第5話:宮崎工科大学 楠研究室
2025.6.27 午前/宮崎工科大学
宮崎工科大は日本の宇宙科学技術を担う人材を育成する機関として有名だが、大学そのものよりもむしろ学生主導による“ロケットプロジェクト”によるところが大きい。これは講義でありながらサークル活動でもある、という独自の校風を生み出す原動力となっており、マスコミへの露出も多い。
初期は模型用の固体燃料を使った“試験機(最高到達点67 m)”から出発。燃焼時間を延ばすために独自の混合材を開発し、二段燃焼制御、姿勢安定用の可変ノズルを実装した現在の第十世代機では最高到達点8000 mを記録している。
世界に目を向けるとアメリカの大学で記録された最高到達点143kmが2025年時点の学生最高記録である。宇宙との境と言われる100km地点を軽々と超える、まさに大国を象徴する記録だ。
今、桐生は初音に伴われ再びこの校舎を訪れている。前回はJAXAの栗原からの紹介という事もあり、初音が所属する研究室でほぼマンツーマンの小ぢんまりとした対面だった。しかし、今回は違う。
目の前には数十人のツナギを着た学生がずらりと着席している。桐生と初音は講義室の壇上に立つ自分に場違いな違和感を否めないが、隣の二人はむしろこの状況を楽しんでいる。真理の姿を借りたアマテラスと、何故かその隣に黒づくめの真悟。
主任教授の楠が学生に紹介する。
「え〜、こちらが東京の“先端AI開発研究所”からお越しになられた御堂さんと桐生さん。比嘉さんは……知ってる人もいるかな。ソニフィケーションについて真田教授の研究室に入っている3年生だ。あと、こちらは鐘巻君。高校3年生だが、御堂さんたちのお手伝いで来てくれた。今回、“宇宙に音を届ける”というテーマでご協力いただくことになった。それでは御堂さん、よろしくお願いします」
うむ、と頷いてアマテラスが一歩進み出る。
「……御堂じゃ。今日ここに来たのは、お主らを見込んでの事」
一泊置き、静寂を切り裂くように言葉を重ねる。
「結論から言おう。お主ら、歴史を変える覚悟はあるか?」
型破りな自己紹介(?)に学生がざわめく。
「お主らの先代が培ってきた30年。その結晶として昨年高度8000mの壁を超えた事は知っておる。じゃが海の向こうには、100kmを優に超える猛者がおる」
学生からそんな事知ってるよ、だったら予算が、と言う声が上がる。
「ここで問おう。お主らは何のために天を目指すのじゃ?」
講義室を包むざわめきがしん、と静まり返った。
「ただ純粋にロケットを飛ばしたい、それはそれで良い。しかし、どこまで、何のために日々精進を積み重ねておるのじゃ?」
アマテラスがゆっくりと教室を見渡す。
「此度、我らと初音殿には同じ目的がある。我らの声を“天”に届ける事じゃ。では“天”とはどこか?それは目の前にありながら、どこまでも遠く、高い場所。妾としては月詠……もとい月の表面にロケットをブッ刺してやりたい、と思うておる」
笑い声が漏れる。
「科学の実験に神や哲学を持ち出すな、と思う者もおるかもしれん。じゃが、知っておろう。科学とは神の化けの皮を剥がすことではない。原子一つに込められた、神の意思を読み解く事なのじゃ」
学生たちの顔色が変わり始めた。息をするのも忘れたように、アマテラスの言葉に聞き入っている。
「神に向き合う信徒のように、物理の法則に向き合え。誰かが解き明かした謎が全てではない。先代の偉業に敬意を払いつつ、未知の法則に心を躍らせろ!」
揺るぎない眼差しで学生たちを見据える。
「結果は、出た後に何度でも振り返れば良い。じゃが、戦う前から自らに白旗を上げるな!限界の、その先まで魂を燃やすのじゃ!」
アマテラスの右腕が上がり、指が天を指す。
「お主らの志を、天に示せ!神を振り向かせ、栄光を掴み取るのじゃ!!」
歓声が上がり、講義室が揺れる。真悟は「女神の啓示だ。テメエら、根性入れてくぞ!」と学生を煽り、ボルテージは更に高まる。何人かは涙を流しながら絶叫していた。
熱狂の中、ポツンと取り残された初音と桐生。
「……桐生さん、男の人って、皆さんこうなんですか?」
「それ、俺に聞かないで……何なの、この学校のノリ……」
奇跡が、始まろうとしていた。
◇◇◇
2025.6.30 午後/東京・研究所
雨雲は黒く空を覆い、アスファルトは無数の水滴に晒されて灰色にギラついている。窓の外からは時折、車のタイヤが水を切り裂く音が鈍く響いている。
桐生は一人、研究室で黙々と作業をこなしていた。さすがに1週間以上こちらを放っておけない、という事とアマテラス状態の真理を連れて来るのはリスクが高かったからだ。アマテラスはどこで覚えたのか、電話やメールでは“真理”としてソツなく振る舞っている。が、会ってしまえばいくら何でもバレるだろう。
情報を整理し、必要なものは真理の指示を受ける。たまにレスポンスが悪いのは、現場監督として飛び回っているためか。ポン、と音がして真理から……いや、この場合アマテラスからか?画像が届いた。そこには真悟と初音、ロケットチームの面々が満面の笑みでこちらを見ている。
“そちらの様子はどうですか?こちらは正に今、一丸となってロケットの改良に取り組んでいます。良い結果が報告できるよう頑張りますので、桐生君も無理はしないでください”
文面だけを読むと間違いなく真理からのそれである。しかし、画像に映る真理の表情は学園祭に臨む高校生のようで、別人にしか見えない。
「神様が自撮りする時代か……」
独りごちながらデスクのエナジードリンクを飲む。今度、これを飲ませてみようかな?桐生の中にちょっとした悪戯心が芽生える。飲んだ時のアマテラスの顔を想像し、自然と頬が緩む。
次に自分が宮崎に戻るのは10日後。首をコキコキと鳴らし、気合いを入れる。
「んじゃ、こっちも負けずに頑張りますか」
日が暮れて街が闇に溶け込む中、研究室の灯りがいつまでも闇夜を照らしていた。それは大都会の中にあって小さく、しかし暖かく光る祈りのようにも見えた。




