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【完結】REZON ー神話を解くものー  作者: 壇 瑠維
第1部 第6章 富士

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第5話:理想郷

2025.8.9 早朝/地下都市シャンドラ・山の中腹


 夜が、明け始めていた。


 真理たちが立っているのは都市の外れにある山の中腹。“門”は衝撃の後、元からそこには無かったかのようにただの岩肌が延々と山頂に続いていた。


 眼下に広がるのは都市というよりも“国”。遥か彼方の山脈は朧げに姿を見せ、建物がひしめく市街地とそれを繋ぐように広がる農園地帯がどこまでも続いている。


 天井は高く、雲の向こう側にうっすらとした明かりが灯り始めている。光苔の一種なのだろうか。それは徐々に明るさを増し、その様はまるで夜が開けていく朝そのものだった。


「これが……シャンドラ……」


 インディーが彼方を見つめたまま、感慨深げに呟く。真理と桐生もそのスケールと存在感に圧倒されていた。

 と、真理のスマホがブルっと震える。SOPHIAからのメッセージだ。


「そうだ!SOPHIA!」


 真理は慌ててバッグからノートPCを取り出し、ディスプレイを開く。先ほどの崩れたメッセージは消え、再起動が始まっていた。


「良かった、復旧するみたい」


 SOPHIAのロゴが表示され、何事かが高速で処理されていく。起動したSOPHIAは、前と少し様相が異なっているようだった。


 [MODULE: SOPHIA/REZON]

 [STATUS: STABLE]

 [SIGNAL: 18 Hz COMPLETED]

 [PHASE: SHIFT +0.000001]

 [GATE STATUS: 6/7 ACTIVE]

 [黄泉の試練を超え、深き闇は開かれた]


 [MODULE: LEXICON]

 [TRANSLATION: 89% UNKNOWN]

 [MESSAGE: 未知の言語を解析中。このままじゃどうにもならないから、とりあえず二人にもイヤホンはつけるようにしておいて]


「桐生君、イヤホン!」


 真理が桐生のバッグを指す。外人が“冒険者”であった場合に備え、翻訳機能が搭載されたイヤホンを数セット準備していた。


「りょ、了解っす!」


 桐生はバッグからイヤホンを取り出し、自分とインディーの耳につける。


「言語の解析はSOPHIAがオンタイムで行ってるから、適宜フィードバックをくれるそうよ」


「そうか、ここ日本じゃないんだな……」


 インディーがイヤホンを触りながら誰にともなく呟く。


「とりあえず、街を目指しましょうか」


 彼らが立っている場所から街までは、少々時間がかかりそうだった。



◇◇◇



2025.8.9 朝/地下都市シャンドラ・郊外


 真理たちの行く手に、光る一団が姿を現した。槍を構えた兵士を先頭に、輝く鎧に身を纏った騎馬隊が続き、その背後には豪奢な馬車が続く。まるで中世の騎士団だ。


 一行は真理たちの姿を確認すると歩を止め、兜に付けられた赤い羽飾りも美しい一人の騎兵が進み出た。金色の鎧に赤いマント。他の兵士の様子から、どうやらこの男が騎士団のトップらしい。男は近付くと、爽やかな笑顔で訪ねた。


「***が、“太陽と月の国”から***方々ですか?」


「太陽と月……って地上の事?」


 真理が聞き返すが、男は分からない、といった表情を見せる。


「あ、そうか。向こうには何言ってるのか分からないのよね……」


 真理は桐生からイヤホンを受け取り、ジェスチャーで耳につけるよう促す。男は不思議そうな顔でそれを眺めていたが、右の耳に差し込んだ。


「……私の言っている事が、分かりますか?」


 真理が問いかけると、男は驚いたように自分の耳を見やった。


「これは驚***!あなたはこの国の***が分かるのですか?」


「いえ、これはお互いの言葉を分かるようにしてくれる道具で……私が話せるわけではありません」


「何と!“太陽と月の国”には***があるのですね!」


「どこにでも、という訳ではないかもしれませんが」


 真理がそっとイヤホンに手を当てる。


「これは、是非***国王に***しなくてはなりませんな」


 男が少し悪戯っぽい表情をした。


「申し遅れました、私はササンが息子、神聖なるアイオノスの***にしてシャンドラ国王の近衛隊長を務めるカヒムと申します」


「私は“太陽と月の国”から参りました、御堂真理と申します。こちらは桐生と、インディー」


「桐生です」


「インディーだ。よろしく頼む!」


 カヒムは会釈し、後ろの馬車を見やった。


「偉大なる国王より、客人をお連れしろとの***を受けております。どうかあちらの馬車にお乗り頂けますか?」


 三人は顔を見合わせ、同時に頷いた。


「「「是非!」」」



◇◇◇



 馬車は郊外から街の外れに差し掛かった。窓から見える景色に、インディーが感心したような声を出す。


「……すごいな。石造りの建物もあるが、岩山をくり抜いたような街並みが素晴らしい。カッパドキアを彷彿とさせるな……」


「インディー、トルコ行った事あるんすか?」


「昔、な。シリアに向かう途中で立ち寄った」


「シリアって、何かありましたっけ?」


「“聖地”がある」


 インディーと桐生の会話に真理が割って入った。


「“最後の聖戦”のロケ地ですよね?確か、“ペトラ遺跡”!」


「その通りだ。夕日に向かって馬を走らせた時、俺はもう死んでもいいと思った」


「ロマンですよねえ……」


「ふーん……」


 映画は見ているが、さほど思い入れのない桐生は少し取り残されていた。馬車の側に寄ってきたカヒムが中に声をかける。


「客人殿、見えて参りました。間も無く王宮です」


 市街地の建物とは毛色の異なる、一つの山をそのまま建物にしたような巨大な城が見えてきた。意匠は中東のそれに近い気もするが、所々西洋や東洋のテイストも散見される。


 乳白色の重厚な石を削って作られた城門を超え、馬車と騎馬隊は王宮に吸い込まれていった。



◇◇◇



2025.8.9 午前/地下都市シャンドラ・王宮



 通された広間は、スケールが違った。先日訪れた竜宮城も中々のものであったが、それとはまた違う質の豪華さ。


 教会かと思うほど高い天井から吊り下がっているシャンデリアには純金とダイヤモンドがふんだんに使われ、壁面は白亜の大理石の至る所に緻密な模様が施されたカーペットのような布が品良く配置されている。


 窓ガラスも一つ一つが大きく、飾られているのはルビーやサファイアが輝く造花。中央には真紅の絨毯が道を作り、壇上の玉座へと続いている。


 左右には教会のような、しかし見事な細工で出来た木のベンチが並び、何十人という着飾った人々が穏やかな表情で客人一行を眺めている。


 カヒムに先導され、真理たちは玉座の前に跪いて王の到来を待った。御触れの声が響き、場の空気が一変する。玉座の脇にあるアーチ型の通路から、王が姿を現した。


 王は、その存在が既に芸術だった。


 浅黒くしなやかな体は均整の取れた筋肉で覆われ、上半身を覆っているのは布ではなく首飾りや腕輪、それに大きさは控えめだが大量に埋め込まれたピアス。


 頭髪は無く、くっきりとした眉と長いまつ毛が神話の住人を思わせる。髭はなく、鋭い眼光から20代ぐらいにも見える。


 ゆったりとしたズボンに軽く腰布を巻き、緻密な細工が反射する黄金のチェーンが歩くたびにシャラシャラと揺れる。靴は履いていないが、それはこの王の威厳を少しも損なうものではなかった。


 王は着座し、頬杖をつきながら物憂げにカヒムを招いた。カヒムは恐縮しながら近づき、真理から受け取ったイヤホンの説明をしている。理解した王はイヤホンを耳に入れ、低く透き通った声で訪ねた。


「“太陽と月の国”から参った客人たちよ。神聖なるアイオノスを祖とするムバラクの子孫、ソロスの息子であり、永遠の都市シャンドラを統べる王であるレオクセスが歓迎する」


 両側から王を讃える歓声が上がる。レオクセスが観衆を制し、言葉を続ける。


「余の国に至るものは、その資質を認められ交わる運命を持つ者のみ。神聖なるアイオノスの神託により、其方らが来ることは存じておった。太陽と月の国の話など聞いてみたいものだ」


 “何と寛大な!”ざわめきがさざ波のように広がる。


「晩餐の場を設けよう。闇が訪れる頃、再び参るが良い。それまではカヒムに城下を巡らせる」


 言い残すと、レオクセスは優雅に身を翻し元来た通路へと姿を消した。会場の空気がホッと弛緩する。カヒムが笑顔で近寄ってきた。


「偉大なる国王の仰せです。シャンドラをご案内いたします」


 三人は、自分たちが一言も発していなかったことに気がついた。



◇◇◇



2025.8.9 午後/地下都市シャンドラ・城下町



 案内された部屋は、圧巻だった。


 街を見下ろす高台にあり、広々としたテラスには澄んだ水が波打つプール。部屋は岩をくり抜いたような構造で、そのままの洞窟っぽいイメージを残す部屋もあれば、一面磨き上げられた大理石で組まれた部屋もある。


 共通するのは色鮮やかな織物で、ベッドからカーテンに至るまでこれでもか、と豪華に空間を彩っている。


「お荷物を置かれましたら、城下をご案内しましょう」


 カヒムに連れられ、一行は馬車で道を下る。


「あれ、気球っすか?」


 桐生が馬車の窓から指し示す空には、ゆったりと気球が舞い上がっている。


「あれは空でティータイムを楽しむ方々が乗っています。今からどんどん増えますよ」


 カヒムの言葉を裏付けるように、そこかしこからカラフルな気球が舞い上がる。


「よろしければ、ご客人も後で乗ってみますか?」


 三人の回答は言わずもがな、だった。


 城下町は人で賑わい、往来はお祭りのような雰囲気だ。インディーが懐かしそうにそれを眺めている。真理が目ざとく屋台で売っているキラキラした飲み物を見つけ、カヒムにあれは何かと尋ねる。


「フレッシュダイヤですね。この国で一番美味しい飲み物、と言っても過言ではありません」


「フレッシュダイヤ?」


「はい、とれたてのダイヤを絞ったものです。絞った後は装飾品に使ったりするのですが……“太陽と月の国”には無いのですか?」


「いや、そもそもダイヤが飲み物だっていう概念がありません……」


 真理が申し訳なさそうに答える。


「そうですか。では、サファイアやルビーの実も召されたことが無いのですか?」


「すいません、どっちも食べ物のイメージじゃないです……」


「なるほど。では、是非召し上がってください。シャンドラに来てこれを飲まないなんて、アイオノスの神もお許しになりません」


 カヒムは悪戯っぽく笑い、屋台の売り子に何事か告げた後、鮮やかな石でできたトレーにグラスを幾つか乗せて帰ってきた。


「お客人、こちらからフレッシュダイヤのジュース、サファイアのアイス、冷やしたルビーの実です。種は歯が砕けるので、絶対噛まないでくださいね」


 真理がまずフレッシュダイヤを口にする。


「これ……凄い!今まで飲んだ何より圧倒的に美味しい!」


 続いて桐生がサファイアのアイスに口をつける。


「うわ、何だこの口どけ……フワッと溶けるような軽さなのに、感動的な味がいつまでも残る……!」


 インディーもルビーの実を一つ口にする。


「これは……極上の苺を更に洗練させたような味わい。ルビーに対する見方が変わるな……」


 吐き出した種はそのまま王侯貴族の指輪に嵌っていそうな大粒のルビーだった。


「晩餐会では、更に美味しい料理が出てきますよ。期待してください!」


 誰もカヒムの言葉を疑わなかった。



◇◇◇



 城下町を満喫し、今三人は上空をゆらゆらと飛行する気球の上にいた。火山岩で淹れたコーヒーが力強く、鮮烈な香りを放ちながら湯気を立てている。気球の縁にもたれかかりながら流れる街を眺め、真理が夢心地で呟く。


「……こんな夢のような世界があるなんて……」


 桐生も同感の意を示す。


「いつまでもここにいたい、って思っちゃいますね」


 カヒムが二人の呟きに答える。


「シャンドラに至るものは少なく、去る者は更に少ない」


「……ほとんどの人が残る、って事?」


「ええ。“太陽と月の国”の方々にとってここは、いわゆる“理想郷”と呼ばれているそうですから。ここにいれば、神聖なるアイオノスが全ての厄災・外敵から我々を守ってくださいます。肥沃な大地は絶えず恵をもたらし、清らかな水は枯れることを知りません」


「それでも帰る奴はいるんだろ?」


 インディーの言葉にカヒムは笑みを崩さず答える。


「シャンドラに至るものは少なく、去る者は更に少ない。これがこの国の、古からの定めです」


「へいへい」


 帽子を目深に被り、表情を隠すインディー。空は徐々に暗くなり、晩餐の時間が近付いていることを告げていた。



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