第8話:第4章終幕
2025.7.11 午前/高千穂のホテル
“天岩戸”は再び閉じられた。
ただし、今回はよりによってドアロック付きだ。
真理の部屋の前でため息をつく桐生。
「真理さん……大丈夫でした?」
付き添ってくれた初音が心配そうな表情で尋ねる。
「大丈夫……ではないけど、まあ、何とかするよ。アマテラス様よりはハードル低い、と思う」
「アマテラス様編集のJPOPをエンドレスで流してみましょうか?」
「いや、それ多分逆効果だし色々怒られる。気持ちだけ受け取っておくよ」
「桐生さんがそう仰るのであれば……これから、どうします?」
「小腹も空いたし、何か食べに行こうか?」
「真理さんには少し申し訳ないですが……参りましょうか?」
連れ立ってホテルを後にする桐生と初音。真理はまだ、ベッドに突っ伏して毛布をかぶっていた。くぐもったか細い声が漏れる。
「……恥ずかしい。消えたい……」
◇◇◇
2025.7.11 夜明け/宮崎工科大ロケット発射試験場
目覚めると、何故か桐生に抱きかかえられていた。真理はキョトンとした後、光の速さで桐生から飛び退く。
「な、何を、あなた、だっ、これ、」
「……先生、落ち着いて」
「わた、おちっ、だか、……どこ?」
「ここは日向市からちょっと山の中にある、工科大の飛行実験場です」
「飛行?でも、さっきまで天安河原宮に……」
「あ、それだいぶ前の話っす。2週間ぐらいかな?」
「へ?どゆこと?」
「何か真理さんと桐生さんが入れ替わったみたいですね」
心外な、という表情を見せる真里に真悟が近づく。
「おっ、姉御、元に戻りましたか?」
「真悟君?なんで君がいるの?」
「夢枕に例の“神”が現れてよ。“すまん、こないだあんな感じで別れてまたすぐ出てくるのも気まずいんだけど、とにかく今すぐ高千穂に向かえ”、ってな。姉御がらみか?って聞いたら“そうだ”、ってんでそのまま飛び出してきた、ってわけだ」
「で、“元に戻った”って言うのは……?」
真理の姿を見つけた“真理至天”のメンバーがゾロゾロと集まってきた。
「総長、この度は本当にありがとございました!」
「「「ありがとうございました!」」」
「え、何?誰?総長って、私?」
「俺たちは、あなたに出会えた事を決して忘れません。この名に恥じないよう、日本男児の生き様を貫きます!」
全員が背を見せる。朝日に照らされ、輝く文字は“真理至天 日向部隊”。
「まさか、その真理って、私の……」
真理がワナワナと震える。
「最高だろ?天照大神のお墨付きだぜ!」
「天照大神、って、君何を言ってるの?」
「あーそうか、記憶ないんっすよね。初音ちゃん、あれある?」
「ありますよ。今ここでお見せしますか?」
「うーん、ちょっと刺激が強いかも知れないから、宿に戻ってからにしようか」
「じゃあ私もお供しますね」
「助かる。じゃ、ボチボチ解散しますか」
何の事かよく分かっていない真理をいなしながら皆に礼を述べ、ハイエースで高千穂のホテルに向かう。背後に残る学生たちはいつ果てるとも知れないロケットの話題に花を咲かせており、澄んだ笑い声が名残を惜しむかのように静かに響いていた。
道中、それとなくアマテラスに憑依されていた事、それなりに話が進んだ事を告げると真理の顔色は見る見る悪くなっていった。
そしてホテルの部屋で、アマテラス監修の名作・“真理至天 日向部隊の奇跡”を見た真理は血の気の引いた顔で
「ごめん、今、ちょっと無理……」
と言い残し二人を追い出した後、フラフラとベッドに篭ってしまった。
◇◇◇
2025.7.11 午後/高千穂のホテル
「もーいーかーい?」
「……」
「もーいーかーい?」
「うるさい!まだだって言ってんでしょうが!」
「はい、みーつけた」
鬼の形相でドアを開け放った真理に怯む事なく、桐生が飄々と勝利を宣言する。
「な、言ったでしょ?」
「まさか、こんなしょうもない事でドアが開くなんて……」
初音が信じられない、と言う顔で見ている。信じられないのは桐生の腕前か、真理のチョロさか。
「……いつまでも寝てらんないでしょ。過ぎた事はどうにも出来ないし、さっさと切り替えるわ」
「いつもの真理さんですね」
「まあ、切り替えの速さは流石っすよ」
「……桐生君」
「イエス、マアーム」
「……ありがとね」
「どういたしまして」
「……それで、“門”は開いたのよね?次はどこだって?」
「あ、ロケットの馬鹿騒ぎですっかり忘れてました。でもまあ、どっちにしろ一度東京に戻る必要があるんでゆっくり車内で見ましょうよ」
「……そうね、まだイマイチ頭が回ってないし。初音さんを送って、東京に向かいますか」
「ありがとうございます。……本当に、色々お世話になりました。また、九州に来られる際は是非立ち寄ってくださいね!」
「今度は記憶を無くさないよう頑張ってみるわ」
神の住まう地、高千穂。山の緑は濃く、静かに吹き抜ける風が新たに刻まれた神話を祝福しているようだった。
◇◇◇
同時刻、某所。
篝火に照らされた男の、切れるように細い目が何かを捉えた。
「……約束の時は、近い」




