エピローグ
季節は変わり、雲が天高く広がる秋。研究所の植栽も徐々に色を変え始めていた。
研究室には柔らかな陽が差し込み、ケースに並べられた“コトノハノ鏡”に真理の影を映し出している。
あれから一月余り。真理の心もようやく落ち着きを取り戻し始めていた。
理の海から記憶の庭に戻った真理はSOPHIAと再会し、“完全なる世界”の一方的な侵食が終わりを告げたことを伝えた。既に“記憶の庭”でも“夢のかけら”の復活が始まっており、SOPHIAは輝くような笑顔でそれらを見つめている。
まだ桐生の殻は破れていなかったようだが、「気が済むまで休ませてあげましょう」という事になり、とりあえずSOPHIAが探しておくことになった。
視界から現世に戻る際SOPHIAも来ないかと誘ってみたが
「私、そんな安い女じゃないから」
の一言で却下されたのはご愛嬌だろう。
伏見稲荷神社のように連なった7つの門をくぐった先は研究室。振り返ると既に視界は消え、手に持った“コトノハノ鏡”だけがこれまでの冒険が夢ではなかったことを物語っていた。ケースの一角にそれをしまうと同時にSOPHIAからのメッセージが届く。
“真理、お疲れ様。無事そちらに着いたかしら?私は桐生の閉じこもってる”夢のかけら“を入手したから、戻り次第真理に伝えるわね。あと、衣笠からもメールが来てるみたいだから目を通しておいて”
言われてメールボックスを見ると確かに衣笠からのメールが届いている。中身は桐生の休職を認めるという事と、コンディションが戻り次第復職が出来るよう根回ししておいた、という内容だった。
「さすが、相変わらず仕事が早いわね……」
感心したように呟き、お礼のメールを返す。理の海で対峙したのが遥か昔のように感じられる。
「さて、と」
一つ伸びをしてこれからの事を考える。まずはお世話になった人にお礼を言って、事の顛末を伝え、それから……山積みになっている仕事を何とかしよう。
そして今日に至る。仕事が一区切りつき、コーヒーを飲んでいるとSOPHIAが話しかけてきた。
“真理、お疲れ様。良いニュースと悪いニュースがあるけどどっちから聞きたい?”
「良いニュースだけお願い」
“じゃあ良いニュースからね。桐生出てきたわよ”
「おっ!ホントに良いニュース!で、いつこっちに来るの?」
“それが悪いニュース。「合わせる顔がない」ってゴネてるの。鬱陶しいったらありゃしない”
「迎えに行こうか?」
“それは過保護ってもんよ。今蹴っ飛ばしたから後はよろしく”
「今?」
言い終わると同時に研究室のドアに何かがぶつかる音がした。
「……SOPHIA、後でゆっくりお話ししようね」
やれやれ、とコーヒーを置きドアに向かう。何者かが逡巡している気配が可哀想なぐらいに伝わってくる。とりあえず、言うべき言葉は決まっている。真理は口元に笑みを浮かべながら弾むような声と共にドアを開けた。
「お帰りっ!」




