二十二話 マスカレードでつかまえて!
「仮面を外してくれるかな、ダミアン。いや、ダニー・ブラックウッド」
「……!」
「は?」
ダミアンが驚愕する。ジャスミンは理解が追いついていない様子だ。
「ダニー・ブラックウッドって、それがダミアンの本名?」
「ああ、そうだよ、デイジー。いや、君がそうでないというのならいいんだ、ダミアン。だが、ここで顔を見せてくれるかい? 君は今、疑われているんだ。無実の証明のためにもね?」
「い、いや……。それは」
「ダミアン?」
ジャスミンの手を振り解こうとするダミアン、いえ、ダニー。
「ジャスミン? 貴方のお付き合いしている彼って、まさか誘拐犯の犯罪者だったの? あはは! お笑い草ね! ほら、見てみなさい? 仮面も外せない! なら、やっぱりそういうことね!」
私はジャスミンを煽り立てる。
「貴方の付き合っていた人は犯罪者のダニーなのね!」
「なっ……! ち、違うわよ! 何を言っているの、デイジーお姉様!」
「違う? どうやってそれを証明するの? 彼は顔を隠したままなのに」
「それは! デイジーお姉様だって同じでしょう? お姉様も仮面をつけたままなのに、偉そうに言わないでよ!」
「あら、私が仮面を外したらいいの? だったら外すわ」
「えっ」
なぜか、私がここで仮面を外すなんて思っていなかった様子のジャスミン。
どれだけ見縊られているんだか。
私が素顔を見せるのを恥ずかしいと思うとでも。
私は堂々と仮面を外す。
もちろん、それは本来なら勇気のいることだ。
だって、ここはマスカレード。
仮面をつけているから、大胆になれる場所。
仮面をつけているから、新しい出会いを得られる場所。
だけど。
仮面をつけたままでは、本当の関係は築けない。
縁を深めたい、仲良くなりたい、そんな気持ちは仮面越しではだめなのだ。
何より私には今、アイリスとルイスという友人たちがいる。
だから、私はマスカレードで素顔を晒す勇気だって出せる!
「ふふ、ジャスミン。どう? 私は仮面を外したわ」
「っ……!」
「なのに貴方の彼には、仮面をつけさせたままでいるの? 私も、アイリスも、ルイスも素顔を見せられているのに。そんなに恥ずかしい存在なのね、貴方の恋人」
「バカにしないで!」
ジャスミンは私に挑発されて、激昂する。
彼女は譲れないのだ。それはわかっていた。
「こんなもの!」
「あ、待て、ジャスミン!」
ダニーが止めるまでもなく、ジャスミンは彼の仮面をはぎ取ってしまう。
それだけで勝ち誇るようなジャスミン。
でも、素顔を晒したダニーは真っ青だ。
「……決まりだな。ダニー・ブラックウッド。……つかまえろ!」
「え!?」
「なっ!」
ダニーとジャスミンが驚愕し、対処をする間もなく。
彼らの背後から、すでに近づいていた者たちがダニーを取り押さえる。
「きゃあああ!?」
「うわぁ! 離せ、離せ!」
ジャスミンが掴んでいた腕は無理矢理に引き剥がされる。
ダニーはジャスミンを振り解けず、逃げる機会を失ったせいで、あっさりとつかまってしまった。
「な、なんなの!?」
ジャスミンは女性の協力者が保護するように彼から引き離され、距離を空けさせられる。
「ダニー・ブラックウッド! 連続婦女誘拐事件の重要容疑者として、お前をつかまえる!」
「ち、違う、違うんだ!」
「何が違う! すでに証拠は掴んでいる! お前の仲間たちも捕らえているんだぞ!」
「だ、だが……ジャスミン! お前は俺を信じてくれるんだろ!?」
「え……」
ジャスミンはそこで自分に話が向くとは思っていなかった様子だ。
ダニーとルイス、それを取り巻く状況、そして周囲の目を気にし始める。
「ジャスミン!」
「い、いや」
「は!?」
「嫌! 何よ、貴方! ダミアンなんて偽名を名乗って! 私を騙していたの!? それも誘拐事件の犯罪者って……最低! 最悪! 貴方なんて知らないわよ! ふざけないで!」
「なっ……く、くそ! デイジー!」
そこで、なんと私に声をかけてくるダニー。
「デイジーなら俺のこと信じてくれるだろ!?」
「……そんなわけないでしょう、ダニー・ブラックウッド。私と貴方、そもそも別に深い関係なんてなかったのよ? どこに私が貴方を信じられる要素があると思うの。それにダニー、いいえ、ダミアン。貴方、あの日、ダリアお姉様とジャスミンが私を尾行していなかったら。……私を誘拐する予定だったわね?」
「……! そ、それは……」
そう。そうなのだ。
もちろん、あの日の、ダリアお姉様とジャスミンのしたことは許しがたいこと。
だけど、私は結局、姉妹に救われたのだ。
……なんていう皮肉だろう。
許せなくて、怒って、嫌いになったのに。
それでも巡り巡って、私の助けになる。
それが姉妹なのか、それが家族なのか。それはわからないけれど。
「デイジー」
「……ルイス」
ルイスが、スッと私に寄り添ってくれる。
それだけで私の心は軽くなるようだった。
「私に、貴方は必要ないわ、ダミアン、ダニー・ブラックウッド。さようなら」
「あ……」
最後にすがる相手を見失い、ダニーはガクリと脱力した。
「連れていけ」
ルイスの宣言で、ダニーは連行されていく。
すでに彼が関わっていた犯罪者グループも全員、捕まえ終えているらしい。
今は調査を続けて、余罪を確認しているそうだ。
「……はぁ」
「大丈夫? デイジー」
「ええ、大丈夫」
「よくがんばったよ」
「ふふ、ルイスやアイリスがそばにいてくれたおかげよ。ルイス、ありがとう」
「いいや。協力、感謝している」
「アイリスもありがとう」
「ふふ、友達だもの。それに……まだ、でしょう?」
アイリスが視線を向ける。
ジャスミンが呆然とそこに立っていた。
彼は、犯罪者のダニーを恋人と大っぴらに宣言し、騒ぎを起こしたのだ。
しかも、きっと別に彼を好きだったわけでもないだろう。
だから、その方面でジャスミンが傷つくことはない。
ただ、彼女は恥をかいた。
それも、姉の恋人……ではないけど……を奪おうとして。
痛い目にあったのだ。
「…………」
幽霊のような挙動で、ジャスミンは私たち三人に目を向ける。
思わず、震えそうなほど、怖い雰囲気だ。
でも、きっとそのあとの行動は予測できていたから。
私は心の準備ができていた。
「……ルイス様! 私、騙されていたんです!」
ほらね。
私は思わず、アイリスと目を見合わせてしまう。
予想通りすぎる展開だから、互いにもう苦笑してしまうしかない。
だいたい、別に私とルイスは付き合っているわけではない。
ルイスは、嘘をついたのだ。
「そこまでだ、ジャスミン・ウォーゼル男爵令嬢」
「えっ」
ルイスが手を前に突き出し、ジャスミンを制止させる。
その視線は、私が見たことのないような冷たさだった。
「さっき言わなかったか? 私はデイジーと交際している。君には興味がないよ」
「なっ……!」
冷ややかな態度の拒絶。
ジャスミンは、それだけで顔色を真っ青にする。
……思えば、ここまで冷徹な態度で男性に拒絶された経験など、ジャスミンにはないのかもしれない。
「わかったなら、もう帰ってはどうかな。あいにくとデイジーは私と踊る予定がある。相手もいなくなったことだ。一人で帰ればいい」
「な……なん、嘘、嘘よ、嘘でしょう? そうよ! デイジーお姉様、お姉様はルイス様と交際なんてしていないんでしょう!?」
そこに気づくか。
それとも気づいたのではなく、ジャスミンの願望がそう思わせるのか。
「私とルイスは……」
「ああ、確かに交際していると言ったのは嘘だな」
「えっ」
「ほら、やっぱり!」
あっさりとルイスは嘘だったと白状する。
……わかっていたけど、そんなにあっさり。
そう思わなくもない。でも、流石にルイスに迷惑はかけられないから。
「だが、デイジー」
「……ルイス?」
ルイスは私の肩に優しく触れ、正面に立って、私を見つめてくる。
「デイジー、俺は君に惹かれているんだ。これは嘘ではなく、本気だ。だから、どうか俺と、本当に……恋人になってほしい」




