二話 ウォーゼル家の三姉妹
「いい加減にしてよ、ダリアお姉様! ジャスミン!」
今度という今度は許せないと私は声を張り上げる。
私と交際していたはずなのに反応を見せないローランドにも腹が立つ。
交友関係を徐々に深めていったカルヴァンにもだ。
「あら、そんなに怒って。だって仕方ないじゃない?」
「何が仕方ないっていうの、ダリアお姉様」
「ローランドさんは商会のご子息で、優秀なのでしょう? だったら、まず長女の私との縁を真剣に考えるべきだもの。ねぇ、ローランドさん?」
「……そうですね。僕も男爵家との縁を考えるのなら」
「ローランド……」
「それにデイジーさんとは、まだそれほど深い仲ではなかったでしょう」
「それは……! そう、だけど……それでも」
「確かに交際し始めたつもりではあります。ですが、互いに深く踏み込んではいない関係、取り返しだってつきますから。それならデイジーさんとの仲が拗れる前に、ダリアさんと正式に交際し始めた方が貴方の評判を落とさずに済むでしょう」
自分は何も悪くないとばかりに理屈をこねるローランド。
けど、彼と出会い、交流するために支払った私の労力は無駄になった。
……ダリアお姉様は、ただ家にいて何もせずに。
「そうそう。それに、まだ付き合っていないっていったらカルヴァンもそうよね?」
「ああ。別に俺はデイジー嬢と付き合ってもいなかった」
「ねー! 私が文句言われる筋合いないよね、デイジーお姉様」
「ジャスミン……」
「デイジーお姉様とカルヴァンはよくて、ただのお友達。お姉様の友人と私が交際してはいけないなんてことないでしょう?」
ジャスミンもまた、まったく悪びれずにそう言い切る。
「……私が許せないのは! 貴方たちがいつも、ただ家にいて! 私が仲よくなった男性に、わざわざコナをかけることよ!」
「まぁ、デイジー。なんてことを言うの」
「ひどぉい、デイジーお姉様」
「何がひどいのよ! ひどいのはいつも貴方たちじゃない!」
「だってぇ……」
ジャスミンが甘えるようにカルヴァンにしがみつく。
その仕草に苛立ちがつのる。
「でもね、デイジー。仕方ないのよ」
「だから何が仕方ないんですか、ダリアお姉様!」
「だって」
ニコニコとダリアお姉様が笑う。
「貴方って見る目があるんだもの。いつもいい条件の男性を連れてきてくれるから」
「そうそう! デイジーお姉様、見る目はいいのよね!」
「だったら! その『いい男』で手を打って、さっさと結婚してくださいよ!」
「まだ結婚には早いじゃない。我が家は恋愛結婚が推奨なのよ? じっくり時間をかけて、恋愛してから伴侶は決めないと」
「そう言ってダリアお姉様がフッた男性はもう何人になると思っているんですか!」
「それも仕方ないわ。いつも私は真剣だった。相手もね。でも、フィーリングが合わなかった。ただそれだけの悲しいすれ違いよ。相手の方も納得してのお別れよ? その証拠に慰謝料だとか求められたこと、ないでしょう?」
「それは……!」
確かにそうなのだ。
ダリアお姉様やジャスミンと交際した男性たちは、別れることになっても彼女たちを怒らない。
慰謝料も請求されたことはなく、互いに同意の上でのお別れとなっている。
いったい何がどうしてそうなるのか、私にはまったくわからない。
これもまたフローラお母様譲りの技なのだろうか。
お母様だって現国王やら宰相やら騎士団長やらと円満にお別れしているのだ。
「デイジーお姉様。殿方は、より魅力的な女性に惹かれるものなの。だからね。私が近くにいたら、どの道、私とお付き合いすることになったのよ。だからカルヴァンのことも、どうせそうなるのを前倒しにしただけって考えて?」
「……もういい!」
私はこれ以上、二人と会話する気にもならず、引き返した。
腹が立つ。悔しい。許せない。
でも結局、交際相手として選ばれなかった私は何も言えない。
それが何より悔しくて、惨めで、悲しかった。
私たち三姉妹は、昔はそれなりに仲がよかった。
でも、いつの頃からだろう。
私たちが年頃になり、気になる異性ができてきた頃。
その関係にヒビが入り始めた。
最初は、私の初恋相手だった。
隣領の、これまた男爵家の令息。
少しだけ年上で、私とお揃いの黒髪。
目立って美しい人じゃなかったけど、親しみやすくて。
私は彼に惹かれた。
でも、淡い恋心を抱いた矢先、彼とダリアお姉様の婚約話が出てくる。
相手の家からの打診だった。
ウォーゼル家は政略結婚をしない方針だったため、婚約話は流れる。
でも、そのあとダリアお姉様と彼の交流が始まった。
そこに私の入る余地はない。
私は悲しい気持ちと向きあいながら過ごすことになった。
今現在も、ダリアお姉様に婚約者はいない。
隣領の男爵令息はその状態では家の方針と噛み合わず、別の女性と婚約を結んだらしい。
……お姉様と婚約が結べなかったのだから、次女の私と。
そんなこともなかった。
そもそもウォーゼル家の方針が娘に婚約させないことだからだ。
それは私も同じなので、ダリアお姉様が無理なら私も無理だった。
悲しみを乗り越えて、成長した私は、また恋をする。
でも、今度はダリアお姉様ではなくジャスミンが障害になった。
……私と仲がよくなった男の子は、私とはただの友人のまま、ジャスミンに恋したのだ。
私の方はすでに惹かれ始めていたのに。
もちろん、そのことでジャスミンを責めることなんてできない。
私は彼の顔も、ジャスミンと一緒にいることも見たくなくて距離を置いた。
ジャスミンはそのまま彼と交際したかというと、そうはしておらず。
どうやってか知らないけれど、距離を置いて、そのまま放置している。
突き詰めていけば、ダリアお姉様もジャスミンも、きっと一線は越えていない。
だって二人も、私も、婚約はしていないのだ。
家同士の契約はなく、結婚の約束も交わしていない。
本当にただの男女交際をする関係で……。
そうだからこそ、私ではなく姉妹たちに男性が惹かれても文句を言い切れなかった。
でも。
今回みたいなことは三度目なのだ。
私がどうにか努力して連れてきた男性や、交流を深めた男性。
そんな彼らはいつも横からダリアお姉様とジャスミンに奪われる。
今日みたいに二人を問い詰めても、のらりくらりと躱されるだけ。
しかも便利に使われてしまったことが理解できて、本当に腹立たしくて仕方ない。
「こんな家……!」
いっそ、出ていってしまいたい。
でも。私だって、姉妹になびかず、私だけを大切にしてくれる誰かと出会いたい。
どうして二人のせいで、家の方針のせいで、こんな些細な夢を諦められるか。
何より、このままダリアお姉様とジャスミンが、両親のように恋愛結婚をして、幸せな人生を歩んでいくとしたら。
私はその光景に耐えられないだろう。
家族だから恨みたくも、憎しみたくもないけれど。
それでも、彼女たちの幸福を、きちんと祝福できる自分ではいられない。
「もう嫌……! 今回が最後の希望だったのに!」
恋愛結婚をするのは難しい。
それは相手が必要だから。
相手は、空から落ちてはこない。
恋愛結婚のためには相手を探す必要がある。
……ウォーゼル男爵家から捜せるような、好条件の男性は今回以上を望めない。
両親がもっと積極的に動いてくれるなら別だけど、私たちの自主性に任されている。
おそらくダリアお姉様も、ジャスミンもわかっているのよ。
お父様も、お母様も、自分たち姉妹の結婚の役には立たないだろうって。
だから、こうやって姉妹同士で、つかまえられる好条件の男性を奪い合う。
ダリアお姉様は年齢と爵位による必然から。
ジャスミンはどこか愉快犯的に。
「……このままじゃ、ダメよ」
私はきっと、このままでは誰とも結婚することができないだろう。
男性と仲よくなれたとしても、横からダリアお姉様とジャスミンに奪われるのだ。
まずは、それをどうにかしないといけない。
「ダリアお姉様と、ジャスミンの手が届かない〝出会い〟を探さなくちゃ……」
それが私の人生に課された命題だった。




