十二話 アイリスと外で
「……デイジー?」
「あっ」
待ち合わせ場所は、王都にあるカフェテリアだった。
外側にある席で、遠目でも容姿を確認できる。
そんな場所に早くに着いた私は、マスカレードで出会った女性、アイリスを待っていたの。
私が来てからそれほど時間も経たないうちに彼女はやって来た。
「アイリス?」
「ええ! 私がアイリスよ、デイジー!」
アイリスは、とびっきりの笑顔で私の手を取った。
「ふふ、デイジー、貴方はそんな顔をしていたのね、とっても綺麗だわ」
「そんな……。それを言うならアイリス、貴方でしょう。驚くほど美しいわ」
「まぁ、デイジーったら」
アイリスは華やかな金髪をしていて、仮面を外した容姿もとても美しい。
それに髪や指、爪にまで手入れが行き届いているのが窺える。
やっぱりアイリスって。
いえ、詮索するのは友人じゃないわよね。
「ふふ、驚いたでしょう?」
「え?」
「初めて表で会ったんだもの。いろいろと知りたくなるのは当然だわ。それに私たちは友人になりたいと願って、こうして約束して会ったの。だったら相手のことについて考えるのは当たり前のこと。そう思わない? デイジー」
「……そう、かな」
「そうよ! だって私、デイジーのこと、聞きたいもの」
「ええ……?」
アイリスは意外とグイグイ来るタイプの子だった。
意外とでもないか。
でも、仮面をつければ勇気が出るというような、そんな弱気さは感じられない。
「じゃあ、私から。交互に相手に質問していかない?」
「質問?」
カフェテリアの席に座りながらアイリスがそんなことを言ってくる。
「私たちは素顔で出会ったのは初めて。ほとんど相手のことを知らないわ。だから会話の種は、お互いのこと。もちろん、言いたくないことは言わなくていいの。『貴方がそれを言いたくない』。そのことを知れるもの」
「……なるほど」
いきなりの提案だったけれど。
確かに私たちは普通の友人関係ではない。
互いのことなんて、ほぼ何も知らない。
でも相手のことは気になる。……うん。
「わかったわ、アイリス。いい提案だと思う」
「そうでしょう? じゃあね、デイジー。これは疑うわけじゃあないんだけどね」
「うん」
「貴方の名前は本名?」
「ええ、そうよ。私の名前はデイジーよ」
「ふふ、ありがとう。じゃあ、次の質問は貴方よ」
まずは軽く、ね。だったら私も。
「アイリスの名前も本名って言っていたわよね。それはこうして出会った今も同じ答え?」
「ええ! 私の名前はアイリス。アイリス・マクラーレンよ!」
「マク……」
家名まで名乗る!?
私は一瞬、固まってしまう。
待って。マクラーレンって。
「え? マクラーレンって……」
「だぁめ、次は私の番! デイジーはね、友達って多い?」
「え、あ、ええと。ううん、あんまり、かな。いろいろあって……」
ウォーゼル男爵家の交流は、わりと限られている。
両親が変に有名なせいか、あんまり他家との交流もない。
領地の人間が交友関係の中心で、そうなると微妙な身分差で噛み合わなかったりする。
それは置いておいて。
「マクラーレンって、あの……貴族の?」
「ええ、そうよ。マクラーレン公爵家。私はあの家の次女よ」
「……!」
私はあまりの身分差に立ち上がって礼を正そうとした。
「待って! かしこまるのはやめて、デイジー! 私は貴方と友人になりたいの!」
「で、ですが……」
「お願い、デイジー。貴方ならわかってくれると思うの。身分は大切よ、でも、それにばかり囚われる人間関係じゃ、嫌なの」
「それは……」
まったくわからないとは言えない。
でも、私はただの男爵令嬢だ。まさか、公爵令嬢だったなんて。
「それに私は、いつか家を出る身だわ。公爵家の身分なんて、あと数年でなくなるの」
「……婚約者がいらっしゃる、のですか?」
「デイジー、敬語はやめて。今だけでいいから」
「う……」
涙の溜まった、ウルウルとした目で見られると断りつらい!
あまりにも恐れ多いけど、でも。
「わかり、ました。二人きりの時だけ、そうします。……それでいい?」
「ええ!」
私がなんとか折衷案を出すと、アイリスは輝くような笑顔を浮かべる。
その笑顔だけで飲み込まれてしまいそうだわ。
「それで婚約者だった? いいえ、婚約者はまだいないわ」
「そう、なんだ」
だからってマスカレードに来なくても。
いえ、人のことなんて私は言えないんだけど。
「デイジーも、きっと貴族令嬢よね? その、言いたくないならいいんだけど、どこの家かな?」
「私は……しがない男爵家で」
「デイジー、敬語はなしで、私に気を遣いすぎないで」
「う……。うん。私はただの男爵家よ。……ウォーゼル男爵家の次女なの」
「え、ウォーゼル男爵家!?」
うわぁ。この反応はアイリスでも知っているのか、我が家の名前。
「まぁ、流石に私もびっくりしたわ。そうなのね、貴方の家が、あの」
「お恥ずかしい限り、よ」
「そんなことないわ。デイジーには家のことは関係ないことだし、貴方は貴方だもの」
でも、やっぱり貴族の関係者に我が家の名を知られた時の反応は、娘としては恥ずかしい。
恋愛結婚で有名なウォーゼル男爵夫妻。その娘たち。
それが私という人間を示す、一つの記号なのだ。
それからアイリスとの質問の〝し合いっこ〟は続いた。
あっという間に互いのことについて詳しくなっていく私たち。
そうして、私がマスカレードに参加している目的とその背景も、彼女と共有することになったの。
あまりにも驚きだったけれど、いい出会いだった。私たちはちゃんとした友人となったのだ。
マスカレードに参加してから得た、一番の成果かもしれない。
「デイジーお姉様」
「……ジャスミン?」
アイリスとの交流を終えて家に帰ってきた私を出迎えたのは、妹のジャスミンだった。
「何?」
「どこに行っていたの?」
「……貴方に関係あるの? ジャスミン」
「うーん。最近、デイジーお姉様が楽しそうだから」
「気にしなくていいわ。私が楽しそうでも、つまらなそうでも」
「そんなこと言ってぇ。また新しい出会いを見つけたの?」
「同性の、女の子の友達ができただけよ」
「……ふぅん? それって本当?」
「ええ。残念ね、ジャスミン。貴方が大好きな男性の話ができなくて」
「……ひどい言い方だわ、デイジーお姉様」
「あら、嫌味さえ言わせてくれないの? 心が狭く育ったのね」
「……言い返すんだ」
「ええ」
私は警戒しながらジャスミンと話すようになった。
当然だろう。それだけのことをされている。
「デイジーお姉様、変わってしまったわね」
「ええ、貴方たちのおかげでね」
私はそれだけを言い捨てて、ジャスミンに背を向けた。




