最終話 笑顔でラストダンスを ~デイジーの幸せ~
理解がすぐには追いつかなかった。
でも、だんだんと彼に言われた言葉の意味が頭の中に馴染んでくる。
今、私はルイスに告白された……のよね。
「ルイス……本気で?」
「ああ、本気だよ。疑わしいのはわかる。まだ俺たちは信頼を積み重ねる時間が足りていないのだろう。けれど、それは、これから積み重ねていけばいい」
ルイスは、まっすぐに私を見つめてくる。
その言葉に……嘘は感じられない。
でも、私の人を見る目なんて、信じられない。
心の奥に、また浮かんでくるのは『彼に裏切られたら』……そんな思い。
彼を受け入れる勇気が出せない。
信じたい。でも信じられるだけの根拠があまりにもない。
「デイジー」
葛藤している私の背中を、優しく押す手が触れる。
「アイリス?」
真後ろから、アイリスの声がするけれど、この体勢では振り向けない。
「勇気を出して。私を助けてくれた貴方には、どんなに怖くたって踏み出せる勇気があるはずよ。あの時の貴方は、私にとってヒーローだったもの。今はその勇気を、自分のために奮い立たせる時よ。大丈夫! ルイスについては私が公爵家の伝手を使って調べてあげたから! 信用してもいい人よ! この親友がお勧めしてあげる!」
「……調べたって」
「ははは……。流石、マクラーレン公爵令嬢、そういうところはしっかりしているね」
アイリスは同じ年頃の友達といってくれるけれど。
ところどころ、住む世界が違うと感じる。
でも、彼女はきっと本当に私を友人と思ってくれているのだろう。
勇気。
私自身がかつて見せた、私から生まれた気持ち。
友人が見つけてくれた、私の中の勇気を……信じてみたい。
そう思う。
「ルイス、貴方の気持ち……受け取るわ」
「本当?」
「……ええ!」
私は彼の手に、自分の手を添える。
そうして見つめ合って、互いに恥ずかしくなり、微笑み合う。
二人の空気になったけれど、私たちは誰よりも注目を浴びていたことを思い出す。
「というわけだから、ジャスミン」
「……なによ、デイジーお姉様」
「ルイスのことは諦めてね?」
「……!」
ジャスミンは改めて、私の隣に立つルイスに視線を向けた。
「君のことはお断りだ。それに君、まだそんなことを続けるのかい?」
「な、にを……」
「君の交際相手はあの通りの男だった。君、見る目がないようだけれど。だからデイジーの恋人ばかり狙うのかい? それで君が幸せになれるとは思えないけれど……。それに皆が俺たちを、今の君を見ているよ? 恥ずかしくはないかい?」
ルイスが突き放した言葉を告げる。
ジャスミンは悔しそうにしたあと、周囲に目を向けた。
注目されているのだということが、ようやくジャスミンの中で形になったのだろう。
そして、ジャスミンがどう見られているのか。
それを理解する。
「~~~!!」
ジャスミンの中にも、ようやく羞恥心が芽生えたみたい。
そうしてようやくジャスミンへのお仕置きが成立する。
ジャスミンに、異性関係で恥をかかせた。痛い目に遭わせた。
いけないことだと思いつつ、胸のどこかにあったモヤモヤが消えていく。
「も、もういいわ! 私、帰る!」
「ええ、ジャスミン。私はルイスと踊ってから帰るから。帰り道には気をつけてね」
「……!」
ジャスミンが悔しそうにしながら、マスカレードから去っていく。
勝った。そんなふうに思ってしまうのは、いけないこと?
でも、きっとこれからもジャスミンとは喧嘩するんだろうな。
家族だから。切っても切れない関係。
折り合いをつけて付き合っていくしかないのか。
それとも完全に縁を断つことになるのか。
それはきっと、これからの私たち次第だ。
「さぁ、皆さん! 余興は終わりました! 悪人たちはいなくなった! 今宵、マスカレードは善良なる人々の手に戻りました! さぁ、音楽を再開して! 踊りましょう、話しましょう! 仮面をつけている人も、外した人も! 今宵はマスカレード! 皆で存分に楽しみましょう!」
アイリスが声を上げて、会場に伝える。
そのタイミングでマスカレードの音楽が再開された。
騒ぎが起きていたことなんて忘れたかのように、マスカレードはいつもの姿へ戻っていく。
「ふふ、じゃあ、デイジー。ルイスさんも。私はお先に失礼するわね?」
「え、アイリス?」
「妹さん、あのままだと心配でしょう? 私が家に帰るまで責任を持って見ていてあげる」
「あ……、でも」
「デイジーはいいの。ルイスさんと踊るのが、今夜の貴方の役割よ」
「……アイリス」
「ふふ、じゃあね、お二人。また今度、会いましょう? 手紙を送るわ」
そう言って、アイリスは去っていった。
アイリスもかなり堂々とするようになったと思う。
彼女の中でも、何かが変わったのだろうか。
「デイジー」
ルイスが少しだけ距離を置いて、改めて手を差し出してくる。
「俺と一曲、踊っていただけますか?」
「……はい!」
私はルイスに手を取られ、音楽に合わせて踊りだす。
彼のエスコードは踊りやすくて、楽しい。
今宵、今夜はマスカレード。
誰も彼もが仮面をつけて、正体を隠している。
いい人も、悪い人も、様々な想いを秘めて、仮面をつけて笑い合う。
神秘的で、幻想的で、夢のような世界。
でも、やっぱりそこにいるのは幻ではない人間で。
だからこそ、私たちは出会い、互いを知り合って、つながっていく。
「デイジー」
「ええ、ルイス」
「……好きだよ、君のこと」
たとえばそんな言葉も、情熱的な夜には溶けてしまいそうで。
だけど、私たちは素顔で見つめ合い、確かに気持ちがそこにあると。
そんなふうに感じている。
「……私も、貴方が好きよ、ルイス」
今宵、今夜はマスカレード。
新しい出会いを求める男女が集う場所。
夢のような光景の中で生まれた、新しい恋を、私は、この場所で。
「つかまえた」
笑顔で踊りましょう、ラストダンスを。
新しい恋の始まりを祝して。
◇◆◇
それからの私の日常は、それほど変化はない。
凝りもせずにルイスにアプローチをしようとするジャスミンが、彼に冷たくあしらわれている光景を何度か見た。
そのうちに、ようやく諦めたのだろう。ルイスには声をかけなくなっていく。
代わりといってはなんだけど、ジャスミンは私の代わりにマスカレードに顔を出すようになった。
危なかっしいところが多いので心配だから、それなりに注意している。
ジャスミンが危険な相手と関わるのなら、家族としてどうにかしなければ。
そんなふうに思っていた矢先。
ジャスミンは、さっさと出会いを済ませてしまったらしい。
そもそもカルヴァンは……と思ったけど、ダニーに声をかけた時点でお察しなので触れない。
ジャスミンの新しいお相手は子爵令息だった。
思わず、転んでしまいそうになる私とダリアお姉様。
その相手でいいんだ……。いえ、もとから身分には拘っていなかったかしら。
「身分なんてぇ、愛より大事なわけないでしょお?」
……とのことだ。
うーん。
結局、フローラお母様だって男爵令息だった当時のお父様を選んだんだし。
一番、お母様に似ているジャスミンもそれでいいのかもしれない。
「別にデイジーお姉様の相手だって、今はただの子爵でしょう? 同じよ、同じ」
「まぁ、そうね」
ルイスは侯爵令息だが、従属爵位を継いだ子爵となっている。
だから最終的な身分は一緒といえば一緒か。
ダリアお姉様はローランドと続いているらしい。
お姉様もそれでいいのかと問うたけれど。
「意外と悪くないわよ。まぁ、不誠実なことをしたら、私は黙っていないから」
「そう……? 大丈夫? 私が言うのもなんだけど」
「まぁ、デイジーはそうでしょうねぇ……」
お姉様は元から、男爵家を継ぐ者として立派にやってきた。
その伴侶には、そこまで多くを求めていないという。
相手がいれば、それでいい。
そういうスタンスだとか。それはそれで心配になるけど。
「デイジーとルイスさんが力になってくれるでしょう?」
「……まぁ、うん。そうだね」
「なら、安泰よ。あ、もちろん頼り切りになる気はないから安心して」
「……わかったわ、ダリアお姉様」
私たちウォーゼル家の三姉妹は、それなりの関係で、それなりにやっていくみたい。
「あらぁ、みんな、おめでとう! ふふ、ねぇ? 恋って素敵でしょう?」
……フローラお母様は相変わらずお花畑だ。
娘たちがいろいろあって、ようやくこの結果だということをわかっているのか。
呆れるけれど、流石にもう変わることはないのだろう。
アンソニーお父様は、そんなフローラお母様を今も愛している。
……その一点だけは、理想を抱かなくはない。
私もこの年齢になっても愛し合える関係でありたい。
「デイジー、迎えに来たよ」
「ルイス」
私はルイスに迎えられて、王都に出かける。
こうしてデートを重ねて、互いの時間を積み重ねていくつもりだ。
「アイリスの縁談、聞きました? ルイス」
「うん。伯爵家との縁をつなぐらしいね。でも、知っているかい、デイジー」
「なんでしょう?」
「その伯爵家の領地、俺のクレイブ家が運営する商会の本店がある場所なんだよ」
「え!? そうなの?」
「そうみたいだ。もしかして、とは思うけど。彼女、デイジーが近くにいるなら、って理由で縁談を決めたりしていないかな」
「まさか、そんな。自分の結婚よ? そんな理由で……」
私とルイスは互いに顔を見合わせる。
……アイリスなら、やらかしそうだなぁ、と。
たぶん、同じことを思っていた。アイリス、変なところで行動力があるから。
「あはは……」
「でも、まぁ、彼女はきちんと自分の幸せを掴めると思うな。強い人だから」
「……そうね。ええ、きっとそう」
アイリスは公爵令嬢から伯爵夫人に。
私は男爵令嬢から子爵夫人に。
……意外と身分が近くなってしまった。
もちろん、アイリスの方が上なのは変わらないけれど。
今よりも、もっと交流はしやすくなるかもしれない。
「今日は新しくできたカフェに行こう、デイジー」
アイリスと将来について考えていた私は、ルイスの言葉で現実に引き戻される。
「新しいカフェ、いいわね!」
「ああ、じゃあ。……手をつないでもいいかな?」
「……うん!」
私はルイスと手をつないで、王都の街を歩いていく。
二人で並んで。温かい彼の手。
私はきっと今、幸せだ。
それはきっと、これから先まで、ずっと続いていく──
END
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
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