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【完結】REZON ー神話を解くものー  作者: 壇 瑠維
第1部 第1章 諏訪

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第6話:夜の病院

2025.5.13 深夜/諏訪湖・病院の待合室



 診察室のドアが開き、真理が礼を言いながら出てきた。ソファで待っていた桐生が立ち上がる。


「先生、どうでした?」


「軽い打撲だって。しばらく安静にしてれば問題ないって。桐生君は?」


「同じく。ちょっと痣が残ってますが、あとは切り傷ぐらいで」


 そこかしこに貼られたガーゼにうっすらと血が滲んでいる。


「……じゃあ、行きましょうか」


 二人はエレベーターに乗り、病棟へ移動した。看護師に先導され、夜の病室に入る。照明はついており、ベッドの上の人物がこちらを見ていた。


「八重垣さん……」


 少し青白い顔をした八重垣が、弱々しい笑顔で会釈した。



◇◇◇



2025.5.13 深夜/諏訪湖・水鏡が淵



 “獣のような咆哮と、人が叫ぶ声がする”という通報を受けて警察がやってきたのはしばらくしてからだった。近づいてくるサイレンの音に気付き、真理が咄嗟に八重垣が持ってきた日本刀を湖に投げ捨てる。


「……私たちは八重垣さんにお話を伺いながら、水鏡が淵の伝承を科学的に検証していた。そこに猪のような獣が現れ、私たちを襲って逃げていった」


 桐生が頷き、八重垣の着物の乱れを整える。やがてパトカーが到着し、すぐに手配された救急車に乗って三人は病院に運ばれた。


 救急車の中で八重垣は目を覚まし、朦朧とした意識の中で二人に問いかけた。


「……ここは?そしてあなた方は……?」


「後でお話しします。今は、ご無理をなさらないで下さい」


 真理の言葉に頷き、八重垣は再びゆっくりと瞼を閉じた。



◇◇◇



2025.5.13 深夜/諏訪湖・八重垣の病室



 重苦しい空気の中、時を刻む時計の音だけがカチコチと響いている。八重垣は手元に落としていた視線を真理に向け、ポツリと切り出した。


「……私はどこで、何をしていたんでしょうか?」


 少し怯えの混じった目が真理に訴える。“本当の事を教えてくれ”


 真理は一瞬目を閉じ、息を吸い込んでから目を合わせ、話し始めた。


「八重垣さん、どこまで覚えていらっしゃるかは分かりませんが……今日私たちに起こった事をお伝えします」



 真理の話を聞き終えても、八重垣はまだ受け容れる事ができないようだった。目をキョロキョロさせ、不安げな表情は消えない。


「私が、あなた方を……?」


「はい、まるで何かに取り憑かれていたかのようでした。……何か、お心当たりはありませんか?」


 八重垣がこめかみに手を当て、何かを思い出す仕草をする。


「……今月の初めぐらいから記憶があやふやなんです。気付いたら知らない場所にいたり、直前の事を覚えていなかったり……」


「そうなる前に何か、おかしな事はなかったですか?例えば、霊的なものに干渉するような」


「先生……?」


 桐生が驚いた声を出した。真理は厨二病のヲタクであるが、それはあくまでプライベートに近い時の話。仕事中に軽口で飛び出す事はあるが、仕事そのものにオカルト的な要素を持ち込むことはなかったからだ。八重垣が更に何かを思い出そうとする。


「箱……黒い箱……それを開けたあたりから、記憶がはっきりしません……」


「それからどんな感じでしたか?破壊衝動が強くなるとか」


「そう、そうなんです!具体的に何が、という事は覚えていないんですが、常に何かに対して強い怒りのような感情を抱いていました!」


 八重垣がなぜ、という目で真理を見ている。桐生も真理の真意を図りかねていた。


「……あまりスピリチュアルなことを持ち出すのは本意ではないのですが、恐らく八重垣さんは“ミカヅチヌシ”に取り憑かれていたのではないかと思います」


「ミカヅチヌシって、あの?」


 声を上げた桐生に真理が無言で頷く。


「……抑えられぬ破壊衝動と怒り、私に語りかけた“鏡”と“光”を忌む言葉、そして獣のような姿。それが“天の光”によって浄化されました。ほぼ、伝承の通りです」


「……私が、ミカヅチヌシに……?」


「それがどこから送られてきたのか、ご記憶はありますか?」


「分からない。ある日、家の机に置かれていたんだ。何だろう、と思って箱を開けたところまでは覚えているのですが……」


「分かりました。私が伺いたかった事は全て教えていただきました。ありがとうございます」


 頭を下げる真理に八重垣が恐縮した。


「いえいえそんな、お話を伺っていると私が一方的にご迷惑をおかけしたようで」


「八重垣さん、あなたは十分に私たちを導き、守ってくださいました」


「……どういう事でしょうか?」


「今日お見せいただいた古文書です。本来あの内容は、ミカヅチヌシにとって都合の悪いものでした。それをわざわざ見せる必要はないのに、あなたはここを読め、とばかりに開いた状態で渡してくださいました。覚えておられないかもしれませんが、その時あなたは間違いなくミカヅチヌシの弱点を知らせるため、私たちを導いてくださったのです」


「守った、って言うのは?」


 桐生が本当に?と言う表情で聞いてくる。


「あの時、八重垣さんはご年齢に不似合いな速さと強さを持っていました。そのまま仕留めに来られていたら、私も桐生君も無事では済まなかったでしょう」


 桐生の顔色が少し青ざめる。


「しかし、あなたはゆっくりと時間をかけるような動きを取った。それは、あなたが乗っ取られそうになりながらもミカヅチヌシを押さえ込んでくださったからだ、と考えます」


「だが、私は覚えていない……」


「今、こうして私たちが無事でいられる、と言うのが何よりの証拠です」


 真理が柔らかな表情で八重垣を見る。


「もう一度言います。守ってくださって、本当にありがとうございました」


 八重垣は目に涙を浮かべながら精一杯の礼を返してくれた。

次回更新は明日の23:50。第1章終幕です!

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