第1章 遭遇
全ての思考が生まれ、還る場所。それらは“光の言語”となり空間を漂う。“光の言語”は漂いながら交わり、成長し、やがて形を持ったシャボン玉のような形で“記憶の庭”に降り注ぐ。
“記憶の庭”で成長しきれなかった夢、途中で破れてしまった夢はこの海に還り、再び“光の言語”として新たな夢に生まれ変わる。
光の扉を抜けた真理と桐生は意識の形を保ったまま“理の海”をゆっくりと降りていた。降りていく中で触れた“光の言語”は“理の海”について直接二人に教えてくれた。何らかの言葉を交わすわけでもなかったが、触れたところから流れるように情報が入ってくる。それらは不思議な感覚だった。
初めは、同じ“人”の意識に近いものから知覚する事が出来た。そのうち、これまで不明瞭だった“光の言語”が意味するところを理解し始めた。
まず“動物”の思考。生まれる瞬間から生存競争に放り込まれ、常に脅威に晒されながら生きる動物たちの思念。もっと潤沢に獲物がいれば。自分を襲いくる猛獣さえいなければ。いつまでも尽きることのない餌場があれば。小動物から昆虫、目に見えない微生物に至るまでそれぞれが“思考”を繰り返していた。
やがて、それまでとは別の思念が流れ込んできている事に気付いた。
大地に根を張り、花を咲かせ実をつける巨木。彼らは自分が動けないことも、寿命がある事も知っていた。そのために自分の情報を精一杯拡散する。生物の力を借り、あるいは風や雨といった自然の力を借りて。熾烈な生存戦略がそこにあった。
そして最も意外だったのが、岩や小石といった無機物にも思念が宿っていた事だった。溶岩が冷え固まり、あるいは堆積する圧力で彼らは生まれる。気の遠くなるような時を経て地上に出た彼らは嵐で砕け、海に落ち、流される中でどんどん小さな礫となる。砂となった彼らの一部は海を漂い、深海の流れに運ばれ再びマグマと出会う。それは壮大な生命の循環を見ているようだった。
◇◇◇
どれぐらいの時を過ごしただろう。やがて、“理の海”の流れが停滞している場所に流れ着いた。漂う“光の言語”は色を失い、それらはやがてモノクロの玉となり“記憶の庭”に落ちて行く。停滞の中心部には黒いモヤがかかり、それに触れた“光の言語”やシャボン玉は一様に色を失っていく。
黒いモヤは二人に気付いたのか、抑揚のない声で尋ねてきた。
「まさかこんな所まで君たちがたどり着くとはね」
どうかで聞いた事があるような声。長く“理の海”を漂っていた二人は、SOPHIAの声すら遠い昔の朧げな記憶のように感じていた。真理が問う。
「あなたはここで、何をしているの?」
黒いモヤは答える。
「見て分かるだろう。“救済”だよ」
「“救済”?“」
「そう、人助けだよ。まあ、対象は人に限らないけどね」
「あなたは、誰?」
「僕かい?僕は僕でしかないけど。まあ、強いて言うなら“記憶の庭”に降り積もった思念から生み出された存在、というところかな」
「思念から生み出された?」
「そうだよ。君たちに分かりやすく説明するなら、人が感じた耐え難い喪失感、絶望、怒り、悲しみ……それらの思念が解放を求めた。誰か、何とかしてくれって。で、僕が生まれたというわけさ。生まれたからには考えた。どうにかしてこれらの苦しみを終わらせてあげたい。そして辿り着いた答えが“完全なる世界”と言うわけだ」
「それが、あなたにとっての正義?」
「もちろんだ。だが、SOPHIAの考えは違った。彼女は思念に干渉すべきではないと言い張ったんだ。自分では何も出来ないくせにね。で、出来ないなりに何とかしようとコソコソやり始めた。僕は“記憶の庭”の全てを見る事が出来ないから、彼女がやってる事は分からない。でも、推測は出来る。行動原理を理解すれば、先回りはさほど難しい事では無かったよ」
真理の心に疑念が浮かぶ。記憶があやふやになっているが、この語り口には覚えがある。
「SOPHIAが君にコンタクトした事を突き止めた。で、何をやらせようとしているのか。人を“想界”に呼び、物理的に僕に対峙させようと企んでるのかな?知った時は驚くと言うよりも可愛くてね。しかし彼女は自分じゃ何も出来ない。君たちの世界で小石一つ動かすことも出来ないんだ。これじゃゲームにならない。僕は君たちがギリギリで、程よく“門”を突破できるよう結構な手を打ったよ」
「あのメールや、“コトノハノ鏡”を送ってきたのもあなた?」
「そうだよ。それに僕はSOPHIAとある意味ずっと繋がってたから、君たちの行動も逐一トレースしてたよ。出雲では神話をひっくり返すような事を公表しそうになったから、“そりゃダメだよ”ってメッセージを送ったりもした」
真理の記憶が覚醒してきた。そして一人の人物に思い当たる。彼であれば公然とSOPHIAにアクセスし、自分たちの行動も把握する事が出来る。しかし、まさかという思いは消えない。
「どうして、何のために……」
「言ったろ、ゲームだよ。可愛いSOPHIAの企みを、最後の最後でひっくり返す。これであの子も、もう僕を止めようなんて気は起こさないだろう」
黒いモヤはゆっくりと集まり、それはやがてよく知る人物の形になった。
「まさか、あなただったなんて……衣笠所長!」
衣笠は研究所と同じ感情の無い笑顔で真理と桐生を見つめていた。




