十九話 ルイスの正体
「クレイブ・アルノール……アルノールは」
「知っているかな?」
「アルノール侯爵家の……?」
「そうだね。でも、身構えないでいいよ」
「え?」
私はアイリスに続いて、またも高位貴族子女だと判明したルイスに腰が引ける。
でも、ルイスは苦笑いしながら、すぐに否定した。
「侯爵家といっても俺は三男だから」
「あ、ああ……」
アイリスも似たような事情だった。
いつまでも公爵令嬢ではいられない。嫁ぐことになるだろうと。
そうしたら今と同じ身分ではいられないから。
「でも、今は侯爵令息……なのですよね?」
「そうでもあるね。でも、少し違う」
「違う? あ、ルイス・クレイブ・アルノール……」
「そう。気づいた? 俺は家を出て、アルノール家が持っていた従属爵位のクレイブ子爵を継いでいるからね。アルノール家とつながりが切れたわけじゃないけど。侯爵家と思うよりは、ずっと親しみやすいと思わない?」
「そ、そう……かな? それでも子爵様ということじゃない……?」
ルイスの銀髪は高位貴族に見られる髪色だった。
だから、少なくとも彼の言葉は本当なのだと思う。
「でも、名乗っただけじゃあ信用はできないかな」
「そんなことは……」
「デイジー、不安なことは隠さなくていいよ。新しい関係を築いていくうえで、それは大切なことだろう。何を不安に思い、何を怖がっているのか。本当はもっと時間を掛けて信頼関係を築くべきだけれど……」
「……はい」
「今は他にいろいろあるみたいだからね」
そうだった。
こうして彼が仮面を外して素顔を晒してくれたのは私の信頼を勝ち取るため。
それは私が何かに悩んでいることを気づいてくれたからだ。
ダミアンは私から仮面を外しても、すぐには外さなかった。
ルイスは私の悩みのために、自ら仮面を外し、名乗ってくれた。
どうしても二人を比べてしまう。
二人を比べてしまうと、どう考えてもルイスの方が信用できる。
そう思ってしまった。
「俺について調べてくれてもいい。そうしたら俺が名乗った名前が偽物じゃないって証明できると思う。信じるのはそれからでいいんだよ」
「……はい」
ルイスは私に猶予を与えてくれる。
それに名乗ったからといって、今すぐに私をどうこうしようという気もなさそうだ。
「あの、ルイス」
「うん」
「まだ、数回しか会ったことのない貴方に、こんなことを相談するのもおかしいと思うけれど。聞いてほしいことがあるの」
私はダミアンについて、今どういう状況なのかをルイスに伝えた。
彼は静かに私の話を聞いてくれて、遮らなかった。
「デイジー」
「は、はい」
「……俺はさ。身分も隠していたわけだけど。まだあってね」
「はい?」
「以前にも言ったように、マスカレードで起きているらしい裏側を暴く立場だ。それは、俺の兄と違い、侯爵家の三男だと気づかれにくいだろう立場を利用したもの。加えて、治安維持のためにクレイブ子爵として駆り出されてのものだ。一緒に捜査をしてくれている人たちもいるし、協力してくれている人たちもいる。そんな状況だ」
「そうなのね……」
「だから、そのダミアンという彼は、俺がつかまえる対象かもしれない」
「……!」
私の脳裏にはアイリスを囲んでいた男たちの姿が浮かぶ。
「もしかして以前に女性を囲んでいた人たちの……」
「調べてみないとわからないけど。明確にあやしい人物がいるなら、そこから一網打尽にできるかもしれないな」
なんだか大きな話になってきた気がする。
それらはすべて、マスカレードから始まっていた。
「……ルイス。実は今、ダミアンと私の妹についてね」
「妹?」
私はさらに深くルイスに話した。
ジャスミンが私のデート相手であるダミアンを奪おうと行動するだろうこと。
私は友人であるアイリスの力を借りて、そんなジャスミンを身代わりの、囮にしようとしていること。
まだ疑いの段階で、ダミアンの行動を監視して、ボロが出ないか確かめようとしていること。
さらにジャスミンに少しだけ痛い目を見させられないか。
そんなふうによくない方向で考えてしまっていること。
「……そうか」
ルイスは私の話を聞いて、たった一言、そう呟いた。
そこには嫌悪感や、私に対する軽蔑は感じられない。
自分でもひどい計画だと思っている。
完璧に安全とは言いがたいのだから。
「……だったら、俺も協力しようか、その計画」
「ええ? ルイスが?」
「その友人の護衛がどれくらいかは知らないけど。俺も連中を追っていた側だからね。もしかしたら気づけることもあるかもしれない」
「……それはそうかもしれないけど」
アイリスの正体については話していない。
だから、まさか公爵家の騎士たちとはルイスも思っていないのかも。
「……あの、ルイス」
「なんだい?」
「もし、よければ私の友人と会ってみてくれない?」
「デイジーの友人と? それは構わないけど……」
「ええと、私の口からは言えないことがあって」
「……わかった。外で会えばいいの? それともマスカレード?」
「……外で」
あくまで捜査協力のため。
ダミアンとはデートをするつもりで、外で会う約束をしていた。
でも、ルイスと外で会う理由はなんて色気のない。けれど、その方が今の私には安心できた。
マスカレードに参加し始めた時より、ずっと臆病になっていると思う。
時間が経って、ダリアお姉様にも謝ってもらって、怒りという原動力がなくなったのだ。
「じゃあ、約束だ」
「はい。あの、ルイス」
「ん?」
私は再び勇気を出すために、また自分から仮面を外した。
「……これが私です」
仮面を外した素顔を知らないと、外で会った時に困るから。
そんな理屈をつけて。
「……素敵だ」
「え」
ルイスは仮面を外した私をまっすぐに見ながら、そんなことを呟く。
キラキラと光り、夜空に溶け込むような瞳。
バルコニーにいる私たちは、なんだか世界で二人きりのような感覚だった。
「そ、その……」
「あ! すまない、つい」
「つい、ですか……」
私は今、きっと耳まで赤くなっているだろう。
心臓もドキドキと鳴っている。
「ああ、えっと、デイジー」
「は、はい」
「また、会おう」
「……はい、ルイス。また」
なんだか互いに恥ずかしい思いをしながら、マスカレードから帰ることになった。
そうしてアイリスと約束をとりつけ、ルイスとアイリスを引き合わせる。
場所は表通りで、人通りの多いところ。アイリスも私も護衛をつけての待ち合わせ。
ルイスはその条件を当たり前に受け入れた。
それだけでもきっと心配するようなことはルイスにはないのだろう。
また、アイリスがルイスの身分を保証してくれた。
「クレイブ子爵といえば、新しい商会を立ち上げたという話を聞いたわ」
「ええ、その通りです、マクラーレン公女」
「……なら、ふぅん」
アイリスは、私とルイスを見比べながら、満足そうに微笑みを浮かべた。




