十四話 姉妹喧嘩、再び
「え……?」
私が尾行されている?
私は咄嗟に後ろを振り向いた。気配なんてものは感じない。
ただ、何か視界の端で人影が蠢いたような。
「だ、誰かいるの?」
「……いるだろう。君の知り合いじゃあないのかい、デイジー」
「え? どうして私の知り合いってわかるの?」
「…………」
え。ダミアンが私を探るような、厳しい視線を向けてくる。
いったいどういうこと?
疑われている? 私が何を疑われているというの?
なぜ、私の知り合いだとわかる?
私を尾行するような、私の知り合いだとわかる誰か?
「まさか」
私はさっきの人影の方にまた振り向く。
尾行なんて恐ろしい真似をする何者かに、さっきは恐怖を感じた。
けど今は、ふつふつと怒りが湧く。
もしも、その何者かが私の想像通りなら。
私は、そこに建物の影に向かって走る。
「……!」
そこには。
「あ、デイジー」
「あーあ、バレちゃった」
案の定、ダリアお姉様とジャスミンがいた。
二人の向こうには護衛として連れて来られたであろう男性の使用人もいる。
「ダリアお姉様、ジャスミン、いったいなんのつもり?」
「「…………」」
二人は気まずそうに口を噤む。言い訳を考えているのかもしれない。
だけど、流石にこれは。
「……ダリアお姉様。ローランドはどうしたのでしょうか」
この二人が、わざわざ私を尾行までしてきた理由。
そんなのは一つしかないと思った。
「別に、良好な関係よ……?」
「では、ジャスミン、カルヴァンとの関係はどうですか?」
「えー……? 今、それ関係あるぅ?」
「フラれたのかしら? 情けないわね」
私はジャスミンを挑発するように、あえてそう口にした。
馬鹿にしたように、見下すように。
「なっ! 別にフラれてないもん! デイジーお姉様と一緒にしないで!」
「…………」
「ジャスミン! 言いすぎよ!」
「で、でもぉ、ダリアお姉様ぁ」
この子は、いったいなんなのだろう。
もしかして男性が好きなのではなく、私を陥れるのが好きなのだろうか。
ダリアお姉様はまだ理解……したくないけれど、できる。
お姉様は、いずれウォーゼル男爵家を継ぐ立場だし、優秀な婿入り相手が必要というのも理解はする。
でも、ジャスミンの方は……。
「ねぇ、ダリアお姉様。私を見て」
「えっと、デイジー」
「いいから私の目を見て、まっすぐに」
私は内側に燻る激情をどうにか抑えながら、ダリアお姉様を見た。
ジャスミンは無視する。この子はここでどうにかなる子じゃない。
「ダリアお姉様、どうか正直に答えてほしい。今日はなぜ、ここに来たの? ……お姉様の答えで、これからの関係を私は決めようと思う。もう、私は限界みたいだから」
「……!」
声を荒らげるのではなく、ただ真剣に。
姉妹だから、家族だから、という距離感でヘラヘラと誤魔化すことを許さない。
その決意が伝わったのか、ダリアお姉様は肩を落とした。
「……デイジーを尾行してきたわ。私とジャスミンで。……デイジーが交際している相手がどんな人なのか気になったから」
「……そう。正直に打ち明けてくれて、ありがとう」
私は、ダリアお姉様とはまだ話ができると思った。
そのままジャスミンに視線を移す。
ジャスミンは怒られるとでも思ったのか、そっぽを向いて私の目を見ない。
そんなジャスミンに、私はもう声をかけなかった。
「……彼と話してくるわ」
「え?」
私が何も言わなかったことに驚いたのか、ジャスミンが間の抜けた声を上げる。
けれど私はそれに反応を示さず、振り返り、ダミアンのもとへ向かった。
「ダミアン、ごめんなさい」
「……ん」
「私の姉妹が、私を尾行してきたみたいなの。あっちに、護衛付きで来てしまっていて」
「……姉妹? 護衛付きか」
「ええ……」
本当に申し訳ない。せっかく会いに来てくれたのに。
「デイジーには姉妹がいるんだね」
「え? ええ、そうなの。姉と妹がいるわ」
「ふぅん。年齢は近いの?」
「……二人とも、一つ違いだけど」
「そうなんだ」
なんだろう。ダミアンが二人に興味を持った?
ゾワリと嫌な予感を覚える。このままだと、また。
「ねぇ、ダミアン」
「なんだい、デイジー」
「本当に、申し訳ないのだけれど、今日はもう解散してもいいかな。……会ったばかりで、楽しみにしていたのに、こんなことを言うのは私も嫌なのだけど。このままじゃ今日を楽しめる気がしなくて。貴方にそんな姿を見せたくないの」
「……、……そうか。わかった」
ダミアンは怒るでもなく、淡々とそう返事をする。
これで彼とはもう終わりかもしれない。
まだ何もしていないのに。仮面を外して、外で会って、ただそれだけ。
でも、ここで彼と終わりになる以上に、姉妹に彼を奪われることの方が嫌だった。
みっともなくて、情けない気持ちだけど、それが私の本心だった……。
「デイジー、じゃあ、また会える?」
「え? また……会ってくれるの?」
「ああ。だって尾行はデイジーが仕組んだことじゃないんだろう?」
「あ、当たり前だわ! 私自身を尾行させるなんてするわけない!」
「……そっか。なら、また会えるよ」
「本当?」
「ああ」
私は涙が出そうになる。
姉妹関係で、みっともない姿を見せたのに、それを受け入れられた。
そんなふうに感じたから。
「じゃあ、僕はもう行くね。また来週、マスカレードで会う?」
「あ……、そう、ね」
でも、きっと最初に戻ってしまった。
せっかく外で会う約束ができたのに。
「ああ、そんなに悲しそうな顔しないで。また外で会う?」
「……いいの?」
「ああ。じゃあ、七日後とかどうかな?」
「あ、私はそれで大丈夫……」
「そっか。今度は邪魔が入らないといいね?」
「う、うん……!」
「じゃあ、またね、デイジー」
「ま、また! ダミアン」
ダミアンの笑顔がなんだか張り付いたものに見えた。
私は、去っていく彼の姿を、しばらく黙って見ているしかできなかった。
「…………」
ダミアンがいなくなって、そのまま少ししてから、二人のもとへ向かう。
「ダリアお姉様」
「……デイジー」
「……彼には帰ってもらいました。馬車で来たのですか?」
「えっと、途中までは」
「そうですか。帰りは私も乗せてもらえますか」
「え、ええ、もちろんよ、デイジー」
「では、一緒に帰りましょう」
「ええ!」
そうして私たちは同じ馬車に乗り、家に帰る。
「…………」
「…………」
「…………」
馬車の中では、三人とも無言だった。
私から言うべきことなんて何も思い浮かばない。
前回の件から、私たちの問題は何も変わっていないのだ。
そんなことよりも、と。
私は先のことを考え始める。
ダミアンはまた会うと言ってくれた。
来週、改めて会うことができる。
でも、今日までの雰囲気と同じものを保てるかはわからなくなった。
アイリスとは友人になった。
互いの家を知っているので、手紙を送り合う約束を交わしている。
私がマスカレードで得た、確かな交友関係だ。
身分差もあるので気を遣う必要はあるけれど、アイリス本人は信用できるし、好きだ。
ルイスとはまたマスカレードで会う。
彼の捜査がいつまで続くのかわからないけど、彼との関係は何も拗れていない。
それに彼に誰か……はしたないかもしれないけど、異性を紹介してもらえる約束もある。
希望は消えていない、といったところだ。
「デイジーお姉様が会っていた人、とってもハンサムだったわね」
無言に耐えかねたのか、ジャスミンがそんな言葉を紡ぐ。
この状況で、最悪の話題選びとしか言いようがない。
私は最早、怒りを通り越してジャスミンに呆れるしかなかった。
「ジャスミン!」
流石に空気を読んだダリアお姉様がジャスミンを窘めるように口を開く。
「だってぇ……。デイジーお姉様にはもったいないんじゃないかな、って」
「…………」
「なんとか言ってよ、デイジーお姉様!」
ジャスミンは無言の空間が耐えられないらしい。
けど、この子に私は何を言えばいいのだろう。
正直に言う。
もう、ジャスミンのことが嫌いを通り越して、怖い。
だって意味がわからない。
どうして、ここまで人の交際相手を奪おうとするのか。
どうして、私が怒っているのに、なおも悪びれないのか。
「……ジャスミンは、私を見下しているのね」
「え?」
「…………」
「な、何よ、急に」
見下している相手とは、私に敬意を払ってくれない相手とは、付き合えない。
ただ、静かに、そう思った。
「もう! デイジーお姉様のくせに!」
くせに。自然と口を突いて出た言葉がそれなのだ。
私はもう首を振って、呆れ果てるしかなかった。
「ダリアお姉様に任せます」
ただ、一言、そう言って。それからはジャスミンに目も向けなかった。




