六話 新たな出会い
「はぁ……」
初のマスカレード参加から数日。
私は自室のベッドで横になりながら、深く息を吐き出した。
いい経験になった。それは間違いない。
でも、踏み込んだ出会いは……なかった。
いえ、ダミアンと名乗る男性とは踊れたけれど、それだけだ。
ここで終わりにしてしまっては本当にただの遊びになってしまう。
私の目的は、いい出会いをすること。
この家で姉妹に邪魔されない、奪われない結婚相手を探すことである。
正直言ってあの会場の空気感に酔ってしまったところはある。
でも初回だから仕方ないって思うしかない。
「また行かないと」
ちなみに初参加は招待状を見せての参加だけど。
二回目からは配られたバッジか、或いは仮面の装飾があれば参加可能らしい。
運営費用とかどうなっているのかしら。
いえ、そこは私の気にすることじゃない。
出会いを求めるだけじゃなく、何やら商談をしている者もいた。
そういう方たちの交流も兼ねているのでしょう。
とにかく二回目からも参加オーケーということよ。
表向きの社交界のように毎回ドレスを着替えて、なんてしなくていい。
それは参加者の中には貴族以外もいるからだ。
そんなふうにドレスを何着も用意できない者が参加できる。
ついでに言うと、我が男爵家もそこまで余裕はない。
なので、そのルールはありがたい。
そうして。私はまたマスカレードに導かれるように参加するの。
二回目ともなると、ほんの少しの慣れが出る。
もちろん、それですぐに出会いを見つけられるかというと違うけど。
余裕をもって人の観察ができるということよ。
こうして観察に徹していると、それぞれが立つ場所で、目的が違っているのが見えてくる。
商談を進めたい人たちが集まっているエリアがある。
出会いを求めている人たちが集まるエリアも。
初参加者たちは、どこにいればいいのか、所在なげに佇んでいるのがわかる。
「……私もあんなふうに見られていたのね」
もしかしたら前回のマスカレードで私に声をかけてくれた人たちは、主催者側の仕込みかも?
まぁ、それはいい。
彼らのおかげで勇気が持てたことには変わりないので何者かは問うまい。
会場の空気感を理解した以上、私が向かうべきは出会いを求めるエリアだ。
ダンスホールから少し離れたそのエリアでは、複数のテーブルが置いてある。
その上に料理が並べられているのだ。
飲み物がほしければ、それらを運ぶ者たちから受け取ってもいいし、置いてあるテーブルへ行くのでもいい。
「こんばんは」
「……こんばんは、レディ」
私は勇気を出して一人の男性に話しかける。
仮面で顔半分は隠れているけれど、おそらくそう年齢を重ねていない男性だ。
「お一人ですか?」
「ええ。貴方も?」
「はい、初参加ではありませんが、まだ慣れてはいなくて」
「それなら私も同じですね。まだ今回で三回目です」
「そうなんですね。楽しめていますか?」
「ええ、こうして気を張らずに過ごしつつ、時々、ダンスを楽しんでいます」
「踊るのも楽しいですけど、ずっとだと疲れてしまいますものね」
当たり障りのない会話。
でも、仮面越しに視線が合って、互いに会話を楽しんでいるとわかる。
「差し支えなければ、このあと一曲いかがですか?」
そう来るか、と少しだけ驚いた。でも、ここで断る理由はない。
「喜んで」
ただ話しかけただけで踊るつもりではなかったけれど。
もしかしたら、ここではそういう流れがあるのかもしれない。
実際、共通の話題として一緒に踊った方が会話も弾みやすい。
「ダンス、上手ですね」
「ふふ、ありがとう。貴方も上手ですよ」
短い曲だった。互いに名も名乗らず、距離も詰めすぎず。
終わったあと、軽く礼をして、それで終わり。
「楽しかったです」
「こちらこそ。良い夜を」
それだけ。拍子抜けするほど、あっさりしていた。
前回のようにいきなり名前を名乗られることもなかったわ。
踊った男性と別れて、ふと気になったのでダミアンの姿を捜してみる。
毎日通っているわけではないから、彼が今日も参加しているとは限らない。
「……いない、かしら」
とくにダミアンが大好きになったというわけではない。
それほどショックも受けなかった。
次に声をかけてみたのは、少し年上に見える男性だった。
会話は弾んだが、家名の話になった途端、急に探るような言葉が増えたので、適当なところで切り上げる。
もしかしたら、よくない話題を振ったかも。
また別の男性は礼儀正しかったが、終始こちらの反応をうかがうばかりで疲れてしまった。
悪くない出会いも、そうでない出会いもある。
それを知れただけでも今日は無駄じゃない。
「……ふぅ。少し喉が渇いたわね」
テーブルに向かい、飲み物を取ろうとしたその時だった。
背後から、誰かとぶつかってしまう。
「あっ……!」
グラスが傾き、中身がこぼれそうになる。
危ないところだったが、どうにかこぼさずに済んだ。
「失礼」
「いえ、大丈夫です」
反射的に答えながら相手を見る。
黒を基調にした簡素な仮面。派手さはないけれど、仕立ての良い服。
「本当にすみません、人を探していて」
「お気になさらず。私も不注意でしたから」
ぶつかった相手は、私より頭一つ背の高い男性だ。
髪の色は……なんと銀髪。あまり平民には見ない髪色だと思う。
ドキリとしたけれど、あえて髪色には触れないようにする。
「今夜は人が多いですものね。でも、この状況で人捜しは……」
つい気になってしまい、そう言ってしまう。
言ってしまってから余計なお世話だと気づき、口元を押さえた。
みんなが仮面をつけているから、人捜しは難しいだろう。
そんなことは、きっと彼もわかっているはずだ。
「……はは。そうですね」
「ええと、すみません、つい……」
「いえ、お気になさらず。その通りですから」
怒らせてしまっただろうか。私は焦ってしまう。
「本当に気にしなくていいですよ」
「……そう、ですか」
「はい」
その男性は私が恐縮していることに気づき、慌てている様子だった。
「……ええと。よければ少し話しませんか」
「え? ですが」
「些細なことですから。今、目の前の出会いを無視するほどのことじゃないんです」
それは明らかに私への優しさだと思った。
彼は私に気づかって、そう言ってくれているのだ。
「……少し、だけなら」
「ええ、ありがとう」
「でも、捜している人がいるならどうぞ行ってください。それに」
「はい」
「……一緒に歩きましょうか? 貴方について行きますよ」
人捜しをしているなら続けていい。
そういうつもりで言った。ほんの少し会話したら、すぐに別れればいい。
「はは。それはいいですね。では、お言葉に甘えて」
「はい、ご一緒しましょう」
私は銀髪の男性と一緒にマスカレードの会場を歩く。
彼との会話も当たり障りのないものだ。
さきほど貴族関連で少し失敗したので、そういったことには触れないようにする。
少し歩いていると、会場で流れる曲が変わった。
彼はダンスフロアを見てから、こちらを見る。
「踊りますか?」
「えっ。あ……よろしければ」
私は咄嗟にそう答える。人捜し、いいのかしら?
そう思うけれど、これも経験と思って。
相手が本当に迷惑ではなさそうだから。
それに一曲踊れば、いい頃合いになるからすぐに別れられるだろう。
「レディ、手を」
「はい」
銀髪の男性とのダンスはとても踊りやすかった。
これまでの男性ともうまく踊れていたと思うけれど。彼はこれまでで一番だ。
楽しい。そう感じる。私がこんなに踊れるなんて今まで気づかなかった。
いえ、これは彼のリードがあるからなのだろう。そうして曲が終わる。
「ありがとうございました」
「こちらこそ」
銀髪の彼は一礼し、最後に挨拶を交わして、また人を探すために去っていった。




