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【完結】REZON ー神話を解くものー  作者: 壇 瑠維
第1部 第2章 熊野

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第2話:巫女と言霊

2025.5.16 午後/熊野・那智の滝



 落差133メートルの水流が岸壁に降り注ぎ、最後は広がりながら滝壺に消えてゆく。巨大な礫が積み重なったような滝壺の切れ目から流れ出た水が、また新たな流れを作りだす。


 赤い欄干が境界を示す那智の滝。真理と桐生は加代に確認を取りつつ機材の設置を進め、恵はその様子を興味津々に眺めている。


 平日の午後という事もあり、まばらな観光客は四人へ一瞥をくれるだけで、入れ替わり立ち替わり滝を背に写真を撮っている。


「この機材は何に使われるんですか?」


 岩盤に薄型地震計をセッティングする桐生に加代が話しかけた。


「これは地震計です。その名の通り地中の振動を計測してグラフに出力します。場所はここで良いですか?」


「大丈夫です。続けてください」


 傍では真理がSOPHIAの端末を開き、計器との接続を進めている。恵がバッグから顔を覗かせる円盤に気付く。


「これが、さっき仰ってた“コトノハノ鏡”?」


「そう、諏訪の神様が遣わしてくださった“門を開く鍵”」


「コトノハ、っていう響きがずっと気になってたんですけど、昔詠まれた歌の中に出てくるんですよ。何か関係あるのかな、って」


「どんな歌なのか、教えてもらってもいい?」


 手は動かしながらも、真理は恵の方を向いて尋ねる。


「もちろんです!じゃあ、詠みますね。


 一の滝 鳴くや闇夜の 言の葉に 永久の珠 天ぞ響かん

(いちのたき なくややみよの ことのはに とこしえのたま あめぞひびかん)」


 巫女の衣装も相まって、歌を詠む恵の姿は神秘的な美しさを湛える一幅の絵だった。見惚れた桐生は完全に手が止まっている。


「これって、今の状況にすごく近くないですか?」


「正直びっくりしたわ。一の滝で鳴金が響く情景を写し取ったみたい。どんな人が詠んだのかしら?」


「残念ながら“詠み人知らず”なんですよ。歴史あるあるですね」


「でも、期待感はグッと膨らんだわ。ありがとう、恵さん。後は“声なき声”を拾えればいいんだけど……そこ、手を止めない!」


 桐生がビクッと反応し、我にかえる。


「や、やってますよ、やりますよ!もうちょい待っててください」


 桐生が動揺を隠せずガチャガチャと音を立てながら三脚に指向性マイクをセットする。


「先生、オッケーっす!いつでもどうぞ!」


「了解。じゃあ始めるわよ。スイープ開始。窓関数はハミング、解析はSTFT(短時間フーリエ)」


 SOPHIAが起動し、計測が始まった。



◇◇◇



 遡ること30分。


 諏訪で起こった出来事、熊野に至る経緯を真理から聞いた恵の目は更に大きく見開かれていた。


「すごい!信じられない!」


 キラキラした目、というのはこういう事を言うんだろうな。そんな事を考えながら真理が答える。


「体験した私が言うのも何だけど、本当に信じられないような出来事が続いてるの。恵さんから天と地の話が出た時は、正直ぞくっとしたわ」


「“鳴金”の音、聞いてみたかったけど消えちゃってたんですよね……動画とかは撮ってなかったんですか?」


「撮ってはいたんだけど、これも変な話でね。桐生君、再生できる?」


「りょ。今出します」


 桐生がノートパソコンのデータフォルダを開き、動画を再生する。映し出された画面には機材を設置する真理と桐生の姿が映し出されていた。


 程なく真理がモニターを離れ、コトノハノ鏡を諏訪湖に向かい、掲げる。


 画面の二人は何かに気づいたように周りを見回す。桐生が湖面を指差し、何か言っている。真理もじっと湖面に視線を注ぐ。


 数秒後、弾かれたようにモニターに向かう真理と桐生。興奮した様子で交わされる会話。動画はそこで終了した。



「あれ?門が開く音も光もない」


 恵が不思議そうな顔で尋ねる。


「そう。現象が起きた瞬間、動画からも“音が食われた”。で、門が開いたときに見られた湖面の光も記録されていないの。まるでそんな事はなかったかのように」


「えー不思議―!加代さん、これ何が起こったんだろ?」


「私からは何とも……」


「これ、滝でやったら全然関係ない観光客の人にも見えるのかな、それとも見えないのかな?」


「どうでしょう。諏訪の時は夜中で、周りに人も居なかったですから」


 真理もそこが気になっていた。伝承ではそこにいた村人が鳴金の現象を目撃している。


「いずれにしても、コトノハに鏡を掲げるのはなるべく人が少ない時にしようと思います」


「何もなかったら、新しい神楽の練習をしてた、みたいな感じで誤魔化すとか。あ、だったら私がやるとそれっぽくなるかな?」


「それはいいかも知れないわね。お願いできるかしら?」


「いいの?やった!」


「お待ちください。あまり危険なことは……」


「加代さん、心配しすぎ!別に火が出るわけでもないんだよ?危ないって言うなら、剣の舞で日本刀を振り回す方がよっぽど危ないじゃない」


「……分かったわ。好きにしなさい。すみません。我儘を申しまして」


「いえいえ、こちらこそ配慮が足りず失礼しました。危険はないと思いますので、ぜひ恵さんにお願いしようと思います。桐生君……は聞くまでもないわね」


 両手を胸の前で組み、目を閉じ天を仰ぐ桐生の姿は敬虔な信徒のようであった。



◇◇◇



 SOPHIAの端末が起動し、計測が走る。滝の白いノイズが画面を塗りつぶし、低域は静かなまま。


「0.5〜30ヘルツ帯に有意なピークは無し。可聴〜高域は滝の白色雑音が支配的。地震計・振動・気流にも異常なし」


「18ヘルツは観測されず、か」


 険しい表情の真理が呟く。ある程度想定していた事ではある。


「諏訪のデータを重ねて再生しますか?」


 桐生がPCのフォルダを指しながら尋ねてきた。これはもし滝で“声なき声”が観測されなかった場合のバックアップとして検討していた事だ。


「そうね、お願い」


 桐生が再生スイッチをクリックする。同時に発生する聞こえない音と、体の奥を震わせるような振動。


「これが、“声なき声”……」


 少し強張った表情の恵が呟く。真理が振り返り、恵に指示を出す。


「恵さん、鏡を!」


 我に帰った恵はハッと気付き、意を決してコトノハノ鏡を滝に向かって掲げた。巫女の願いに応じた滝が、その姿を一変させる。


 ……という事は起こらなかった。


 階段を上がってきた観光客が不思議そうな顔で一行を眺める。視線の中心で鏡を掲げている恵はいたたまれず、顔を真っ赤にしながら声を絞り出した。


「こ、このパラボラアンテナ、今日は調子悪いな〜」


 時が止まってしまったかのような静寂の中、滝の音だけが静かに響く。


 SOPHIAがため息をつくようにメッセージを表示した。


 [MODULE: RESON]

 [STATUS: HOLD]

 [MISSING: SOURCE / ON-SITE]



◇◇◇



2025.5.16 午後/熊野・社務所



 予想外のダメージを負った恵のフォローを優先して、それ以上の実験を行う事なく戻ってきた一行。


「もうダメ、お嫁に行けない」


「恵ちゃん……」


「何でパラボラアンテナ?意味分からん……」


「あなた、自分からやるって言ったんでしょ?だったら、その結果まで責任を持たなきゃ。……大丈夫。恵ちゃんはこんなに可愛いんだから、ちゃんとお嫁に行けるわ」


「加代さあぁん……」


 えぐえぐと泣きべそをかきながら加代にしがみつく。


「こうやって見ると、お二人はまるで親子のようですね」


 真理の問いに加代が答える。


「あながち間違いでもないんですよ。恵ちゃんの母親は、私の姉なので」


「そうだったんですね。ひょっとして、田辺さんとも何かご関係が?」


「残念ながら田辺とは何の血縁もありません。恵ちゃんが一方的に子分扱いしているような感じで」


 田辺からすると、血は繋がっていないが孫娘のような感覚なのだろう。


「さて、実験は失敗しましたがSOPHIAが一つのヒントを与えてくれました。“門”を開くために必要な“声なき声”は、やはりその場所で得られる必要があるようです」


「お二人の実験について、思うところがあるのですが」


 加代がやや硬い表情で静かに問いかける。


「諏訪湖の時も、実際は何もなかったのではないでしょうか」


「加代さん?」


 驚いた表情の恵。


「お二人を疑うわけではありませんが、お話の内容がやや理解を超えます。伝承の内容には荒唐無稽なものが含まれますが、それらは文字通りの事象ではなく何らかの比喩であると考えます。しかし、あなた方は事象そのものを事実として主張し、ご都合の悪い事は超常現象で片付けようとしている、そんな風に見受けられます」


「どうしてそんな酷いこと言うの?」


「恵ちゃん、世の中には超常現象なんて無いの。そう言うのに取り憑かれてしまった人がどうなったか、あなたも知ってるでしょ?」


「それは……」


「純科学的な調査には立ち合いますし、協力もさせていただきます。でも、オカルトめいた振る舞いは程々にしていただけると助かります」


「承知しました。斉藤さんが仰ることも尤もです。振る舞いにも気を配ります。桐生君、いいわね?」


 何か言いたそうな桐生の機先を真理が制する。言葉を飲み込み、無言で頷く。


「一つ、どうしても気になっている事があります。恵さんが教えてくれた修験者の伝承に、“霊力を込めた勾玉”が出てきます。その霊力が満ちた時山が震え、滝が鳴動したと。勾玉が封印されている場所についての言い伝えなどはありませんか?」


 恵が不安そうに加代を見る。先ほどもそうだが、この伝承の話になると二人の歯切れが悪い。


「……勾玉について、私よりも詳しく知っている人を知っています」


「恵ちゃん!」


「だけど、その人は何というか……ちょっと、まともじゃないところがあって。ものすごく気が進まないんですが、どうしてもという事であればご紹介します」


「今は縋れるものなら藁にでも縋りたいの。教えてもらえる?」


 観念した表示を見せた恵が席を外し、1枚の名刺を手に戻ってきた。


「こんな事を言うのも何ですけど、私どうしてもそこに行きたくなくって。場所は名刺に書かれてます。“神社の巫女から勾玉の場所を聞くように言われた”と伝えてください」


「ありがとう、恵さん。ここには私たちだけで行ってみるわ」


 差し出された名刺を受け取る。そこにはこう記されていた。



 波動光学・量子氣共鳴研究総本家

 雲龍堂宗主 導師 雲龍

 魂のバイブス整えます 家内安全・商売繁盛・安産・厄除け・運勢アップ



明日も23:50の更新予定です。

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