第4話:襲撃 Ⅱ
2025.8.22 午後/島の東部・“聖域”の社
興世は目を閉じて、社の中で静かに座っている。ブロロ……と音がして、社の前で止まった。
「……どうだった?」
興世が目を閉じたまま尋ねる。聞かれた男はヘルメットを脱ぎ、乱れた髪をかきあげながら答えた。
「“手紙”は届けました。今頃どうするか震えてるんじゃ無いすかね」
「……西園寺がそんな玉か。渡嘉敷、油断していると足元を掬われるぞ」
「へいへい、っと」
渡嘉敷と呼ばれた若い男はどかっと興世の横に腰を下ろした。
「で、どうするんですか、これから?警告の次をやれ、って言われたらいつでもやりますよ?」
「何もしてこなければ放っておけばいい。しかし、警告の意味も分からん阿呆ならば……」
社に誰かが来たようだ。車の音が止まり、門衛と何か揉めているような声。
「……どうやら、阿呆だったらしい。お前はいつでも出れるよう“隠密”を集めておけ」
「分かったよ」
渡嘉敷が音もなくどこかへ立ち去る。興世はため息をつき、社の出口へ向かう。
「初音ちゃんが一緒でなければいいが……」
◇◇◇
社の入り口では西園寺と守衛が言い争っていた。
「だから、話すだけだと言ってるだろうが!比嘉を出せ!」
「……そんなこと言ってあなた、こないだも殴り合いの喧嘩してたじゃないですか!」
「あれはあいつが先に手を出してきたんだ!れっきとした正当防衛だ!」
「……何をくだらんことを言ってるんだ、お前は」
興世が苦い表情をしながら門に近付いてきた。一行に初音の姿を認め、表情が曇る。
「比嘉!いい加減観念して“聖域”の中を見せろ!そして子供じみた脅迫はやめろ!」
「……脅迫とは穏やかじゃないな。何の事かさっぱり分からん。それに、“聖域”は島の人間以外立ち入ることは出来ん。何度言わせれば分かる?」
「私は既に島の住民だ!」
「で、見るものを見たら去ると?それは観光客というんだ」
「私を一緒にするな!私はこの研究に、最後の情熱をかけているんだ!」
「それはお前の理屈だろう」
「これは決して私個人の興味を満たすためのものではない!何故それが分からん?」
「もしお前の研究が素晴らしいものだったとしよう。お前は必ずそれを世に公表するだろう?見たぞ、お前の過去の論文。“アステカにおける少数民族の神”。
あの後あの場所がどうなった?脈々と受け継がれた文化は破壊され、今では一大観光地だ。我々の使命はお前たちのような俗物から神を守ることだ。受け継がれた伝統も、神への祈りも決して見せ物ではない!」
「あれは……そんなつもりじゃなかったんだ!あそこは、静かに死を迎えていい場所じゃなかった!」
「そんなつもりじゃない、この“聖域”を暴いた後も同じことを言うのか?」
「おじいちゃん!」
初音が目に涙を溜めながら割って入った。
「……初音ちゃん、いつまでそっちにいるんだい?初音ちゃんも、この島にとって“聖域”がどれほど重要な場所か知ってるだろ?いい子だから、おじいちゃんの言う事を聞いておくれ」
「それは……」
初音は顔を覆い、涙を流す。
「……いずれにせよ、お前たちが“聖域”に入る事も、見る事もない。さっさと立ち去ってくれ」
興世は一瞬初音に目を向けた後、踵を返し社に向かって歩き出した。
「……戻りましょう」
真理に促され、一行は車に戻る。去り行くエンジン音を聞きながら、興世は苦悶の表情を浮かべていた。
◇◇◇
2025.8.22 午後/島の路上
車の中はお通夜のような静けさだった。西園寺は無言でハンドルを握り、桐生は助手席で息を潜めている。
後部座席では泣き止まぬ初音の背中を真理がさすっていた。車の奏でる排気音と荒れた路面がタイヤにぶつかる音だけが響いている。
と、そこに別の音が重なった。西園寺がバックミラーを見る。バットのようなものを担いだバイクが1台、2台……西園寺がアクセルを踏み込み、車が急加速する。
「どしたんすか、師匠?」
桐生が振り返るとバイクの一団は今まさに車に追いつこうとしている所だった。
「師匠、後ろ、後ろ〜っ!」
桐生の言葉が終わらないうちにガン、と衝撃が走る。真理と初音も何事かと顔を上げる。一台のバイクが並走し、窓ガラスに一撃を加える。
「きゃあっ!」
ガラスにヒビが入り、真理は初音を庇うようにして伏せる。その間にも数を増やしたバイクが車を囲み、そこかしこからガンガンと衝撃が伝わる。
「師匠!」
桐生が叫ぶ。対向車のヘッドライトが目前に迫っていた。西園寺が急ハンドルを切る。車は左側に大きく逸れ、森の中に突っ込んでいく。車体にぶつかる枝の音。不規則なバウンドに体が弾む。そして
ガンッ!
強い衝撃とガラスの割れる音。
車は太い木の幹にぶつかり、完全に停止した。バイクの音が去る。真理が恐る恐る顔を上げ、周りの状況を伺った。初音は頭を抱えたままうずくまっている。
「……一体、何があったの?」
桐生もぶつけた頭を押さえながら上半身を起こし運転席を見る。
「……師匠?」
そこには血を流しながら気絶している西園寺の姿があった。
◇◇◇
2025.8.22 夜/島の診療所
包帯を巻いた西園寺がベッドに横たわっている。命に別状はないが、意識はまだ戻っていない。
真理たちも診察を受けたが、軽い打撲程度で済んだのは幸運だった。桐生はぶつけた額に絆創膏を貼っている。
初音は連絡を受けた興世が迎えに来て、今は興世の家に着いた頃だろう。真理は西園寺が眠るベッド脇の椅子に腰掛け、恩師の顔を眺めている。思えば、学生時代から何かと縁のある人だった。
更衣室を覗かれた事、女子寮に侵入された事、スカートを捲られた事……あれ?
真理は頭を振り、今日出会ってからの事を思い出した。
再開した瞬間に棒で胸をつつかれた事、水浸しにされた挙句入浴を覗かれそうになった事。
……この人、このまま起きない方が世のためなんじゃないかしら?
真理の願いも虚しく西園寺がううん、と目を覚ました。
「博士!」
「師匠!」
「……ここは?」
「島の診療所です!あれから6時間も眠ってたんですよ!」
桐生が本当に良かった、という表情で西園寺に答えた。この二人には二人なりの絆があるのだろう。西園寺が体を起こし、痛みに顔を歪めながら尋ねる。
「……今のは、夢か。ところで君たちは大丈夫なのか?私たちを襲った連中は?」
「私たちは大丈夫です。初音さんも興世さんが迎えに来られました。事件については今警察が調べてくれています。島の若い子達じゃないか、って話でした」
「そうか……」
「あの脅迫状の通りになった、って事っすかね」
桐生が神妙な面持ちで言う。
「……どうだろう。比嘉が孫娘の乗っている車にそんな事をさせるとも思えないが……」
「明日の朝になったら、改めて駐在所で事情聴取を受ける予定です。博士も動けるようでしたら同行して欲しいと」
「分かった、そうしよう」
真理と桐生は明日また迎えに来ると西園寺に告げ、一旦診療所を後にした。
帰り道、桐生が思い出したように尋ねる。
「……結局あの連中、何が狙いだったんですかね?」
「実力で黙らせよう、と言う意図は分からないでもないけど、一つ間違えばとんでもない結果になっていた可能性があるわ。むしろ、私たちも含めてこの程度で済んだのが不思議なぐらい」
「明らかに殺意を感じましたからね……」
「彼らの狙いが分からない以上、どこにいても油断はできないわね。宿に戻ってからも、不用意にドアや窓を開けたりしないで」
「了解です。先生もお気をつけて」
月の無い夜空に本州とは違う星座がひしめいている。街灯に照らされた二人の影が、白い地面に長い影を落としていた。




