十八話 仮面の下のルイス
「それでね、ダミアンってとても素敵なの!」
「……へぇ」
私は家族の食事の場で、マスカレードの素敵な思い出を、少しだけ捏造しつつ、語った。
ダリアお姉様は苦笑。
ジャスミンは面白くなさそうな態度。
フローラお母様とアンソニーお父様は、私の話をにこやかに聞いている。
さんざん、自慢するように語ったら、ジャスミンはさっさと食堂から出ていく。
私も食べ終えて、部屋に戻ることにした。
「ねぇ、デイジー。あれ、何?」
「ダリアお姉様、少しこちらへ」
「え、ええ」
部屋にお姉様を招き入れ、私はアイリスの考えた作戦について話す。
「公爵令嬢と友人……」
「お姉様、そこじゃない」
「いや、重要でしょうよ」
「でも、アイリスはあまり社交界に出ないそうだから。友達でいてくれるだけで、あんまり利用しようとかは無理だからね」
「……まぁ、そうよね。あちらの都合次第か」
悲しいけど、そうなのよね。
アイリスは友人と呼んでくれるけど、身分差は歴然。
こちらから彼女の権威を利用してやろうとか、そういうことは絶対にできない。
だから、ダリアお姉様が紹介してと言っても意味はないだろう。
「それで、ジャスミンを身代わりに?」
「……ええ。私だと彼にバレてしまいそうだから」
「そうでしょうね。でも、いいの? デイジー」
「……うん。もしかしたら、ただのいい人かもしれないけど」
「まぁ、いい人だとしたら絶望的にデートのセンスがない人になるわね」
確かに、それはそうかもしれない。
「ジャスミンの守りは公爵家がしてくれるのね?」
「うん」
「……そう。ならいいんじゃない?」
「ジャスミンを騙して、罠に嵌めるような行為なのに?」
「……まぁ、あの子の場合は自業自得だし?」
「ダリアお姉様が言うのね、それ」
「まぁ、私もなんだけど! でも、デイジーは『代わりにダミアンとデートしてほしい』とは言っていないわ。むしろ、彼が素敵で楽しみだとしか言っていないじゃない? それを横取りしようと動くのは、やっぱりあの子の責任だし?」
「…………」
ジトーッと私はダリアお姉様を半目で見つめる。
「……ごめんって」
「……はぁ、いいです」
そうして、ダミアンとのデートが迫るなか。
私は落ち着かないながらも、またマスカレードに出かける。
今回は出会いを求めてではなく、ジャスミンの手前、『ダミアンに会いに行く』ふりをするためだ。
「こうしていると、彼への気持ちなんて何もないことに気づくわね」
出会いと、デートの約束に浮かれていた自分が嘘みたい。
きっと私は焦っていたのだろう。
このままじゃダメだと。このままでは、いつまで経っても姉妹に奪われてばかりだと。
そうして焦って、新しい出会いに飛びついてしまった。
でも、それは空虚で、危険で……。
「……ダリアお姉様に本気で心配されたことだけはよかったわね」
もちろん、アイリスと出会えたこともプラスだ。
まだ、ジャスミンのことは許せていないが、もうダリアお姉様に対する怒りはずいぶんと消えてしまっていた。
我ながら甘いとは思うけど、それが家族というものなのかもしれない。
ジャスミンも、できれば反省してほしい。
「デイジー」
「あ、ルイス……」
「どうしたんだい? 今日は落ち込んでいるようだ」
ルイスが仮面越しに心配そうに声をかけてくる。
「それは……」
ルイスに話してしまおうか。それとも。
彼のことを信じられる根拠は、やっぱり薄い。
ダミアンのこともまだ解決できていない。
「デイジー」
「ルイス?」
「一曲、踊ろう?」
「え?」
「君はどうやら悩んでいるみたいだ。そんな時は……踊ってから考えればいい」
ルイスがそんなことを言うとは思わず、私はキョトンとしてしまった。
ルイスのイメージとしては、もっと固いイメージだったのだ。
捜査なんてしているって言うし。
「ふふ、なぁに、それ」
「ほら、デイジー」
「わっ」
ルイスが強引に私の手を引く。でも痛くはない。
優しさもある、力強い、そんな手の引き方。
「ふふ、わかったわ」
ルイスに誘われるまま、私は踊る。
ルイスのエスコートは洗練されていると思う。
とても踊りやすくて、それだけで楽しくなる。
まだ数回程度の経験しかないのにダミアンと比べてしまう。
「デイジー、俺は君のこと、気に入っているよ」
「え……?」
ダンスしながら、ルイスがそんな言葉をかけてくる。
「君は勇気を見せてくれた。君のおかげで傷つかずに済んだ人がいる。それに、その勇気は俺の言葉を信じてくれたからこそだった。そんな君が悩んでいるのなら、俺は力になりたいって思っている」
「……ルイス」
「あいにくと俺たちは仮面越しにしか出会っていない。話していない。そんな俺たちが信頼関係を築くのは難しいかもしれない」
「……そうね」
仮面越しの関係。だから、浮かれた気分でデートの約束なんて踏み込めて。
そうして、失敗しそうになっている。
「デイジーが、もし俺のことを信用できないなら」
「……そんなことは」
ない。そう言い切れるの? 私はルイスのこと、何も知らないのに。
「俺の素顔を、君に見せるよ。名前も明かそう」
「え?」
「そうしたら、君は悩みを打ち明けてくれるかい?」
私は仮面越しにルイスを見つめ返す。
その目には偽りを感じない。
もちろん、私の感覚なんて当てにならないのはわかっている。
ダミアンが本当は悪人なのか、善人なのかもわからないまま。
怖い、と思う。
人を信じることが。
でも、だけど。私は。
「……本当に?」
「ん」
「貴方の素顔を、見せてくれる?」
「ああ、もちろんだ」
「……わかった。じゃあ、見せて」
臆病なままの自分と、勇気を出したい自分。
どちらもあって、曖昧なまま。仮面をつけて、その気持ちを誤魔化して。
結局、最初の一歩を踏み出せずに、彼に委ねる。
情けなさも、惨めさも感じる。
私はこんなに臆病だったのかしら。
ジャスミンを囮に使って、彼女が危なくて、本当に危険だったら死ぬかもしれない。
いいえ、そんなことはないって、アイリスが言ってくれている。
私も、大丈夫って本当は思っている。
でも、その危険性はゼロじゃあないのに。
ジャスミンへの罠は、私の心の暗闇だ。
だって、ダリアお姉様と違って、ジャスミンは私に謝っていない。
私のことを見くびっている。
このドス黒く、揺れているこの感情を、私はどうにか克服したいのに。
「デイジー」
踊り終えた私はルイスと一緒に、会場の外へ出ていく。
そこは二階にあるバルコニーだった。
「……夜空が綺麗ね」
今日も、日が暮れたあとも続くマスカレード。
私はここで、どれだけの出会いと別れを繰り返すのかしら。
「デイジー」
ルイスは宣言通りに、その仮面を外してくれた。
どうしても彼の顔に注目してしまう私。
ルイスは、思わずドキリとしてしまうほど美しく、格好良くて。
なんだか笑ってしまうくらい。
「驚きました」
「ん? 何がだい?」
「……ルイス、仮面をつけているより、ずっと格好いいです」
「はは、デイジーに言われるとなんだか嬉しいね」
「みんな、貴方の素顔を褒めてくれるでしょう?」
「……まぁ、そうかもしれないけど」
あれ、褒められるの、好きじゃないのかな。
「……デイジーに不満を漏らすことでもないと思うんだけど」
「ええ」
「仮面をつけていない時に、言い寄られるんだ」
「……ああ」
そうだろうな。その気持ちは痛いほど、よくわかる。
「でも、デイジー」
「はい、ルイス」
「仮面越しだからこそ君と笑い合えた。仮面越しに出会って話ができたからこそ、短い間だけれど、君らしさを知れた。そんなふうに思うんだ」
「……!」
私は思わず、カァッと顔に熱が上がり、赤くなって視線を逸らしてしまう。
「な、なんですか、そんなの、まるで……」
口説かれているみたいで。
「キザですよ、ルイス」
「そうか?」
「ええ」
「でも、デイジーは俺の顔に寄ってきたわけじゃないのは確かだから」
「まぁ、それはそうなんですけど」
「今のは俺の本心だよ」
余計にどうかと思う!
私は困ってしまう。だって、ルイスは格好いいし。
仮面を外す前から信じたい、信用できそうと思っていて。
「それで、デイジー」
「は、はい」
「俺の名前なんだけど」
「あ、そうですね……」
やっぱり偽名だろう。きっとダミアンも。
「ルイスだよ」
「え?」
「俺の名前は、ルイス。ルイス・クレイブ・アルノールだ」
どうやらルイスも私と同じで、本名を名乗っていたらしい。
そのことに驚くものの、もっと気になることがあった。
彼の、その名前は──。




