第7話:シャンドラ
2025.8.9 夜/地下都市シャンドラ・テラス
城下町のどこかから賑やかな笑い声が聞こえてくる。対照的に張り詰めたテラスとはまるで別世界の出来事のようだ。
「ええっと、拒否権は無いのかな?」
インディーがおどけた表情を崩さず、両手を上げながらカヒムに尋ねた。
「無い。神聖なるアイオノスの名において、この国から出るなどという愚行を許すことは出来ん」
切先を青眼に構え、カヒムはゆっくりと歩み寄る。
「……そりゃあちょっと横暴じゃないか?」
一閃。インディーの頬に赤い筋が走る。
「客人殿には礼を尽くしてきた。この完全なる国を捨て、穢らわしい太陽と月に支配される国へ戻るなど正気の沙汰ではない。そんな事で、偉大なる国王の権威に傷をつける事はこの私が許さん」
「……国を出ることがそんなに悪い事なのか?」
「神聖なるアイオノスは太陽と月に支配される国を見限り、永遠の楽園を地底に求めた。選ばれた民による、争い無き理想郷。ここを去ると言うことは、則ち神聖なるアイオノスを、ひいては偉大なる国王を侮辱すると言うことだ!」
「それは、あなたの勝手な押し付けでしょう?」
カヒムの切先が真理を向く。
「太陽と月に穢された御身には分かるまい。本来立ち入ることすら忌み嫌われる御身らが、神聖なるアイオノスの慈悲により入国を許されたのだ。しかも御身らを我らが住まう城下に受け入れてやろう、と言う偉大なる国王の寛大な御心も知らず、のうのうと国を出たいとぬかす。偉大なる国王の御前でなければ、あの場で切り捨ててくれたわ!」
「さっきから聞いてると“お前らよりも自分たちの方が優れてる”って聞こえるけど。……それが本音か?」
インディーの方を向き直りながらカヒムがニヤリと口の端を歪めた。
「その通り。御身らのような出来損ないと我ら選ばれし民が同列であるなど考えるだけでもおぞましい。大人しくするならば、農奴としてそれなりに遇してやる。逆らうと言うのなら死ぬまで外を見る事もない、荒地の牢獄で家畜のように扱ってくれよう!」
「あー、それでスッキリした。見たく無いものには蓋をしてしまえ、と言う事か。理想郷が聞いて呆れる」
「何とでも言うが良い。それが御身の答えだな?ならば苔の光すら届かぬ牢獄で、永遠に御身の愚かさを呪うがいい!」
剣を振りかぶるカヒム。と、黒い筋が手元に伸びる。
「……?!」
いつの間に手に持ったのかインディーの鞭がカヒムの手を捉え、握っていた剣を弾き飛ばす。カヒムは“信じられない”といった顔でインディーと自分の手を見比べた。
インディーの鞭がうなり、鎧で覆われていない顔面をヒットする。カヒムが顔を抑え、苦悶の声を上げた。インディーが近付き、左手でカヒムの胸ぐらを掴む。
「じゃあな、世話になったぜ」
男臭い笑みと共に繰り出されたパンチがカヒムの顔面を捉え、金色の男は派手な音と共にひっくり返った。インディーは鞭を巻き取りながら、少し得意そうに薄い顔で真理と桐生にウインクする。
「……これだけは昔から得意だったんだ」
◇◇◇
2025.8.9 夜/地下都市シャンドラ・王宮
夜も更けて、国王の間にはレオクセスが一人、片肘をついて玉座で物憂げにしていた。正面のドアが開き、インディー、真理、桐生の三人が紅のカーペットを突き進んでくる。レオクセスの目に少しだけ興味の色が湧いた。
「……ここに来た、と言う事はカヒムはしくじったか」
「お待たせしてしまい申し訳ない、偉大なる国王様。“太陽と月の国”の下賎な民に、この国は少し息苦しい」
皮肉な笑顔を浮かべたインディーが、レオクセスに形ばかりの礼を取る。
「まあ良い、其方らが初めてという訳でもない。……ちなみにそこまで急いで立ち去ろうとする理由を余に教えてもらえぬか?」
「言ったろ、こいつのためだ」
インディーが白い帽子をレオクセスに見せつける。
「……後の二人の者は?」
「まあ、この国に入れた時点で目的は果たしたというか……」
「このままここで過ごすと、普通にダメ人間になりそうっすから」
真理と桐生の言葉に、レオクセスは少し興味の色を失ったようだった。
「……分かった。シャンドラを去る事を許そう。ついて参れ」
レオクセスは晩餐会の時と同じように気だるく立ち上がった。
◇◇◇
揺れる緑の炎。三人の異邦人が前に立ち、レオクセスが後ろから声をかける。
「では、これより儀式を行う。一人、“生贄”となる者を選べ」
「「「え?」」」
三人が驚愕した表情で振り向く。レオクセスの表情は変わらない。
「何を驚いている。神聖なるアイオノスのご加護を得るのに、供物が必要なのは分かりきった事であろう。“生命の湖”に身を投じる。たったそれだけの事だ」
レオクセスは無表情で炎が渦巻く断崖を指す。
「お前……何でこのタイミングまで黙ってた?」
桐生の怒気にもレオクセスは動じる様子がない。
「生まれた時よりそう言うものであるからな。気にした事もなかったわ」
「この野郎……!」
血が上った桐生の頭をポン、と触ったのはインディーだった。帽子の鍔を下げながら、諭すように桐生に告げる。
「勝負の時に熱くなるな。常に冷静に、状況を分析しろ」
「……」
「国王様、あんたを生贄にするって方法もあるんだが、どうだい?」
「余の他に儀式の秘術を知るものはおらん。その時点で其方らの道は閉ざされる」
「なるほど。じゃあ、代わりにあの忠実な金ピカを連れてくる、って手もあるぜ?」
「神聖なるアイオノスは自らの民を生贄としない」
「ま、そうでもなけりゃそんな無防備に俺達を招かないか……」
それに、力づくで抑えようとしても返り討ちに会うのはこちらだろう。拳銃を持っていたとしても、レオクセスに勝てるイメージが湧かない。
「何かを得たいなら、何かを手放さねばならぬ。これは其方らの国でも同じ事ではないのか?」
「こりゃ参った。……手詰まりだな」
インディーは真理と桐生に向き直ると、困った表情を見せた後黙って二人を抱きしめた。
「インディー?」
真理の問いに、目を閉じて静かに告げる。
「……誰かがしなきゃならない。なら、俺だよ」
「……!」
言葉とは裏腹に、体の震えが伝わってくる。
「この状況で神に身を捧げるなんて、冒険者冥利に尽きるぜ?これから先何年生きたとしても、今以上に俺を冒険者たらしめる機会が来るとは思えない」
「でも……」
ゆっくりと抱擁を解き、二人に目を合わせる。
「それに、お前たちをここへ連れて来たのは俺だ。だったら、最後までカッコつけさせてくれよ?……いい旅だった。ありがとう」
にっこり笑いながら、被っていた帽子を桐生の頭に乗せる。
「……これ、一回やってみたかったんだ」
「……少年インディーが、初めてハットを被るシーンね……」
泣きながら、真理は必死の笑顔を作る。
「……うまく帰れたら、“こんな奴もいたんだな”って記憶の片隅にでも思い出してくれ。それでいい……」
躊躇いのない足取りで、炎が舞う断崖に進むインディー。桐生が伏せていた顔を上げ、叫んだ。手にはツールナイフが握られている。
「桐生君?!」
真理の声を無視して、桐生が自分の腕に切りつける。何度も、何かを刻むように。
「インディー、俺は絶対、あんたの事を忘れない!俺の頭が忘れても、絶対思い出してみせる!」
掲げられた腕にはナイフで傷つけられた跡。血が滲むその傷跡は、はっきりとインディーの目に映った。
“INDY”
桐生と真理に最後の笑みを返し、インディーは断崖の淵に立った。ポケットからこぼれ落ちた白い帽子が、あの時と同じようにヒラヒラと舞い落ちていく。
「……今度は、俺も一緒だ」
インディーが飛び降り、一際巨大な炎が立ち上った。祭壇の炎は呼応するように膨れ上がり、叫ぶ真理と桐生を包み込む。
一瞬の後、レオクセスを残して炎は何事もなかったかのように元の静けさを取り戻していた。レオクセスはつまらなさそうな表情を一瞬見せ、宮殿へと戻っていった。




