十一話 アイリス
あれからルイスに手伝ってもらい、倒れた女性を休憩室に運んだ。
ルイスが何やら手を回してくれたらしく、医者も連れてきてくれたらしい。
もしかしてマスカレードの運営側に伝手があるのかしら。
「ルイス」
「ああ、デイジー。いろいろと大変だったね。君は大丈夫?」
「私は大丈夫……ううん。今は平気。でも、さっきは怖かった。助かったわ、ありがとう」
しばらくすると、どうやら彼女は無事に意識を取り戻し、無事に家路につくことになったらしい。
護衛付きで家まで送られるそうだ。
「よかった」
「君のおかげだよ、デイジー」
「そんなことは……」
「俺が気づくのも遅れてね。部屋に連れ込まれる前に助けられたことは僥倖だった。デイジーが先に気づいてくれたから彼女は助かったんだ」
「……ルイスと話して、マスカレードにも裏側があるんだって注意していたからね」
彼の提案がなければ、きっと今日のことも見逃していたことだろう。
その日は踊る気分にもなれなくて、ルイスと少し会話を続けてから家に戻ることになった。
あんなことがあっても、まだマスカレードに参加するのか。
そういう不安もある。
でも、おかげで知り合えた人たちもいる。
ダミアンとルイス。きっとウォーゼル男爵家にいるだけでは出会えなかった人たちだ。
「……うん」
だから、私はまたマスカレードに向かう。
こういうのは粘り強く、根気強くいかなくちゃいけないのよ。
「……ん? え、嘘でしょう」
今日はダミアンと会う約束の日だったんだけど。
そこで信じられない人を見つけた。
それは先日、男たちに薬を盛られた様子で、意識を失い、危険な状況だった女性だ。
「あんなことがあったのに……」
当人としては、意識を失ったから危機感を持てなかったのかしら。
それでも家にまで帰される間に事情は説明されているはずだった。
でも。ん?
思わず彼女の様子を窺っていると、どうにも彼女は誰かを捜しているように見えた。
いったい誰を? それとも前の時も知り合いか、特定の相手がいたのかしら。
そう考えていた時、仮面越しに彼女と目が合った。
私がジッと彼女を観察していたことに気づいたのかもしれない。
目が合ったあとで、フイッと視線を外す。
「あの!」
でも、なぜか彼女は私に向かって突撃してきた。
「え、私?」
「はい! 貴方です!」
え、何? 怖い。
「この前はありがとうございました!」
「え、ああ……。もしかして誰かから聞いた?」
「はい、貴方が助け来てくれたと。それに私、あの時、うっすらと意識が残っていて、貴方の声を聞いたんです」
なるほど。彼女はあの時、薬を盛られて意識を失っている様子だった。
でも、強引にその状態にさせられたから朦朧としながらも、辛うじて意識がつながれていたと。
「帰る前に、あの時はお礼が言えませんでしたが、お姿も目にしていました」
「そうだったの……。もしかして私を捜していたの?」
「はい! ここでしか会えないと思って」
「怖いでしょうに、そんな」
「大丈夫です! いろいろと対策を練ってきていますから!」
ムフーッと鼻息を荒くする女性。なんだか可愛らしいわ。
その子は華やかな金髪をしていて、仮面越しだけれど、気品が漂っている。
流石にこの子は貴族だとしか思えない。
「あの、私、アイリスって言います!」
「ええ……?」
このテンション。もしかしてだけど。
「……もしかして本名?」
「はい、もちろんです! 恩人に偽りの名は言えません」
「ここはマスカレードよ。本名なんて名乗ったら危ないわ」
まったく私が言えることじゃないけどね。
「でも、貴方のことは信用できますから」
そう言って屈託なく笑う。間違いなく光に属するような明るさ。
マスカレードの闇に触れて、少し気落ちしていた心が洗われるようだ。
「そう。じゃあ、私も名乗るわね。でもあんまり声を大きくして言わないで。私はデイジーよ」
「デイジーさんですね、ふふ」
私が名乗るとアイリスは微笑んだ。
仮面をつけていなかったら、きっと男性の多くが見惚れるに違いない。
そんな華やかな雰囲気をアイリスは持っている。
「デイジー、もう少しお話しできませんか?」
「ええと……」
今日はダミアンとの約束の日だ。
「実は約束があって」
「あ、そうなんですね。では、また別の日に?」
「その、マスカレードに参加する日は、違う人との約束もとりつけていて……」
目的は結婚相手を探すこと。
せっかく知り合えた二人との交流は、流石にやめたくはない。
「そうなんですね。じゃあ」
アイリスは少しだけ困ったようにしながら。
「マスカレードの外で会いませんか?」
「外で?」
その発想がなかったとは言わない。けど、忘れていた。
いつかはここで出会った人とも外で会う必要がある。
そうしないと本当の関係は深まっていかないからだ。
「……そうね」
アイリスから悪意は感じない。それはそうだろう。
純粋に話したいだけにも見える。
「嫌じゃないけど、どうして?」
「それは、私、その。……実は社交が苦手で」
「社交が?」
「はい。社交する必要がある家庭で、その重要性も理解しているんですけど。どうしても臆病になってしまって。仮面をつけてなら勇気が持てると思ったんです」
「そうなのね」
そういう人もいるんだ。やっぱりみんな、それぞれに事情を抱えているのね。
こういう人たちの希望を踏みにじるような真似をしたあの男たちは許せないと思う。
「そのせいか、友達も少ないんです」
「友達……」
「はい、それで、その。デイジー、私と友達になってくれないかなって」
「ええ……?」
友達ってそうやってなるものかしら。
いえ、わかる。私も貴族だ。そういう交友関係だってあるだろう。
でも、流石に友達をマスカレードで作るのは……いいのかしら?
目的は人それぞれ。決して否定できることではないような気もする。
もう一度、アイリスをまっすぐに見る。
出会いを求めて、大人になろうとしながら、まだ顔を晒して大人を名乗るには不安があって。
それでも人と関わりたい。
そんな原初の願いにも似た欲求をアイリスは抱えている。
「今日、ここで約束ができなかったら、もう貴方と会えなくなりそうだから」
「……それはそうでしょうね」
ダミアンやルイスとは約束を交わせた。
でも、その約束が一度すれ違えば、もう二度と会えなくなるかもしれない。
マスカレードはきっとそんな場所なのだ。一夜の夢のような、そんな場所。
だったら。あの二人との交流が途絶えた時、私には何も残らないの?
それはなんだか嫌だった。
マスカレードの外で会う約束を取り付けなければ、そうなる運命なのに。
「わかったわ、アイリス。マスカレードの外で会いましょう?」
私は、ここにいた確かな証が欲しくて、彼女の誘いに乗ることにした。




