第10話:7月27日
2025.7.27 竜宮城/宴会場
真理たちの行く手に、薙刀を持った兵士が現れた。この状況でいち早く立て直すところはさすが、と言うべきか。
真理と桐生も薙刀を構え、ジリジリと向かい会う。実践どころか訓練も受けていない二人にとって、この状況は圧倒的に不利だ。桐生の額からツーと汗が滴る。
と、京極が扇子を口元に当てながら優雅に進み出た。相手の兵士達はもちろん、真理と桐生も呆気に取られる。京極はそれを気にする風でもなく、優雅かつ和かに語りかけた。
「……まあまあ、別嬪さんが揃って何を危ないもん振り回してはんの?勿体無いわあ。あんたらにはそんなもんより、花の一本も持たはった方が映えますえ?」
甘い言葉と共に流し目が炸裂する。免疫のない兵士達は真っ赤になり、ヘナヘナとその場に崩れ落ちた。
「……女子高あるあるやわ。男子に免疫無さすぎて、コロッと騙されてまう……」
恵が辛辣に現状を分析した。
「ほっほっほ、おぼこい女子さんや、相手にもなりませんわ。うちの“流し目”、舐めとったらあきまへんえ!」
自分で言うか、と呆れる三人を尻目に京極の目が輝く。
「せっかくやから、何か名前つけたげましょか。そうやなあ、“恋獄の魔眼 (れんごくのまがん)”にしまひょか」
「お前も厨二病かあっ!」
桐生のツッコミを軽く受け流し、京極が先陣を切る。
「恋獄の魔眼!」
バタバタバタ。
「恋獄の魔眼!」
バタバタバタ。
「恋獄の魔眼―――っ!」
バタバタバタバタバタバタ……バタン。
「……何か、これ持ってんのバカらしくなってきたわね」
「そうっすね。地味に重いし」
真理と桐生は薙刀をポイと放り投げ、恵を守りながら京極に続く。
宴会場からホールを抜け、四人は外に飛び出した。残されたのは無駄に桃色の阿鼻叫喚。まさに“恋獄”がそこにあった。
◇◇◇
長い廊下に出ると、そこに人影は無かった。四人は“門”を目指し、全力で駆け続ける。
「……これ、このまま永遠に出られない、ってオチじゃないっすよね」
不安を誤魔化そうとする桐生の軽口が、逆に事の深刻さを物語っていた。真理がスマホの表示を見る。カウントダウンは進み、残りは5分を切っていた。
「……まずいわね。もう、時間がない!」
「出られない、って事?」
恵が心配そうな顔で尋ねる。
「ははは、ここまでは順調だったんだけどね……」
真理の表情からも余裕が消えつつある。あと4分。
「そんな……ここまで来て……嫌やー!出してー!」
恵の駄々が通じたのか、永遠に続くと思われた回廊の先に光が見えてきた。
「あれは……“門”!良かった、間に合う!」
残り3分。遂に、“門”に辿り着いた。
「ギリギリセーフ、ってとこですね」
「余裕があるわけじゃないから、サッサと戻りましょう!」
「りょ!」
真理が門をくぐろうとした時、見えない“壁”に跳ね返された。
「え?……何で?」
桐生も、京極も跳ね返される。と、SOPHIAのからメッセージが表示される。
[Required: Princess’s Order]
「乙姫様の命令?嘘だろ?このタイミングで?」
桐生が絶望的な目で表示に悪態をつき、京極はへたりこんでしまう。その間も刻々と、カウントダウンは時を刻む。恵があの〜、と控えめに手を挙げた。
「これって、“乙姫様の命令が必要”、って事ですよね?」
「そう。だけど乙姫……月詠様はここにいらっしゃらない……」
真理もさすがに観念したのか、その表情は重い。
「私、乙姫様(見習い)なんで、ひょっとしたら行けるんじゃないかなあ、って」
三人の血走った視線が恵に集中する。
「ちょ、怖いです……コホン、それじゃ、言ってみますね」
恵が“壁”に手を当て、目を瞑りながら告げる。
「“乙姫”が命ずる。“門”よ、開け!」
恵の声に合わせ、“壁”は光の粒となって散り、跡形もなく消え去った。
「出来ました!」
恵の声に力を取り戻した三人。まず京極が、次いで真理、桐生と“現世”に戻る。あとは恵だけ、と桐生が後ろを振り返ると恵は俯いたままじっとしている。カウントダウンの数字は、既に1分を切ってる。
「恵ちゃん、どうした?早く帰ろう」
差し出された桐生の手を払いのける。泣いているようだ。
「恵さん……?」
真理も呼びかけるが、恵は動かない。そして、泣きながら言葉を搾り出した。
「ごめんなさい……やっぱり私、そっちには行けません」
「どうして……!?」
「月詠様が言ってましたよね。私、ここの食べ物食べちゃったから……だから、私だけいつまでも歳を取れない……みんなが歳をとっていく中で、私だけがいつまでも変わらないなんて、耐えられない……」
両手で顔を覆い、泣きじゃくる。
「……だから私、ここに残ります……皆さんの事は、いつまでも忘れません。真理さん、桐生さん、今まで本当にお世話になりました……お父ちゃんとお母ちゃんに、よろしくお伝えください……」
何か言いかける真理。が、思いもしない事態が起こった。
何の躊躇いもなく、“門”を飛び越える桐生。
「桐生君!?」
真理の叫びに恵が顔を上げると、目の前に桐生が立っていた。
「……桐生さん、何してるんですか?早く戻らないと!」
桐生は恵の言葉を無視し、そのまま腕を掴む。びっくりした顔の恵に、桐生は強く、静かに訴えかけた。
「……恵ちゃん、心配いらない。どんな事があっても絶対、君の事を元に戻してみせるから……俺を信じてくれ!」
真摯に、見つめる眼差し。残り時間は5秒を切った。
恵は躊躇っていたが桐生の目を見返し、涙で濡れた顔に笑みを湛える。
「……知らんで……」
恵は桐生に抱きつくように、一緒に“門”をくぐった。直後、“門”は突如その光を失い、光の粒となって消え去った。
社の篝火は既に消え、東の空には朝日が昇ろうとしていた。
◇◇◇
2025.7.27 5:35/竜宮庵・竜宮の間
ベッドでは変わらず安らかな寝息を立てて眠り続ける恵。心なしかその口元が綻んでいるように見える。
玄関の鍵が開く音がして、ドタドタと駆け込んでくる足音。洋室を抜け、寝室のドアが開く。
「恵ちゃん!」
「恵さん!」
真理と桐生の声が響く。恵は尚も眠り続けている。
「恵さん、起きて!」
真理が恵を揺さぶり、必死の形相で訴えかける。恵の目は閉じられたまま。
「そんな……さっきは、あんなに……」
◇◇◇
竜宮城から“門”を抜け、転がり込むように戻ってきた桐生と恵。その瞬間、恵の体は発光し、急速に姿が薄れていく。
「……もう、起きる時間が来たみたい。またね」
にっこりと笑い、そのまま何処かへと消え去った。
呆然とする桐生。真理は竹林の向こう側に目を向ける。
「起きる……恵さんが、起きる!」
真理の言葉に弾かれるように駆け出す二人。京極はやれやれ、と言う顔で見送り社を振り返る。自分が、祖先達が人知れず祀ってきた小さな建物。月詠の紋が刻まれたこの場所を、これからも変わらず守り続けよう。美しい女神に、静かな祈りを捧げた。
と、中央に鎮座する1台のノートパソコンが目に入った。心なしか、置いて行かれたことに怒りを感じているようにも見える。
「……しゃあない人らやなあ……」
京極はSOPHIAを優しく持ち上げ、二人の後を追った。
◇◇◇
「……恵さん、起きて……」
力なく語りかける真理。と、恵の目がパチっと開いた。ガバッと起き上がり、満面の笑みが炸裂する。
「おはようございます!」
呆気に取られる真理と桐生。
「お忘れもんでっせ」
いつの間にか背後に立っていた京極が苦笑いしながらノートPCを差し出す。
「SOPHIA……でもどこに、って、忘れてた!」
「……えらい怒ってはるみたいどす」
開かれたスクリーンにはただ一言、見間違いようのないメッセージが表示されていた。
[私を忘れるなんて、いい度胸してるわね]
「うわ……怒ってる」
「めっちゃSOPHIAですね……先生、ご愁傷様」
桐生がちーん、と真理の冥福を祈る。
「……私のことも、忘れてません?」
不満げな声に振り返ると、恵が拗ねたような顔でこちらを見つめている。
「恵さん、違うの、これは……いっぺんに色んな事がありすぎて」
恵は笑顔に戻ると、可笑しくて仕方ない、と言う感じで喋り始めた。
「ごめんなさい、本当は少し前に目が覚めてたんですけど、SOPHIAさんから待ったがかかりまして」
「どゆこと?」
桐生に向きなおり、恵が続ける。
「“門”を抜けて、夢の世界からこっちに帰ってきたんですけど、起きようと思った瞬間SOPHIAさんの声がして。初めて聞く声なんですけど、すぐにそうだ、って分かりました。で、“私の事を放ったらかしにした不届者が二匹そっちにいくけど、私が行くまでは絶対起きないように”って。もう、笑いを堪えるのが大変で大変で」
本当に面白かったのだろう。笑いすぎて涙が溢れそうになっている。真理は対照的にこの世の終わりみたいなオーラを纏い、桐生はご愁傷様、と手を合わせている。
「大丈夫そうやね。ほな、うちはこれで」
寝室を去ろうとする京極に、恵が声をかけた。
「京極さん、なんだかんだ言いながら助けていただいて、本当にありがとうございました!」
京極は口の端を少し上げ、優雅に会釈をしてから出て行った。
「さて、積もる話はいっぱいあるけど……」
「とりあえず、お腹が空きました!」
恵の提案に全員が賛同した。漂ってくる朝食の香りは、今までで一番素敵な朝がやって来る事を伝えていた。




