二十話 動くジャスミン
ダミアンとの待ち合わせ当日。
ジャスミンが行動を起こした。それも最悪な方法で。
「……なんだか眠いわ」
「デイジーお姉様、疲れているのよ、きっと。部屋で休んできたら?」
「……そうするわ」
「残念ね、こんな日。でも、きっといいことがあるわ」
「……ありがとう、ジャスミン」
微笑ましい笑顔を浮かべるジャスミン。
けれど、この子は許されない一線を踏み越えた。
……私に薬を盛ったのだ。
毒とは言い難い。睡眠薬の類だが……。それでも、やりすぎだった。
「デイジー」
私が部屋に戻り、大人しくしていると、ダリアお姉様が来た。
今回、私の飲む紅茶に睡眠薬が盛られたことに気づいたのはダリアお姉様のおかげだ。
「ダリアお姉様。私、ジャスミンのことが許せません」
「……そうでしょうね」
「今まで少しの罪悪感が残っていましたが、なくなりました」
「……ええ」
ジャスミンがなぜ、ここまでするのかわからない。
だって、あの子は充分に可愛いのだ。
人が好きになったり、交際しようとしていたりする相手を奪う必要なんかない。
それなのに。薬まで盛って奪うことを考える。
おかしい。あの子は。
「私もちょっと思うところがあったけど。あの子は痛い目に遭った方がいいかも。こちらでコントロールできる中で」
「はい、私もそう思います」
私たちは、あの両親の娘だ。
だから多少なり、世間ずれしているところはあるのだろう。
でも、ジャスミンはもう、それでは済ませられないだろう。
「どうしてあんなことをするのでしょう……」
「恋愛のためなら、何をしてもいい。そういう〝親の教え〟だからかしら」
フローラお母様は、まさにそういう人だった。それでも、娘として唯一認められることがあるとすれば、相手に男爵家のお父様を選んだことだ。どう考えても国王の伴侶、つまり王妃になれる器じゃあない。騎士団長の妻も、宰相の妻も、決して務まる人ではなかっただろう。
お母様は最終的に身分相応な人を選んだのだ。
当人は愛の果てに選んだだけかもしれないけれど……。
「……私、行きます」
「待ち合わせ場所に? 先にジャスミンが行っているわよ、きっと」
「ええ。ダミアンに会う気はありません。別の人と会います」
「別の人?」
「……アイリス、マクラーレン公女が認めてくれた、信用できる人です」
「……そう。その点については何も言わないわ」
「ありがとうございます、ダリアお姉様。……今さらですけど」
「うん?」
「私、ダリアお姉様のことを許します」
「……そう」
「やっぱり、お姉様に押しつけている責任もあると思いますから。もし、私がこの先、どうなったとしても、ダリアお姉様の継ぐ、ウォーゼル男爵家の力になります」
「ふふ、そう言ってくれると嬉しいわ、デイジー」
私はそれだけを告げて、家を出る。
でも、向かうのはダミアンとの待ち合わせ場所ではなく、中央通りの方だ。
「ルイス」
「やぁ、デイジー」
アイリスと顔合わせしたうえで、ルイスの身分を保証してもらった。
それだけで信用していいのか、という面もあると思うけど。
でも、アイリスの友人というだけで、それを知っているなら手を出しにくくなるかもしれない。
逆にアイリスに向けての人質にされる可能性も?
という懸念は、流石にならず者相手の話。
ルイスは侯爵家の家名を背負い、従属爵位である子爵を継いだ身だ。
危ない方向の手出しなどできるはずがない、ということで。
私自身も、ルイスを疑っていない。
彼は誠実だと思うのだ。比較対象がダミアンなのが申し訳ないくらい。
それでも、まだまだ私と彼は交流を始めたばかりだ。
互いに、互いを知っているとまでは言えない状態。
「……危険が伴うかもしれないのに、なんだか妙な気分になるね。悪戯を待つ子供みたいだ」
「ふふ、確かにそんな気持ちもあるかもしれないわね」
「事前に公爵家からも連絡を受けている。すでに待ち合わせ場所を監視しているそうだよ」
「ええ、わかった」
「じゃあ、行こうか、レディ」
「……ええ」
ルイスにエスコートされ、馬車に乗る。
目立たないよう、地味な馬車のはずだが、造りがしっかりしており、上等な物だとわかった。
「もしかしてルイスの商会用の馬車?」
「ああ、そうなんだ」
ルイスは子爵となったうえで、新商会を任されているそうだ。
侯爵家生まれでも三男で、侯爵は継げないルイス。
その分、苦労は多いのだろう。でも、言ってはなんだけど、伯爵家以上の当主のような人よりは、ずっと親しみやすいと思う。
男爵家の娘にすぎない私でも力になれそうというか。
ルイスのエスコートで馬車に乗り、他愛もない会話をしながら、目的地へ向かう。
付かず離れずの位置からジャスミンたちを監視するのだ。
また警戒するのはダミアンだけではなく、彼のグループでもある。
流石に単独犯で誘拐を企てているわけではないと思う。
そもそもダミアンがそういう犯罪者なのかも定かではないのだけど。
仮に彼の仲間が付近にいる場合、こうして近くに目撃者となり得る人がいれば、行動に移すのをためらうだろう。そのために、近づく。
「……付近に人影はないが、もう会っているようだ」
ルイスが馬車の中から様子を窺ったところ、すでにジャスミンとダミアンが接触しているようだ。
「やっぱり来たのね、ジャスミン」
「デイジー、大丈夫かい?」
「ええ、ルイス。大丈夫、だって私、ダミアンのこと、そこまで好きにはまだなっていないもの」
「……まだ、か」
「あ、いえ、えっと。まだなっていなかった、というか」
「うん、わかっているよ」
そう言いながら。ルイスが私の手を取る。馬車の中なのに。
「えっと、ルイス?」
「それでも嫌な気持ちになるかもしれないから。人の手を握っているだけで、落ち着くものだ」
「……そう、かな」
ルイスが少しだけ照れた様子で、そんなことを言ってくる。
だからって手を繋ぐことはない。そう思うけど。私は彼の手を離すことができなかった。
……嫌ではなかったから。
「…………」
馬車の中から距離の離れたジャスミンたちの様子を見る。
ジャスミンの誘いを断れば、ダミアンはただ疑わしかっただけの人になるだろう。
でも。
「あ」
ジャスミンが彼の腕に絡みつくのを、ダミアンは当然のように受け入れていた。
そして、笑い合って、あっさりとどこかへ向かおうとする。
まるで最初から待ち合わせの相手がジャスミンだったかのように。
「…………」
なんだろう、この気持ち。
別にダミアンとは付き合っていたわけじゃない。なのに裏切られたような気持ちになるのは。
いえ、待ち合わせ場所に〝行かなかった〟のは私だ。行けたのに行かなかった。
それどころか彼を疑っている。だから、私がそんなふうに思うのは筋違いだろう。
「デイジー」
「……ルイス」
「想いを無理矢理に押し込めるのはやめた方がいい。それが美徳だったり、マナーだったりすることもあると思うけど。今、この場ではそんな必要はないよ。どんなに口汚い言葉を言っても俺は君への態度を変えたりしないから」
「……そんなこと。その、別に」
ルイスに嫌われたり、幻滅されたりするのは嫌だ。
でも、それは……どういう気持ちなのだろう。
「私も、そこまで気にしてはいないです……はい。少なくともダミアン相手には」
「そうか?」
「はい。でも、ジャスミンにはそれでは済まない気持ちがあります」
「……そうだろうね」
そのあとも彼らにバレないように様子を窺う。
ダリアお姉様が警戒した理由も伝わってきた。この通りは本当に人が少ないのだ。
こんな場所、どこでデートするというのだろうか。
「……初めてのデートにしては盛り上がらないデートコースだな」
「はい……」
ジャスミンはそれでも気にしていないのか。
会話に夢中になっている。それでいいのなら、幸せかもしれないけど。
「連中……」
ルイスが気づく。ジャスミンたちに近づいていく集団がいるのだ。
あれはまさか。
「あっ!」
そこでダミアンがジャスミンの腕を掴んだ。
かなり力強く。ジャスミンも驚いている様子だ。
「危ないっ」
私は咄嗟に馬車を降りて、ジャスミンのもとへ行こうとする。
でも、ルイスがそれを止めた。
「待って、デイジー。反対側を見て。公爵家の騎士たちが動いたようだ」
「え、あ」
ルイスが指差す方向を見ると、確かに、これみよがしな集団が現れる。
ジャスミンたちに近づいていた集団はピタリと歩みを止めて、不自然に引き返していった。
あの動きは完全に……。
ジャスミンも腕を掴まれて、困惑しながら怒っている。
ダミアンは誤魔化すように何かを言い訳していた。
「……クロだな」
ルイスがポツリとそう呟く声が聞こえた。




