第4話:三人寄れば文殊の知恵
2025.8.8 午後/富士・鳴沢氷穴の近く
人目を避けるように、樹海の中を蠢く三つの影。周りを気にしながら、進んでは止まり、止まっては進んでいる。先行したインディーが手を振り、真理と桐生が続く。
「……この場所は、あまり知られたくないんだ」
木の根が密集する所にインディーが滑り込む。パッと見ただけではそこに空間があるようには見えない。真理と桐生も続いた。中は天然の火山岩で作られたドームのようになっており、所々日の光が差し込んでいる。
「こんな場所、どうやって見つけたんすか?」
桐生の問いにインディーがニヒルな表情で答える。
「……この辺りをうろうろしてたら、足を滑らせてな……」
聞かなきゃ良かった。
「ま、お陰さんで思いもよらないものを見つける事になったんだが」
「思いもよらないもの?」
「さっき話した“シャンドラ”への入り口と思わしきものだ。俺は、その場所が“地獄の竪穴”とも繋がっていると考える」
真理の問いに答えながらペンシルライトを取り出し、ドームの奥を照らす。
「その“入り口”には何があるんすか?人の煩悩を刺激して進めなくするような罠とか……」
桐生が“常闇の壁”の試練を思い出し、ちょっとブルーな気分になる。
「いや、面白いアイデアだがそんなものじゃない。物理的な“門”がある」
「洞穴の奥に、人工物が?」
「そうだ。で、何回か開けようとしたんだが、どうにも一人では開ける事が出来ないようでな。それで、信用できる人間を探し続けていた」
「初めから言ってくだされば良かったのに……」
「言ったろ、これは“聞くための準備”が出来ている人間にしか話せない。なぜ俺がそう思ったのか、実際見てみりゃ分かるよ」
話すうちにも道はどんどん下り、冷気がまとわり付いてくる。インディーは何回か立ち止まり、バッグから取り出した地図と照合しながら慎重に進んで行く。実際、ここまで何箇所かの分岐があり、準備がなければ遭難してもおかしくなかった。
言葉数は徐々に減り、時間の感覚も失われる中で黙々と道を下り続ける。
◇◇◇
どれぐらいの時間、距離だっただろうか。永遠にも思えるし、ついさっき歩き始めたような気もする。不意にインディーが立ち止まり、久しぶりの言葉を発した。
「……着いた。ここだ」
ペンシルライトが照らす先、霜に覆われた巨大な鉄の扉が現れた。手前には何かに使うのか石造りの祭壇が置かれており、その上に2体の像が乗っている。像は一般的な達磨と同じぐらいのサイズで、かろうじて片手で持つことが出来そうに見える。
だが見つめていると時折門も、祭壇もゆっくりと呼吸をするかのように、その存在を不確かなものに思わせるような“揺らぎ”を見せていた。
「これは……本当に、目の前にあるの?」
真理の言葉をインディーが肯定する。
「今は、ある。それは俺たちが、本当にこの先を目指しているからだ。そうじゃない、この場所を見せ物にしようなんて輩が来た途端、消えちまうと俺は思うね」
冷気をまとった硬質な存在でありながら、砂漠の蜃気楼のようにも見える。真理と桐生は恐らくインディーの言う通りなのだろうと直感した。
「で、こっからだ。あの像を使え、ってのは分かるがその先が見えてない。手が二本じゃ、出来ることも限られてたしな」
インディーが祭壇に進み寄る。真理と桐生は両側から覗くように二つの像を見つめた。
「両面宿儺 (りょうめんすくな)……」
真理の口から呟きが漏れる。荒々しい彫りでピカソの抽象画を思わせるような造形。二つの顔に四本の手を持つ像が、向かい合わせに鎮座している。
「門に、何か書かれている」
真理の視線の先には凍りついた門扉。その奥に、何かの文字が書かれているようだ。インディーに促され、表面の霜を払う。そこには見覚えのある文章が刻まれていた。
“天が地となり、地が天となる時門は開く”
「先生!」
桐生が何かに気付いたようだ。さらに続く一文が、下の方に小さく刻まれていた。
“全てを、あるべき場所に”
振り返ると、“謎を解いてみろ”と言わんばかりの両面宿儺がこちらを値踏みしているようだった。
◇◇◇
2025.8.8 深夜/富士・地底の門
「まず、ベタに二つの像を門に向けてみる」
インディーが像の向きを変えるが、何も起こらない。
「今度は互い違いだ」
一方が門を、他方が反対を向くように置く。
「……変わらない。じゃあ、両方反対を向かせる」
やはり、門は押し黙ったまま。真理が、スマホが一瞬震えた事に気付いた。
「……電波もないのに……SOPHIA?」
SOPHIAからのメッセージは今回も単純明瞭だった。
[私にも見せてちょうだい]
真理はバッグを開き、SOPHIAの本体が入っているノートパソコンを取り出す。ついでに“コトノハノ鏡”も出しておく。
SOPHIAを起動し、内部カメラが見えるようにぐるりと一周させ、“門”に向けた状態で構える。今、SOPHIAの目は祭壇と門を同時に捉えている。しばし考えた後、スクリーンにメッセージが表示された。
[MODULE: SOPHIA/REZON]
[STATUS: UnSTAblE]
[SIGnAL: nEED 18hZ]
[reQuIre: mirROR]
[Meっせーge: 異形のreYOU]
「SOPHIA?」
形式は崩れていないが、表示が明らかに狂い始めている。呼びかけるが一切のキーを受け付けず、内部で何らかの高速処理が行われている振動だけが伝わってくる。
「……先生?」
「地磁気の影響かもしれない……私はここでSOPHIAを見てるから、インディーと桐生君は像と門を、もう一度調べてくれない?」
「分かった。じゃあ、まず門から調べよう!」
「了解っす!」
インディーと桐生が門に走り、隅々まで目を走らせる。その間も真理はSOPHIAのリカバリーを探るが、依然有効な手立てはない。と、桐生が何かを見付けたようだ。
「インディー、これ見て!」
岩の影に巧みに隠されているが、それは紛れもなく“台座”だった。
「そっちにもない?」
インディーが反対側に走り、同じところを丹念に調べる。岩の一部がスライドし、先ほど見つけたのと同じ台座が出現した。
「……二体の像に、二箇所の台座。やるべきことは一つだな……」
二人は祭壇からそれぞれ像を手に取り、台座に乗せる。
「この台座、動くようになってますね。奥の方へ……あれ?何か引っかかる」
「こっちもだ。……奥に窪みがある。待てよ。ひょっとして像が噛み合う向きがある?」
くるくると回してみたり上下を逆さにしたりするが、どうにもうまくいかない。
「そもそも、左右に置く像があべこべになってるとか?」
「それだ!」
インディーと桐生は像を入れ替え、窪みの形を見ながら角度を調整する。像の半分ほどが押し込まれ、何かが外れる音と共に扉から二本の取手のようなものが突き出てきた。
「異形である理由、っすか」
「これを向こうに押せって事かな?」
二人は頷き、同時に取っ手を掴んで扉を向こう側に押す。扉はびくともしない。
「……“コトノハノ鏡”、掲げてみましょうか?」
真理の声にそれもそうだ、と二人は一旦手を緩める。真理が“門”に向かい“コトノハノ鏡”を掲げた。見た目に何の変換も起こったようには見えない。扉は依然としてびくともしない。
「……何か、重要なものが欠けてるんだ……」
インディーが息を切らしながら無言の扉を見つめる。
「……気になってるんすけど、その祭壇って何に使うんすかね?」
真理もそれは気になっていた。わざわざこんなものを置くからには、相応の理由があるのだろう。ふと、SOPHIAのメッセージが頭をよぎる。
[Meっせーge: 異形のreYOU]
確かに不揃いな像を正しい場所に使うことで、一つの仕掛けは解けた。でも、それだけだろうか?あの抽象画のような形自体に意味があるとしたら?
突然、一つのアイデアが真理の脳を刺激する。まさか、そんな事が……でも、そうであればこの祭壇も説明がつく。
「インディー、桐生君、台座の“像”は取り外せそうかしら?」
「これを?まあ、埋まってる訳じゃないし……」
インディーが像を掴むと、さしたる抵抗もなくそれは壁から引き抜くことが出来た。
「こっちも、外れました!」
桐生が像を掲げながら叫ぶ。
「……ここまでは予想通りね。二人とも、その像をこっちに持ってきてもらってもいい?」
二人は何の事か分からない表情を浮かべながらも、持ってきた像を元からあったように祭壇の上に置いた。真理はそのうちの一つを手に取り、上から下まで丹念に調べている。
「……先生、何してんの?」
尚も調べ続ける真理。ようやく、目当てのものを見付けたようだ。
「“異形の理由”を見付けたわ」
「それは、さっきの台座の事じゃなくてか?」
インディーも戸惑った表情を隠せない。
「それは正解の一つ。もう一つは、ここに隠されている」
像の足元、長細く溝が切られている部分を引っ張る。と、像が崩れるように分解した。もう一方の像も、首元の細長い切れ込みを引っ張ると同じように崩れ去った。
「さあ、立体パズルの時間よ。この神様を、“本来の姿”に戻してあげましょう!」
◇◇◇
2025.8.8 深夜/富士・地底の門
祭壇では依然像の“修復作業”が続いていた。
バラバラになった像を組み上げようとするが、一部が出来上がると別の部分が破綻する。中には捻りながらでないと噛み合わない、という作業者泣かせのパーツも少なからず存在した。
「……まるっと“組み木”っすね……」
桐生が言い得て妙な言葉を呟いた。これは正しく、精巧に設計された“組み木”に他ならない。
どれぐらい時間が経っただろう。絶望的な時間を乗り越え、三人の眼前には三面六臂の神の化身、“阿修羅像”がその姿を現していた。
「……まさか、一体の像が二つに分離してたとは……」
「この造形考えた奴、絶対頭おかしいっすよ。一体なら阿修羅、二体なら両面宿儺。どっちも成立するようになってるなんて……」
インディーと桐生が達成感に満ちた表情で像を眺める。
「いい頭の体操になったわ。で、本番はこれから。この阿修羅像を台座の中央に置いてみて」
インディーが、両手の指をそれぞれ擦るような仕草で慎重に阿修羅像に近寄る。
「……そのシーン、再現したいの分かるっすけど……」
真理が首を振りながら桐生の肩に手を置く。
「……ロマンよ。察してあげて……」
インディーはゆっくりと像を持ち上げ、台座の中央にそっと置く。広がるのは満面の笑み。まるで、あの名シーンのように。台座がわずかに沈み、カチリと音がする。
「……そう言えば映画だと、この直後にパニックになるんじゃなかったでしたっけ?」
桐生が言い終わるか終わらないかのタイミングで、洞窟を震わせる轟音と地響きが沸き起こった。上の方から、何かが転がってくるような鈍いゴロゴロという音がする。
「これは……有名すぎる“あれ”!」
「早く“門”を開けないと、“あれ”がぶつかったら使えなくなるかもしれない!」
「よし、俺たちは扉のところへ!御堂さんは、“鏡”を掲げてくれ!」
「りょ、了解!」
インディーと桐生が扉に取り付き、真理が“コトノハノ鏡”を掲げる。
−来た。
全ての条件が出揃い、同時に発生した18ヘルツの奔流。体が揺れているのは“声なき声”なのか、迫り来る“あれ”の振動なのか。
“門”が金色に輝き、表面の霜は牡丹の花が高速で開くような波紋を浮かび上がらせる。澄んだ鐘の音が、どこかで響いた。インディーと桐生が力を込め、扉を押す。扉はゆっくりと、内側に向かって開き始める。
「先生、急いで!」
桐生の声に真理は“コトノハノ鏡”とSOPHIAを手早くバッグにしまい、開いた門の隙間から飛び込む。背後に迫り来る、“あれ”の気配。
「飛び込め!」
インディーの声がして、桐生が、続いてインディーが門の内側へ飛び込む。振り返った真理が見たのは、門を遥かに超える大きな影がまさに激突する瞬間だった。




