第3話:第一夜
2025.7.24 夜明け前/竜宮庵・竜宮の間
夢を見ていた。
ここは……山の中?でも、海の音が聞こえる。
玉砂利の上に、大きな輪っかのようなものと、それを挟んで向かい合う男女の像。奥に小さな本殿。鳥居の前ではためいている幟 (のぼり)の文字が見える。
“浦嶋神社”
ここに、探している答えがある。それは直感と言うよりも、確信だった。
場面が変わり、目の前には白装束の男性。大黒天を思わせる恰幅の良さ。向かい合い、何かを語りかけている。声は聞こえない。しかし、核心に迫る情報だという事は分かる。声を聞こうとするが、どうしても聞こえない。そして場面は変わり……
場面が溶け込むように消え、ゆっくりと目が覚めた。目の前には柔らかな間接照明に照らされた天井。カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。
「おはようございます!」
意識を覚醒させる元気な声。恵も起きたところのようで、ベッドから上半身を起こしてこちらに笑いかけている。
「……おはよう、恵さん」
真理はゆっくり起き上がり、夢の内容を反芻する。まるで体験した記憶のように、鮮明に映像が甦る。
「何か面白い夢見れました?私は特に見なかったんですけど」
「……見た、と言うより“見せられた”ような……はっきりしすぎてて、逆に現実味がないの」
「え、どんな夢ですか?」
「ある場所で何かが起こってる夢。ちょっと頭の中を整理したいから、朝食の後桐生君も一緒の時にお話ししてもいい?」
「いいですよ!じゃあ、ささっと支度しましょうか?」
「そうね。先にシャワー使わせてもらってもいい?」
「了解です!」
カーテンの向こうでは、見事な竹林が朝日を浴びて輝いている。これが予知夢だとしたら……真理は軽く頭を振り、浴室に向かった。
◇◇◇
2025.7.24 午後/京都府与謝郡・伊根町の山中
日本三景の一つ、天橋立から海沿いに進むと“舟屋”で有名な町、伊根町に至る。海に直接面した家屋が並ぶ光景は外国人にも人気で、オーバーツーリズムのニュースでもよく取り上げられている。
そしてこの町はもう一つ、誰もが知る童話の一つ“浦島太郎”ゆかりの地としても知られている。主人公の浦島太郎が竜宮城に旅立ったとされる“本庄浜”があり、後に浦島太郎を祀ったのが“浦嶋神社”と言うわけだ。
朝食の後、真理は桐生と恵に今朝見た夢の話をした。あまりに示唆的なその内容は午後の予定を変えるに十分であり、三人は貴船神社の訪問が終わるとすぐさまハイエースに乗り込み一路日本海を目指した。
貴船神社での聞き取りは思わしくなく、“門”や“鳴金”に関する情報を得ることは出来なかった。宮司は申し訳なさそうに
「そういった伝承などであれば、一度“京都国立博物館”に行ってみるのがいいかもしれません」
と教えてくれた。もし午後の浦嶋神社が空振りだった場合、明日はそこを訪問する予定だ。
長らく続いた海辺の道から山中に入り10分が過ぎる頃、ナビが目的地に着いたことを告げる。道沿いの駐車場から看板が指し示す方角に、それはあった。夢の中で見た、輪っかのようなオブジェ。間違いない、ここだ。真理は全身の毛が逆立つような感覚を覚えた。
「初めまして、宮司の宇良 (うら)と申します。お電話をくださった御堂さんですね?」
三人を出迎えてくれたのは“白装束を纏った大黒天”という表現が似合う初老の男性だった。丸刈りに福耳、下がった目尻が何とも福々しい。それは真理が夢で見た姿そのまま。特徴を聞いていた桐生と恵も驚きを隠せないようだ。
「突然のご連絡にて恐縮です。東京の“先端AI開発研究所”から参りました御堂と申します」
「同じく桐生と申します」
名刺を持ってない恵に変わり、真理が紹介する。
「こちらは和歌山からインターンで来られている有楽恵さんです」
「有楽です。よろしくお願いします。私は“有る”に“楽”とかいてうらと読みます」
「私は“宇宙が良い”と書きます。同じうら同士、よろしくお願いします。それで御堂さん、本日はどういったご用件で?」
「実は、今朝不思議な夢を見まして……」
真理は夢の話から、ここに至るまでの経緯を説明した。
「この神社も、宇良さんも本当に夢に見た通りで。馬鹿げた話ではあるのですが、厚かましくもお伺いさせて頂いたという次第です」
宇良は何事か考え込むように聞いていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「……浦島の伝説と夢には、実は深い関係があるのです。一般的には知られていないことなのですが……我々はそれを“竜宮の夢”と呼んでいます」
「「「“竜宮の夢”?」」」
「ここに来られたのも何かのご縁。お話しさせていただきましょう」
宇良の口から、“もう一つの浦島伝説”が語られた。
◇◇◇
478.7.7(約1500年前)/丹後・本庄浜の沖合
雲龍山の麓に住む青年“浦嶋子”は船に乗り釣りをしていた。釣果はなく三日目の夜を迎える頃、五色の亀を釣り上げた。珍しくも美しい亀に見惚れていた嶋子であるが、猛烈な眠気に襲われそのまま眠ってしまう。
どれぐらい眠ったであろうか。目を覚ますとそこには五色の着物を羽織った美しい女性が立っていた。驚いた嶋子がどこから来たのかと尋ねると、美女は“亀姫と名乗り、”常世の国“から来たのだと言う。
「貴方様はその力で常世の国を治めるお方。私は貴方をお迎えにあがったのです」
亀姫の美しさと熱意に打たれ、嶋子は亀姫と共に“常世の国”へ向かう。
“常世の国”には見たこともないような巨大な宮殿が聳え、その美しさは言葉で表すことも出来ない。新たな王を迎える喜びに“常世の国”は湧き、宴は三日三晩繰り広げられた。
幸せの絶頂にいた嶋子であるが、ふと雲龍山の両親に何も告げずに来たことを思い出した。もう七日近くも家に帰っていない。さすがに心配しているだろうと、帰郷の旨を告げるが亀姫の顔色はすぐれない。
渋る亀姫を説き伏せ、「すぐ戻るから」と嶋子は本庄浜に向けて船を漕ぎ出す。その傍らには、亀姫から「“常世の国”に戻るまで、決して開けてはなりません」と念押しをされた玉手箱が置かれていた。
一昼夜船を漕ぎ、間も無く故郷の浜が見えてこようかと言う時、嶋子はまたしても急激な眠気に襲われた。少しぐらいならいいだろう、と横になった嶋子が目を覚ます頃には日は天高く昇っていた。
浜に着くと、何やら自分の記憶とは形が変わっている。不審に思いながら家路を急ぐが、あるはずの場所に家は無く草原が広がっていた。
川で洗濯をしていた老婆に話を聞くと、そこには老婆の更にお婆さんのお婆さんの時代に大きな屋敷があったそうで、跡取りの息子が行方不明になってそれっきり途絶えてしまったと言う。
嶋子はそれから何人もの村人に話しかけてみたが、誰も彼を知るものはいなかった。
失意の中、嶋子は“常世の国”へ戻ろうと決意する。そう決めると、美しく優しい亀姫に会いたくて仕方がなくなった。「開けてはいけない」と言われた玉手箱に亀姫を見た嶋子は、耐えきれずにその箱を開けてしまう。
開けた瞬間、五色の煙と共に亀姫の香りが漂った。愛しい人の香りに恍惚の表情を浮かべながら嶋子は急激に老い、やがて煙となって何処かへ消え去った。
◇◇◇
2025.7.24 午後/京都府与謝郡・浦嶋神社
「……と、ここまでが知られている“浦島太郎”の物語です」
宇良が一息つくように話を区切った。真理たちは瞬きを忘れたかのように聞き入っている。
「ここからが一般には知られていない話になります。浦嶋子以降も、同じような事が何回か起きているのです」
「ええっ!」
「鎌倉時代に、身元不明の男が乗った小舟が相次いで発見されました。見つかった男たちは一様に“少し眠っていただけだ”と証言していますが、皆自分がいる時代は遥か昔のように語りました。身元が分かるまで宿を貸した者もいたのですが、例外なく数日のうちには跡形もなく消えてしまったそうです」
「“常世の国”に行ったのは、嶋子さんだけではなかった……?」
真理の言葉に宇良が頷く。
「それらの話を一つのものとして、生み出された架空の人物が“浦島太郎”と言うわけです。この不思議な現象について、いくつかの考察がなされました。山陰や北陸の他国に攫われていたのではないか、あるいは海を渡り外国に行っていたのではないか、そもそも渡来人であったのではないか、など。しかし、いずれも決め手に欠けます。そんな時、嶋子がこの神社の宮司の夢枕に出てきたのです。
“我らは強い睡魔に襲われてから帰って来るまで、実はずっと眠り続けていた。
“常世の国”とは文字通り“この世にはない”場所で、それは所謂“夢の中”。
……今まさに自分達が話している場所だ。
そして夢の世界の一夜は、現世での百年にもなる“」
宇良の言葉が続く。
「この時の流れが異なる世界に迷い込む現象を、我々は浦島太郎の寓話にちなみ“竜宮の夢”と呼んでいます」
沈黙が空間を支配する。風に揺れる木々がさざめく中、心臓の音が異様に大きく感じられた。




