第2話:奇人・変人・賢人
2025.8.22 午後/照砂島の遺跡
「それじゃあ、まずは初音さんが“宇宙の声”を聞いたところから案内してもらいましょうか?」
「はい!それでは、私についてきてください!」
初音に連れられ、ゾロゾロと遺跡を進んで行く。
「……これが三千年も前に作られたとか、信じられないっすね」
「時間が許せば、隅から隅まで全部見て回りたいわ」
真理と桐生はお上りさんよろしく、遺跡のそこかしこをキョロキョロ眺めながら進む。
「島に住んだらいつでも見れますよ。そしたら初音ちゃんも付いてきそうだし」
「もう、おじいちゃんったら!」
笑って答える初音だが、“それもアリか”という思考がダダ漏れしている。桐生はあえて気づかないふりをした。
「着きました。ここです!」
初音が明るく到着を告げた。一般立ち入りエリアの少し奥まったところにある、祭壇のような場所だ。
「ここで昔、冒険ごっこをやってた時不意に声が聞こえたんです」
三人も後から続く。少し黄色がかった明るい石を切り出して作った祭壇。昔何らかの儀式に使われたのではないかと思える。真理もその前に立って眼を閉じてみたが、特に聞こえるものはない。
「やっぱり、今日も聞こえませんね……」
初音が少し申し訳なさそうに言う。
「いきなり来て聞こえました、って言うのも逆に怖いし。でも、実際にこの場所を見れて良かったわ」
初音が嬉しそうな顔をする。
「じゃあ、奥のエリアを見せてもらいましょうか」
真理の言葉と同時に、まず初音が異変に気付いた。視線を追い、真理と桐生も気付く。興世は苦虫を噛み潰したような顔で“それ”を見る。
「……あいつ、また性懲りも無く……」
視線の先に現れたのは長身の男性。広くなった額を除き、爆発したような白髪が綿毛のように広がっている。汚れた白衣にリュックを背負い、両手でL字型の金属棒のようなものをかざしながら猫背で歩いている。ギョロッとした鋭い眼光が真理を捉え、すすっと近づいてきたその先で。
金属棒の先端が真理の胸に埋もれた。
言葉を失う四人を無視して男が呟く。
「……85のD。柔らかくも弾力のあるこの黄金比は……御堂君か?」
次の瞬間、遺跡の壁に人型のオブジェが出現した。
◇◇◇
「あの……大丈夫ですか?」
桐生が顔を顰めながら後頭部をさすっている男に声をかけた。
「……相変わらずですね、博士」
「知り合いなんっすか?」
腕組みをしながら近づいてきた真理に桐生が尋ねる。
「ええ、学生時代の恩師……なんだけど、その他色々あって。必要に駆られて護身術を習う羽目になったわ」
護身術……暗殺術の間違いじゃないのか?桐生は思う。真悟の時といい、明らかにか弱い女性が身を守るというレベルではない。
「……西園寺、言ったはずだ。これ以上島を冒涜するなと」
興世が厳しい表情で男を見下ろした。
「冒涜じゃないって何回も言ってるだろう!この島にある謎は、ここだけに収まるレベルの話じゃないって何回言ったら分かる?」
「お前の妄想もアホヅラも胸糞が悪い。……御堂さん、悪いがここで失礼するよ」
「おじいちゃん?」
興世が男を一瞥し、踵を返す。初音が心配そうな表情でこちらを振り返りながら興世を追った。
「私は諦めんぞ!」
男が興世の背に向かって叫ぶ。まるっきりやられ役のセリフだ。
「……博士、一体ここで何をなさってたんですか?」
真理が怪しげな金属棒をチラッと見ながら尋ねる。
「遺跡の調査だよ。ダウジングで地下の異常を調べていた」
「あの……お二人は先生の学生時代の師弟、的な?」
桐生が少し気を遣いながら話に入ってきた。
「ええ、こちらは西園寺博士。考古学と科学の専門家で、学生時代の担当教授よ。博士、こちらは桐生君。私の仕事を手伝ってもらってるわ」
「……西園寺だ」
汚れた白衣のポケットから折れ曲がった名刺を取り出す。そこにはこう書かれていた。
“考古学研究家 西園寺国衛 (さいおんじ・くにもり)”
「今は大学で教えていらっしゃらないんですか?」
桐生の問いに西園寺が苦々しい表情を見せる。
「純粋に研究だけをさせてくれると言うのなら、ハーバードも悪い場所ではなかったんだが……学生の相手に時間を取られるのは拷問に等しい」
「その割に、よく女子寮に忍び込んでいらっしゃいましたよね?」
「あれは、マイクがどうしてもと言うから仕方なしに“教授”してやったんだ!」
「はいはい、分かりました……それで、今はこちらで何の研究を?」
「そうなんだ!この島には日本を、いや世界をひっくり返すような謎が眠っている!私は長年の研究の結果、求める答えがこの島にあると踏んだ。それで2年前からこの島に移住して調査を続けているんだが……何せ島の連中は閉鎖的でいかん」
遺跡の隙間からチラッと見える“立ち入り禁止”のサインに目を向けながら苦々しく続ける。
「この奥を見せてくれ、と何回お願いしたか分からない。答えはいつも“ノー”だ。いい加減、力づくで突破してやろうかと……」
西園寺の目が真理の手に握られている書類に留まった。
「御堂君、それはもしかして……?」
「え、ええ、禁止区域の、立ち入り許可証です……」
西園寺の目がキラリと光った。
◇◇◇
2025.8.22 午後/西園寺の家
「さあ、入ってくれ!」
西園寺に招かれ真理と桐生、戻ってきた初音の三人が西園寺家の玄関をくぐった。
「……お邪魔します……」
古民家の中は、SFに出てくるマッドな科学者のアジトそのものだった。得体の知れない機械が所狭しと空間を埋め、大型のタンクからは蒸気が噴き出している。
時計は大きなものから小さなものまで数知れず、なぜかおもちゃの機関車がレールをくるくる回っている。桐生が回転している鳥の模型を見ながら恐る恐る聞いた。
「あの……これ、考古学と何の関係が?」
「私の趣味だ!」
言い切る西園寺にガックリと脱力する。
「それで博士、見せたいものっていうのは?」
西園寺は広い部屋の中央に備えられたテーブルに三人を誘った。何かの図面や書類が山積みになっている。
「これがそうだ。私の研究では、七つの“門”は実在する。そしてその候補地がこれだ!」
西園寺が示す日本地図には七つの星印が赤いペンで記されていた。山梨、長野、和歌山、京都、島根、宮崎、そして沖縄。沖縄だけ星印の上に更に丸が付けられている。
「私の研究によると、七か所のうち沖縄だけが特異な性質を持っている。その鍵が“遺跡”にあると踏んでいた。そしてそれが今日、実証された!」
手を広げて天を仰ぐ西園寺を見ながら、三人は先程のことを思い出していた。
◇◇◇
2025.8.22 午後/照砂島の遺跡(立入禁止区域)
初めて立ち入る場所に、西園寺は興奮を隠せない様子だった。
「これは……素晴らしい!」
一般公開区域には無い装飾や、歴史を模ったと思われる壁面のレリーフ。西園寺はもちろん、真理も食い入るように調べている。
「御堂君見たまえ、この様式を!琉球王国の流れを汲みながらもどこか異国の象徴を感じさせる!」
「内壁に彩色画が眠っている可能性は高いですね。高松塚古墳のような……」
「やはりそう思うか?外壁と内壁の役割、そこに鎮座するであろう神の姿。一見日本的でありながら、古代エジプトにも通ずる!」
「ヒエログリフのようなものがあるかも知れませんね」
「あるとすればそれは“神聖な場所”だ。そこに“門”の結末を示す一文があるはず!」
「“門”?」
「ああ、今私が取り組んでいる研究のテーマだ。この国には七つの“神話の門”があり、その中でも沖縄の“門”が特殊な役割を担っている。そのヒントがこの遺跡のどこかにあるはずなんだ!」
三人に驚きの表情が走る。まさかこの変わった博士も、自分たちと同じものを追いかけている……?
遺跡の内部に入る。西園寺たちの予想通り、少しずつ壁画が姿を現した。かつては色鮮やかであったのだろう、渡来人のような服を着た人々の肖像が奥へと続く。最初は人の姿であったものが、やがて炎や光を纏う神の姿に様変わりしていく。
「あの、博士、さっき仰っていた“門”の事なのですが……」
西園寺が「しっ!」と真理を止める。突き当たりの石室、小さな祭壇の奥に何かの文字が刻まれている。西園寺は慎重に歩み寄り、そっと手でなぞるように文字を読む。
「……古代琉球の文字……いや、更に古い?」
メモに何か走り書きし、解読を続ける。西園寺の表情がパッと明るくなった。
「やった!やったぞ!ここが“その場所”だった!」
「何て書いてあるんですか?」
初音が恐る恐る尋ねた。西園寺は咳払いし、メモの文を読み上げる。
「……門を開きし稀他人 (まれびと)よ、その音色を神に捧げよ。さすれば地は天に至らん」
真理の胸の奥で、何かが反応した。




