力が抜けて、私は微笑んだ。
「…………」
銀髪の男性は、なぜかジッと私を見つめてきたあと、話を続ける。
「少し相談があるのですが」
「え? はい、なんでしょう?」
相談?
「時間が空いている時でかまいません。このマスカレードにいる間、私のパートナーになっていただいても?」




