第3話:襲撃
2025.8.22 午後/西園寺の家
西園寺の独演は続く。
「“門”が物理的な現象なのか、超科学的な現象なのかは分かっていない。しかし、それらが“開く”条件は導き出された。“潮の満ち引き”だ。広大な宇宙の鼓動に合わせて“門”はその姿を現す」
すげえ人かも。桐生は目の前で喋る男の認識を改めた。
「しかし、トリガーが分からん!」
そうでも無いかも。桐生は認識を下方修正した。
「満月、あるいは新月の日に何をどうすれば良いのか?そして全ての門が開けば、あの場所で何かが起こる!それは日本だけではない。地球を、ひょっとするとこの宇宙自体のあり方を変えるような何かが起こると私は考えている!」
「……あの、博士」
「御堂君、発言は私が許可してからと教えなかったかね?」
「……いや、それはそうなんですけど……多分、今お話させていただくのが良いかと……」
「全く、君は学生の頃からちっとも変わらん!発言を許可する。話したまえ」
「えっと、ですね……」
真理はこれまでの経緯を西園寺に話し始めた。
◇◇◇
「では、君たちは既に六つの“門”を開いてここにいる、と?」
三人がコクコクと頷く。
「しかもトリガーが“鏡”と可聴領域の下にある18ヘルツ……なんてこった!」
西園寺が頭を抱え目を見開いたまま天を仰ぐ。
「それで、その“鏡”は今ここに?」
真理が急いでバッグの中から“コトノハノ鏡”を取り出した。西園寺は受け取った鏡を上から下まで眺め、うっとりとした表情を浮かべる。
「これが……」
「それで博士、これからの事なんですけど……」
真理の言葉が終わらぬうちに、窓ガラスが割れ何かが飛び込んできた。ボンベに跳ね返り、水が勢いよく吹き出す。桐生が窓の外を見ると、何者かが走り去っていく姿が見えた。
「博士!」
西園寺の手には投げ込まれたものと、それに括り付けられていた紙が握られている。どうやら矢が打ち込まれたらしい。広げた手紙にはこう書かれていた。
“手を引け。警告はここまでだ”
「これは一体……」
額を寄せる西園寺と桐生の背後から、静かに怒る真理の声がした。
「……こっちも気にして欲しいわ……」
そこには噴き出した水でずぶ濡れになった真理と初音が佇んでいた。
◇◇◇
2025.8.22 午後/西園寺のリビング
投げ込まれたメッセージを前に、西園寺と桐生は眉根を寄せて深刻な表情を浮かべていた。真理と初音は着替えを受け取り、今は浴室にいる。桐生が口を開いた。
「……博士、これは一体……?」
西園寺が桐生を遮り、緊迫した口調で告げる。
「……今は無駄な話をしている暇はない。事は一刻を争う」
桐生も何かを感じ取り、静かな緊張が体を覆う。
「……若い女性が二人、そのドアの向こうであられも無い肢体を曝け出している」
「……はい?」
「我々に残された時間は少ない。動くか、立ち止まるか。今すぐ決めろ」
桐生が混乱した頭を整理する。……何言ってんだこの人?
「……私は行く。この機会を逃して、死の間際に“行っときゃよかった”と後悔するような人生は送りたくない!」
桐生は何かを感じ取り、静かな緊張を纏って答えた。
「……師匠!」
「分かってくれたか、我が弟子よ!」
二人が固い握手を交わす。
「……で、具体的には?」
西園寺が桐生の問いに答えるように家の図面を広げる。
「……今我々がいるのがここ、仮にポイントLとする」
西園寺の指がリビングを指す。
「ターゲットの位置はここ。ポイントBだ」
指が廊下をなぞり、浴室への動線を描く。
「アクセスポイントは2か所。一つは入り口だが、ここは極めてリスクが高い。故にもう一か所。ここだ」
西園寺の指が浴室の上部を指す。
「……天窓?」
「さすが我が弟子。その通りだ。夜に星を眺めると最高のロケーションだが、外から内部を余す所なく見ることが出来る。ポイントWと名付ける」
「ポイントWへのアプローチは?」
「屋根裏から外へ出られる。そこからポイントWまでは数歩の距離だ」
「我々の目がメルトダウンする危険性は?」
「……その危険は排除できない。最悪の場合、脳への悪影響も考えられる」
「……ここまで来て、後には引けませんね。大和魂、見せてやりますよ!」
「それでこそ、我が弟子だ!」
「でも、そもそもポイントWまで行き着けない、って可能性もあるわよね?」
「何を寝ぼけたことを!一体どんな障壁が……って御堂君?」
「先生?」
「……余計な事喋ってないでさっさと覗きにくれば見れたかも知れないのにね。あ、博士、お風呂ありがとうございました」
「いやいやこちらこそ……って何だね、その拳は?」
真理はにこやかな笑顔で答えた。
「先にお礼は言いましたから。それじゃ今から、お二人には“特別授業”をして差し上げます。あ、大丈夫ですよ。そんなに怯えた顔をしなくても。ちゃんと痛くしてあげますから」
浴室から戻った初音がキョトンとした顔で部屋の惨状を眺める。
「……お二人、どうされたんですか?」
ズタボロになった歪なオブジェが二体、血の海に沈んでいた。
◇◇◇
2025.8.22 午後/西園寺家・血の海跡地
「あ〜、さっぱりした!」
“特別授業”を終えた真理が後の監視を初音に託し、本日二回目のシャワーを浴びて帰ってきた。濡れた髪が健康的な色気を醸し出しているが、血の海に沈んでいた二人はなぜか青い顔をして震えている。
「じゃあ、状況を整理しましょうか。今考えるポイントは二つ。一つ目はこれからの調査について。もう一つは投げ込まれた素敵な手紙について」
「一つ目についてだが……」
復帰した西園寺が積まれた書類の中から島の地図を取り出した。
「私の見立てでは、この島にはもう一つ遺跡が眠っていると考えられる」
「別の遺跡が?」
真理が先を促す。
「ああ。その根拠として挙げられるのが、北西部にある遺跡の名称だ。島の人は、あれを何と呼んでいるのかな?」
西園寺の目が初音を向き、初音はドギマギしながら答える。
「ええっと、そこは“小さな祠”と呼んでいます」
「ありがとう。通常“小さな”という言葉を使う場合、それ自体が“小さい”場合に使用する。例えば“この機関車は小さい”といった風に」
西園寺がレールを走るおもちゃの機関車を見る。
「もう一つ。これは絶対的な指標ではなく、相対的な指標として使う場合だ。私と桐生君を比べてみよう。桐生君は決して身長が低いわけではないが、私と比べると“小さい”。この場合、対になる“大きい”私が存在することが前提になる」
「つまり、あれよりも“大きな”遺跡の存在があるから私たちが行った遺跡は“小さな”という形容詞で呼ばれるようになった?」
「その通りだ。そして“大きな”遺跡はここ、東部に位置する“聖域”に眠っていると私は推測する」
西園寺の指が東部にある“聖域”の位置を指し示す。
「私たちが次に目指す場所は、島の“聖域”……」
そして、もう一つの問題だ。御堂君の言葉を借りれば“素敵な”手紙の差出人だが、これも見当は付いている」
「そうなんですか?」
真理の言葉に頷き、西園寺が続ける。
「その問題も同じだ。“聖域”に全ての答えがある」
初音の表情が泣き出しそうなそれに変わる。
「……初音ちゃん、どうした?」
桐生の言葉に西園寺と真理も初音の方を向く。初音は涙を溜めながら言葉を搾り出した。
「そこは……聖域を守っているのは私のおじいちゃん、です」




