一話 恋愛結婚推しの男爵家
ウォーゼル男爵家の両親は〝恋愛結婚〟だ。
その昔、フローラ・ウォーゼル男爵夫人は当時の王にまで求愛されていたらしい。
つまり、それは現国王からの求愛だ。
他にも、今や騎士団長となった伯爵様や、宰相閣下となられた侯爵様にも求愛されていたとか。
「そんな人が私の実の母親で、まさか選んだ相手が男爵であるお父様なんてね」
私はウォーゼル男爵家の次女、デイジー・ウォーゼル。
『花の女神』とまで呼ばれた母、フローラが生んだ美しき三姉妹、とやらの一人だ。
三姉妹の私たちは、いわゆる年子で、一歳ずつしか年齢が変わらない。
私が現在、十六歳なので、長女は十七歳、三女は十五歳だ。
なお、私たちの暮らす王国において貴族令嬢の結婚適齢期は十八歳である。
結婚が認められるのも十八歳からだ。
様々な噂の大元である母は、ピンクブロンドの髪をした可愛らしい女性だ。
父は母のことを溺愛していて、我が家は母フローラを中心にして回っている。
あいにくと私は母の髪色は受け継いでいない。それどころか。
長女のダリアは、父の金髪を受け継ぎ。
三女のジャスミンは、母のピンクブロンドを受け継いでいる中。
……私、デイジーだけが異端の証であるかのように黒髪だった。
髪の色は三姉妹で全員が違うのに、三人ともが揃ってルビーのような赤い瞳をしていて、それは母譲りのお揃いだというのだから、嫌でも私たちが姉妹だと突きつけられてしまう。
私だって、別に容姿が整っていないわけではない。
……はずだ。
だけど、長女と三女は一際目立つ存在だった。
長女のダリアは、スラリとした背の高い人で『美しい』と称賛される。
三女のジャスミンは、クリッと小柄で背が低く『可愛い』と称賛される。
この二人と比べられる私は『平均的』などと言われてしまう。
こんな両親と三姉妹のウォーゼル男爵家だが、他の貴族とは決定的に異なる方針を掲げている。
それこそが……〝恋愛結婚推し〟だ。
「恋愛して、ちゃんと好きな人と結婚する。それこそが女性の幸せなのよ!」
そう、母フローラは言う。
「そうだぞ、フローラの言う通り。お前たちも素晴らしい恋をするんだ」
そう、父アンソニーは言う。
「……それって貴族としてどうなの?」
私はそんなふうに疑問に思い、口にする。
同意を求めて姉妹たちに視線を向けるのだが。
「そうね! 私もお母様のように素敵な恋をしたいわ!」
三女のジャスミンは全面的に両親に同意らしい。
夢見る少女のようなお花畑な発言。
でも、それはきっと母譲りだし、父にも容認されている。
「男爵家なんだから、自由にやっていいに決まっているわ。政略結婚にしたって大した縁も結べないじゃない」
長女のダリアは若干、シビアな意見だ。
確かにその通りでウォーゼル男爵家は小さな領地しかない、しがない男爵家である。
政略的な旨味などほぼなく、他家の貴族と政略で結べる縁はないだろう。
「だから恋愛結婚がいいんじゃなくて、恋愛結婚でしか相手を見つけられないのよ」
さらにシビアな意見のダリアお姉様。
「……そう、なのね」
「そうよ。もしかしたらお父様やお母様だって、政略結婚の相手が見つけられないから、あんなことを言っているのかもしれないわ」
「いやぁ、それはどうなのかな、あの両親の場合」
はっきり言って私たちの両親は脳みそがお花畑だ。
三人も子供を生んで、それぞれが十何年と成長したあとだというのに。
未だに新婚みたいな空気感でイチャイチャしている。
こういう家庭で育っておいて言うのもなんだけど、あれはまったく貴族の常識ではない。
少なくとも他所の家庭は、もっと大人の夫婦な雰囲気を出しているはずだ。
両親に考えを改めるか、或いは政略結婚の相手を探すようにお願いしたことがある。
というのも、我が男爵家を継ぐのはどう考えても長女のダリアお姉様だ。
お姉様が婿を取ることになるだろう。
その時点でダリアお姉様にはチャンスがある。
男爵位といえども爵位持ちの婿になれるのだから、結婚相手はいるだろう。
けれど、次女の私はそうはいかない。
私と結婚する旨味はないのだ。
また我が家が持参金をそれほど用意できるかもあやしい。
もっと正確にいえば〝私の〟持参金を用意できるのかがあやしい。
ウォーゼル家の三姉妹から、どこかの家に嫁がせる時。
当然、求められるのは女性としての評価が高い子になる。
そして、私と三女ジャスミンを比較したら、それは。
……要するに持参金などは全部、三女のジャスミンに投資するかもしれないのだ。
私は売れ残ってしまう可能性がとても高い。
だから私は、少しでも早く動きだして、ジャスミンよりいい結婚相手を探したかった。
先に結婚相手が決まれば、流石に持参金だってジャスミンに奪われなくて済む。
そう思っての行動だった。でも。
「何を言っているの、デイジー。貴方には恋愛結婚の素晴らしさをさんざん教えてきたじゃない」
「でも、お母様……」
「そうだぞ。お前たちは政略結婚なんてものに縛られなくたっていいんだ!」
「お父様……」
両親の答えはいつもこうだった。
恋愛結婚推し。それがウォーゼル男爵家の家訓なのだ。
いつからそうなのかは知らない。
かなりの確率で父の代からだと思う……。
アンソニーお父様は並みいるライバルたちを押しのけてフローラお母様の心を掴んだことを誇りに思っている。
大恋愛だったといつでも自慢してくる。
……わからなくはない。
お母様には本当に人を引きつける魅力があるから。
けれど、私にその魅力は受け継がれていないのだ。
どちらかといえば、その魅力を受け継いだのは三女のジャスミンだった。
だから。そう、だから。
私はとにかく困っている。
しがない男爵令嬢であり、貴族として生きていくためには結婚相手が必須。
そうでなければ、おそらく修道院に入ることになるだろう。
持参金の問題だって頭が痛い。
早くに行動すればどうにかなるだろうという目論見は泡と消えた。
……それに。
できれば私だって素敵な男性と結ばれたい。
政略結婚であったとしても、信頼できる夫婦関係を得たい。
そんな願いを抱いている。
政略結婚が無理なら、どうにかして恋愛結婚を目指さなければならない。
そして、恋愛結婚をするためには〝相手〟が必要だ。
相手とは、待っていて空から降ってくるものではない。
恋愛がしたいなら、相手を探すところから始めなくてはいけない。
だから。
私は、私なりにがんばってきたのだ。
どうにかして素敵な男性と出会い、交流を深めて。
そうして、そうしたら。
「……また!!」
ある日、私はある手紙を受け取って、声を荒らげた。
そして、すぐに姉妹たちのもとへ向かう。
「ダリアお姉様! ジャスミン! 貴方たち、またやったわね!」
家の中を駆けていく私。男爵家の少ない使用人たちは誰も咎めない。
いつものことだからだ。
姉妹たちの場所を訪ねる。中庭で客人を迎えているという。
私はすぐにその場に向かった。
「ダリアお姉様! ローランドに手を出さないで!」
「あら、デイジー。遅かったわね」
まったく悪びれないダリアお姉様の隣にはローランドがいた。
商会長の息子、ローランド。
……私がお付き合いしていた男性だ。
「ローランド! それに……ジャスミン! 貴方、まさか……!」
「ふふ、どうしたの、デイジーお姉様」
「どうしてカルヴァンと一緒にいるの!?」
ジャスミンが腕を取って密着している相手はカルヴァンだった。
隣領の衛兵を務めている、若く、凛々しい青年、カルヴァン。
私が『こうなる』時に備えて、隠れて交流している相手だった。
もちろん、二股のつもりはない。
交際していた相手はローランドだったから。
貴族令嬢としての交際だから肉体関係だってない。二人ともだ。
「ふふ、デイジーったら。ひどいんだから。ローランドと交際している裏で、カルヴァンさんにも声をかけていたんだって?」
「そうそう! デイジーお姉様ったらひどぉい!」
「違っ、私は……!」
血の気が引く私。
でも、ローランドもカルヴァンも私には目も向けなかった。
二人とも隣にいる姉妹たちにばかり注意を向けている。
「いつも出会いを用意してくれてありがとう、デイジー」
「本当、ありがとう。私たちのために素敵な男性を見つけてきてくれて」
ダリアお姉様も、ジャスミンもそう告げて笑う。
いつもの光景だった。
私が必死になって見つけてきた、交流を深めてきた男性たち。
それを彼女たちは……横から奪っていくのだ。
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