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仮面舞踏会【マスカレード】でつかまえて!  作者: 川崎悠


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五話 マスカレードの参加者たち

 マスカレードの会場を歩いていると、あちこちから弾んだ声が聞こえてくる。

 名前も家名も伏せたまま、身分も立場も、一夜限り棚に上げて。

 会場ではみんなが思い思いに過ごしている様子だ。

 あるところでは、羽根飾りのついた仮面の男性が大げさな身振りで何かを語っている。


「だから言っただろう? あの色は今年の流行じゃないと!」

「でも、あの人はあれが好きなんですよ。流行よりも好み重視」

「それが許されるのは恋愛結婚派だけさ」


 恋愛結婚。その言葉に思わず足が止まった。

 ここでもそんな話題が出るのね。

 聞き耳を立てるのは失礼だとわかっているのに耳が勝手に反応してしまう。

 少し離れた場所では若い女性二人が小声で話している。


「本当に素敵な方と出会えたら、仮面越しでもわかるものかしら」

「わかるって言う人は多いわよ。声とか、仕草とか」

「……じゃあ、今夜は期待していいのかしら」


 その声は少し震えていた。期待と不安が混じった声音。

 その気持ち、わかる。とてもわかる。

 私は意を決し、二人に近づいた。


「こんばんは」


 二人は同時にこちらを向き、ほんの少し身構えたあと、微笑んだ。

 私が同性であることと、話しかけた意図を察してくれたようだ。

 流石に、いきなり男性に話しかける勇気が持てなかったのである。


「こんばんは。もしかして貴方も、マスカレードは初めて?」

「はい。緊張しすぎて、仮面の下でずっと顔がこわばっている気がします」


 そう打ち明けると二人はくすっと笑った。

 会話内容から、なんとなくそう思ったけど彼女たちも参加は初めてのようだ。


「大丈夫よ、みんな似たようなものだわ。隠しているけれどね」

「それに仮面があるから平気。失敗しても相手に顔を覚えられないもの」


 その言葉に胸が少し軽くなる。


「……仮面って、便利ですね」

「ええ。本当はこういう場がなかったら話せない人も多いもの」

「……ああ、確かに」


 実際、私がそうだ。

 彼女たちと少しだけ会話を続けたあと、別れる。

 短い会話だったけれど、別れる頃には自然と手を振り合っていた。

 互いの健闘を祈るように。


 ……私、ちゃんと話せているわね。驚きと、小さな達成感。

 このまま新しい出会いを求めて誰かに話しかけても大丈夫、かもしれない。


 私はさらに歩みを進める。

 だんだんと自分が大胆になってきている気がする。

 この仮面が私に勇気を与えてくれているのかも。

 次に声をかけたのは、落ち着いた雰囲気の男性だった。


「こんばんは」

「こんばんは、レディ」


 男性は優雅な挨拶を返してくれる。この振る舞い、貴族かしら?

 いえ、相手の正体については勘繰らないのがこの場のマナーよ。


「その仮面、控えめでいいですね」

「ありがとうございます。派手なものは少し勇気が足りなくて」

「わかります。私も目立つのは得意ではありません」


 彼はグラスを軽く傾けた。


「こういう場はお好きですか?」

「……嫌いでは、ないです。でも、慣れてはいません」

「では、今夜は練習ですね」


 冗談めかした言葉に思わず笑ってしまう。


「貴方は?」

「私は人を観察するのが好きで。人々がこういった場で、どう振る舞うかを見るのが楽しいんです」


 なんと。そういう趣味的な人もいるのか。


「……今、私も観察されています?」

「ええ、とても興味深い対象です」


 一瞬、どきりとしたけれど、その声に悪意はなかった。

 これは口説かれているんじゃなくて、本当に観察されているのかしら。

 わからない。仮面は表情の大部分を隠してしまう。

 口元、瞳の色はわかるのに、伝わってくる情報をどこか曖昧にする。


「変わろうとしている人は、わかりますから」

「変わろうと……」

「ええ。ふふ、あまり気負わないで。まずは気楽に。この場に馴染むことから始めてみてはどうでしょう?」

「それは……はい。そうですね」


 もしかしたら彼も私が初参加者だと見抜いたのかもしれない。

 なけなしの勇気を振り絞って異性に話しかけたのだとバレたのかも。

 経験の差が出ている気がする。

 そのあともその男性は、ゆっくり話しやすいペースで会話を続けてくれた。

 それでいて互いに深入りしない、そんなやりとりが心地いい。


 ……私だって男爵家に近い男性たちと交流をがんばってきた自負がある。

 全部、ダリアお姉様とジャスミンに奪われてきたけど。

 だから、こうして会話を続けることは意外とこなせるみたい。

 しばらく話したあと、いい雰囲気のまま、その男性と別れ、私は会場を歩く。

 すると、年配の女性と思わしき人物から声をかけられた。


「まあ、若い方、初々しいわね」

「そ、そんな……」

「大丈夫、褒めているのよ」


 彼女は楽しそうに笑った。


「マスカレードはね、若い人だけのものじゃないの。新しい出会いも、昔の思い出も、全部ひっくるめて楽しむ場所なの」

「……素敵ですね」

「でしょう? だから来てしまうの」


 年齢も立場も違う人たち。それでも、ここではみんな同じ参加者だ。

 意外と話しかけると応じてくれるし、話しかけられもするみたい。

 また、今度は賑やかな笑い声が近づいてきた。


「ねえねえ、その仮面、可愛いね!」

「あ……、ありがとう、ございます」


 話しかけてきたのは二人連れの若い男性だった。

 友人同士で参加しているのかしら。


「ええと、君さぁ。マスカレードにはどれくらい参加しているの?」

「私は、その。今回が初めてで」

「初めて!? そうなんだぁ」


 なんだろう。たぶん、悪意はないんだろうけど。

 いきなり知らない男性二人に話しかけられると緊張が増してしまう。

 いや、でも。私がここに何をしに来たかというと出会いを求めてきたのだ。

 話しかけやすい同性や、年配の方ばかりと交流しても仕方ない。

 呼吸を整えつつ、私は会話を続けてみる。


「お二人の仮面は、なかなか装飾が凝っていますね」

「そうなんだ! けっこう格好いいだろう?」

「はい、素敵だと思います」

「君の仮面は可愛いし、なんだかシンプルだね。あ、悪い意味じゃないよ」

「ふふ、ありがとうございます」

「そういったデザインにしたのは何か意味があるのかい?」

「意味ですか。まぁ、その。初参加なので、あまり派手なものはつけにくくて。場を損なわない程度に見た目はよくて、それでいてシンプルなものをと用意したんです」

「なるほどね。このマスカレードでは仮面はドレスや宝石と一緒だ。だから用意した仮面に、君の人柄が現れている……かもしれないね」

「私の人柄ですか」


 それは喜んでいいのかしら。

 まぁ、悪口のつもりでは言っていない様子だから深読みはやめて、素直に喜ぼう。


「ありがとうございます」

「……丁寧だねぇ。育ちがいいのかな」

「それは……ええと、秘密です」

「はは、秘密か」


 その時、会場に流れている音楽が変わり、人々がざわめく。

 次の曲が始まる前の合図だ。


「君は踊らないの? それとも踊れない?」

「いえ、その。踊れはしますが、今日そこまでは考えていなくて」

「あ、もしかしてヒールで動きにくいとか」

「そんなことはないです。ただ、心構えができていないだけです」

「そっか」

「はい」

「じゃあ」


 話していた男性の一人がスッと私に向けて手を差し出してくる。


「試しに僕と踊ってみる? まずは体験。せっかくマスカレードに来たんだから」

「え、でも……」

「大丈夫。ただ踊るだけ。今日、この会場に来た勇気を互いに讃えて、ね?」

「ここに来た勇気を……」


 確かに、この会場に来るだけで心臓がドキドキして仕方なかった。

 もう来ただけで自分を褒めたいほどだ。

 正直言って、これ以上のことは何もできそうにない。

 ただ参加しただけで一定以上の満足感を得てしまっていたりする。


「僕に今夜、素敵な女性とダンスを踊れたって、喜びをくれないかい?」


 口説かれている? ううん、それはただの思い出作りのような。

 思い出作り。そうよね。

 だって、ここまで来たんだもの。

 誘ってもらえたのだから、応えてもいい。

 ここはマスカレード。

 そして今の私はデイジー・ウォーゼルではなく、一人の仮面をつけた女性。


「……では。お願いしても、いいですか? お手柔らかに」

「うん!」


 そして私は彼に手を取られて、音楽に合わせて踊り始める。


 仮面があるから、名前を知られないから。だから一歩を踏みだせる。

 私は、ゆっくりと周囲を見渡した。

 会話を楽しむ人、笑う人、緊張している人。

 みんな、それぞれの事情と想いを抱えて、ここにいるのだ。


「とても上手だ。ダンスは得意なの?」

「いえ……その。今日のために多少、練習してきていて」

「そうなんだ。努力家なんだね」

「そんなことは」

「ふふ、素直に受け取って?」

「……はい」


 楽しい。ダンスも楽しい。

 それにこうして煌びやかな会場で自分が踊っていること、そのものも。

 ああ、空気に酔っている気がする。

 冷静ではいられない、情熱的な時間。

 思わず開放的になっている自分に気づく。


「……ああ、終わってしまったわ」

「ふふ、あっという間だったね」


 一曲のダンスを踊るのが、本当にあっという間に感じた。

 楽しかったからだろう。胸がドキドキしている。


「僕の名前はダミアンだ」

「え?」

「一曲のダンスを踊れた縁に、少しでも僕のことを知ってほしくてね」

「あ、それは。わ、私の名前はデイジーです」

「……それって、本名?」

「え?」

「ああ、いいんだ。でも気をつけて。本名を簡単に名乗ったら仮面をつけている意味がなくなっちゃうよ」

「あ……」

「まぁ、僕は言いふらしたりしないけどね。それに家名を名乗らなければ、結局誰かはわかりにくい」

「そ、そうですよね……!」

「うん。今日はお互いにこれくらいにしようか。あまり最初の出会いから飛ばしすぎても、ね?」

「……はい、そうですね」


 どうしよう。いろいろな意味で胸のドキドキが止まらないわ。


「じゃあ、また会う機会が会ったら、その時はまた踊ろうね、デイジー」

「……はい。また会えたら、踊ってください、ダミアン」


 そうして彼は離れていった。

 踏み込みすぎず、丁度いい距離感での別れ。

 確かにあれ以上の交流となると、私の限界を越えていたに違いない。


 どこかフワフワした気持ちで、会場の端へ向かう。

 会場を歩いていると、会話の断片が波のように耳へ届く。


「今年こそは真剣に探すつもりで来たんだ」

「ええ、私も。家のしがらみを忘れたくて」


 静かな声でのやりとりもあれば。


「仮面越しだと、意外と本音が出るものね!」

「それは危険な発言だよ、今夜は特に」


 なんて、軽口を叩き合う声もある。


 明らかに雰囲気の違う一団が集まっている場所もある。

 姿勢がよく所作が洗練されている。

 高位貴族なのか、それとも社交に慣れきった人たちなのか。


 それに柱の影で隠れるように話している二人の男性も。


「ここは情報収集にも使えるな」

「まぁ、飛び交うのは婚姻話だけじゃないからな」


 ……あ、そういう目的の人もいるのね。当然か。

 マスカレードは恋の場とは限らない。

 人脈作り、探り合い、或いは、ただの好奇心。

 それぞれの思惑が仮面の下に隠れている。


 年若い令嬢らしき人たちが集まって、きゃっきゃっと笑っている一方で、

 落ち着いた年齢の男女がワインを片手に人生観を語り合っている姿もある。


 通りすがりに目が合った人が、軽く会釈をしてくる。

 私は少し遅れて、同じように会釈を返した。

 たったそれだけのやり取りなのに、不思議と胸が温かくなる。


「……皆、それぞれの理由で、ここに来ているのね」


 これが私の初めてのマスカレードだった。


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