三話 母に届いた招待状
その日、男爵家に届いた手紙を私が分別していた。
我が家は、しがない男爵家であり、使用人は多くない。
加えて、動いてもいないとどうにも収まらなかった私が、手紙を受け取ったのだ。
「ん……? これは?」
複数届いた手紙の中から気になるものを見つける。
それは差出人のない手紙だった。
それでいて、手紙の装飾が凝っている。
「どこかの商会の広告かしら……?」
差出人はわからないけれど、宛て先はわかる。
フローラお母様宛ての手紙だ。
当然、それは封を切らずにお母様に渡すべき手紙である。
……でも。
「何か危ない物でも入っていたらよくないし」
私は、いろいろと自暴自棄になっていた。
なので、これくらいの横暴は許されるだろう、そんなふうに考えてしまった。
「誰からの手紙かしら、と」
勝手にお母様宛ての手紙を開く。
これがもし、よく武勇伝として語られていた現国王からの手紙だったら?
あるいは宰相閣下? 騎士団長?
フローラお母様はアンソニーお父様一筋だけれど。
それでも、かつては名立たる男性たちに好意を向けられていた。
今もそれは続いているのか。だとしたら。
「……どうしたらそんなふうになれるのか。教えてほしいくらいよ」
でも、フローラお母様の真似をできるかというと難しい。
あの人は心底からお花畑というか。
回りがしっかりして守ってあげないと、と思わせるのが得意だ。
私はお母様といると、しっかりしないといけない気持ちが強まる。
それは庇護欲を誘う、というやつなのかもしれない。
「……私には無理ね」
そういうのが得意なのはジャスミンの方だ。
たぶん、ダリアお姉様もフローラお母様の真似をするのは無理だろう。
表面だけ真似をしても、うまくいくことはない。
だからお母様は頼りにならない。
そんなお母様に届いた匿名の手紙なんて危なっかしいだろう。
だから、私が確認するの……。
「招待状……?」
いろいろな言い訳を重ねながら、封を切った手紙。
中にあったのは一通の招待状だった。
「……仮面舞踏会への、招待状」
それは私にとって大きなきっかけだった。
◇◆◇
仮面舞踏会について私は調べた。
それはどうやら、ただの華やかなパーティーというわけではないらしい。
参加者たちは顔の半分を覆うマスクを着用し、交流する。
正体、身分を隠したその場は、身分や礼儀作法から解放される場所だ。
一時的とはいえ、そこでは王族も、貴族も、使用人も、平民もなくなる。
そういう場所なのだ。
使用人と貴族が対等に話すことができるし、より高位の貴族と交流できる可能性もある。
身分の無効化。これが仮面舞踏会の最も特徴的な要素だ。
なぜ、そのような場所に人々が集まるのか。
それは参加者によって様々な理由がある。
高位貴族に仕えている侍女は、一発逆転の婚姻を結べる可能性がある。
男性は自由な恋愛を楽しみ、遊ぶ機会になるし、形式的なお見合いではなく、自分で見つけた、好みの女性を口説くことができる。
高位貴族、或いは王族さえ、身分を隠して自由を謳歌できる。
解放的な出会いの場所。
「……これよ、これだわ!」
私は興奮を隠し切れなかった。
それは、私の求めていた出会いの場だったからだ。
何よりいいのが相手の正体がわからないまま、交流を深めることができること。
つまり、家にさえ連れてこなければ……。
「ダリアお姉様や、ジャスミンに奪われない!」
私にとって最も重要な条件だ。
なにせ私でさえ相手のことを知らなければ、姉妹たちにはさらにわかりようがない。
決して家では会わないようにし、交流を深めていければ。
私だけを見てくれる。そんな状態になれれば。
もしかしたら私だって素敵な異性と結ばれる未来があるかもしれない。
「お母様への招待状だけど。出会いを求めるためのパーティーなんて、あのお母様には不要よね!」
フローラお母様はアンソニーお父様一筋なのだ。
いくらモテたとしても、それは変わらない。
だから、この招待状は、娘の私が有効利用させてもらう。
私だって背に腹は代えられない。
いつまでもこのままではいられなかった。
動く時、なのだ。
招待状を送った何者かにはそんなつもりはないかもしれない。
でも、これは私の人生を大きく変えることだった。
そうとわかっていて、このまま機会を失うなんて、できるはずがない。
「いざ、仮面舞踏会へ!」
私は仮面舞踏会へ参加するため、準備を始めた。




