第4話:準備開始
2025.6.26 夜/天岩戸神社・社務所
夜の社務所。そこは異様な雰囲気に包まれていた。宮司は悲壮感を漂わせ、何やらブツブツ呟いている。隣には泣き出しそうな顔の女子大生。
向かいに座る眼鏡の青年は頭を抱え、隣のヤンキーは上座の女性がすまし顔でお茶を啜るのを拝んでいる。
「それで、じゃ」
アマテラスが優雅に茶碗を置き、真悟に尋ねる。
「お主は何者じゃ?微かにスサノオの気配がするが」
「申し遅れた。俺の名は鐘巻真悟。スサノオを護る神の末裔にして、御堂真理親衛隊“真理至天”の頭 (ヘッド)。姉御のためなら、黄泉の国でもブッ込む覚悟!」
「そうか、スサノオの眷属か。懐かしいのう。して、その“真理至天”とは何じゃ?“摩利支天”の誤字ではないのか?」
「ふっ、御堂真理は他に比する者なき至高の天女。語って欲しいなら一晩中でも語ってやらあ!」
「元々摩利支天は仏教で言うところの太陽神。神道の太陽神である妾の依代にそれを充てるとは、なかなか気が利いておるではないか」
「恐れ多いぜ、姉御!それにしても、本当に神になっちまったんだなあ……」
感無量、といった体で涙を拭う真悟。
「……お前さあ、気になんないの?この人、先生じゃないんだよ?」
「テメエこそ何小っさい事言ってんだ、このタコ。女神の器をテメエの尺度で測んじゃねえ!」
「ええと、桐生さん?私たち全く話が見えないんですけど、この乱暴狼藉でバイオレンスな方はどちら様なんでしょうか?」
「ああ、こいつは出雲の“門”を開くときに一緒にいたヤンキー君。色々あって、先生のことを女神にように崇拝してる」
「……頼りになる方なのでしょうか?」
「こんなナリしてるけど、やる時はやるタイプ」
「何だ、分かってんじゃねえか」
真悟が少し得意げに答える。
「それで私たちは、これからどうすれば良いのでしょうか?」
初音が至極真っ当な質問をした。全員の目がアマテラスに集まる。
「そうじゃの。先程も申したが、神々を迎える“興”が足りん。こやつもそう申しておるぞ」
アマテラスはSOPHIAの画面を指した。
[MODULE: GATE-LINK]
[STATUS: STANDBY / AWAITING RESONANCE]
[ENERGY LEVEL: 6/7 — INSUFFICIENT EXCITATION]
[ADDITIONAL CONDITION: FESTIVITY NOT DETECTED]
[SYSTEM MESSAGE: Initiate "Divine Resonance" Protocol]
「……何て書いてあんだ?」
「簡単に言うと“門”を開くのにもう一つ、アマテラス様の言う“興”が足りてないってこと」
桐生が補足する。
「そのまんまの意味か」
「アマテラス様、“興”とはどういうことなんでしょうか?」
初音が縋るような目で訴えかけた。
「此方からの“演目”かの。どうせ騒ぐなら、盛大にやるが良い」
「……すみません、具体的にはどのような……?」
「高天原の隅から隅まで響くような爆音を奏でる、ぐらいが良いのう」
神の口から出た“爆音”というキーワードに人間側がやや怯む。
「えーっと、一つお伺いしてもよろしいですか?」
初音がおずおずと手を挙げる。
「うむ、苦しうない。申してみよ」
「アマテラス様の仰る“高天原”が宇宙のことを指しているのであれば、そこでは“音”は響きません」
「そうなのか?」
真悟が反応する。
「はい。地上約100kmから先のいわゆる“宇宙空間”には振動によって音を伝えるための“大気”が存在しません。なので、私の研究も宇宙に漂う“情報”を“声”として再編するというものです」
「それじゃ、どうやって“爆音”響かせんだ?」
「……お主ら実に頭が固いのう。AIの方がよっぽど柔軟じゃ」
「AIって、SOPHIA?」
桐生が先ほどからアマテラスが何やら操作しているSOPHIAのモニターを覗き込む。
「あまりお行儀がよろしくないのう。まあ、せっかくじゃ。皆も見るが良い」
[REQUIRED INPUT: "SOUND BEYOND SOUND"]
[SYSTEM DIAGNOSTIC:]
└ Transmission medium: NONE
└ Physical vibration: INEFFECTIVE
└ Alternative carrier: LIGHT
[PROPOSAL:]
→ Convert "SOUND" to "RADIANCE"
→ Launch encoded waveform toward CELESTIAL FIELD
「……天の“声”、今回の場合“八百万の神の馬鹿騒ぎ”じゃな、それを“声”にするため情報を変換した。ならば逆のことをすれば良かろう」
「でも、具体的には変換したデータをどうやって“天”に届けるんですか?さすがに地上からの電気信号発信ではアマテラス様の仰る“興”とは違うと思うんですけど……」
「其方の申す通り。それでも天には“届く”。が、興醒めも良いところじゃ。ゆえに」
「「「ゆえに?」」」
「直接届けてやろうではないか、とびっきりの“音”を」
アマテラスが真理であれば絶対にしないであろう、悪代官も真っ青の顔でニヤリと宣言した。
◇◇◇
2025.6.26 夜/高千穂のホテル・真理の部屋
真理が宿泊している部屋に桐生・初音・真悟の三人が招かれていた。ツインベッドの一つに三人が腰掛け、アマテラスは向かい合ったベッドの上であぐらを描き、ポテチを口に運びながらご満悦そうな顔をしている。
「……本当にそんな物でよろしかったんですか?」
初音がやや不安げな顔で尋ねる。
「むしろ、これじゃ。山海の珍味も捨てがたいが、立場上大っぴらにこういうものを食す機会が少ないでのう」
ポテチのカケラが残る指を行儀悪く舐め、コーラに手を伸ばす。
「人が生み出せし、妙なる味の循環よ。塩気からの糖分、糖分からの塩気……無限地獄とはかくありき、じゃな。この背徳感がたまらん。神だけに」
「……典型的なダメ人間ライフを満喫中のところ何ですが、そろそろ例の話をしてもらってもいいっすか?」
桐生がやや冷めた目でアマテラスを見ながら、本題を切り出した。
◇◇◇
社務所で「とびっきりの音を届けてやろう」と宣ったアマテラス。どういう事かと尋ねるが、思い詰めた顔をしている西野を見やり「場所を変えるか」とホテルに移動することになった。
車が走り出すと
「神に祈願をするなら、それなりの誠意を示す必要があると思うのじゃが」
というテンプレな“お願い”が飛び出し、真悟が
「俺の魂か?いつでもくれてやるぜ!」
と意気込むが一言
「いらん」
と一蹴。初音が
「アマテラス様への献上品となると…タイの尾頭付き、特級酒の一升瓶に山のもの、とかでしょうか?でも、こんな時間からどこに買いに行けば……桐生さん、取り急ぎ漁師さんのところへ!」
「漁師さんのとこってどこ?」
「漁師さんは漁師さんです!海でタイを釣ってる人です!」
「初音ちゃん、ちょっと落ち着こう。ここから海まで100kmはあるよ?」
「私は落ち着いてます!それよりも、タイです!」
「いや、別に妾はそこまで求めておらん」
アマテラスがちょっと申し訳なさそうに入ってきた。
「んじゃ、何がいいっすか?」
バックミラー越しに尋ねると、アマテラスは少し先に光るコンビニの看板に目を向けている。
「……あそこ、寄りますか?」
「うむ。やぶさかではない」
かくして、アマテラスセレクトの「献上品」と共に今に至る。
◇◇◇
「そうじゃな、妾としたことが本題を忘れておった」
「大丈夫か、この国……」
桐生の呟きを無視してアマテラスが続ける。
「“天”に“音”を届ける方法は、もう分かっておろう。電気信号、“光”への変換じゃ。これは其方に任せる」
初音がコクリと頷く。
「次に、方法じゃ。これは直接的に、ロケットを使う」
「ロケット?」
「マジかよ!ぶっ飛んでんな!」
「……でも、どちらのロケットを使われますか?H3ロケットはしばらく予定がありませんし、今から申請してもプログラムを実装していただけるのは何年も先になります」
「アマテラス様のご威光でNASAに話をつけてもらえる、みたいな勝算があるとか?」
「姐御、日本に留まらず世界まで!……俺ぁ、どこまでもついてくぜ!」
「鎮まれ。……JAXAもNASAも、妾の威光を持ってすれば容易い事」
「それじゃあ、どっちのロケットを使うんっすか?」
アマテラスがはあ、とため息を吐きながらポテチを一つ口に入れ、モゴモゴしてから答える。
「お主ら、誠に日の本の民か?それでは何の風情も趣も無いではないか」
「ポテチ食いながらコーラ飲んでるやつに言われたくないっす」
「真悟さん、この人黙らせて!」
「おうよ!」
「待て!落ち着け!お前らいっぺん、“神様”ってフィルター外してみろ!」
「真理さんは素敵な女性です!」
「姐御は既に神だ!」
「……分かった、俺の負け。で、風情と趣って例えばどんな事っすか?」
アマテラスが我が意を得たり、とノートパソコンを引き寄せる。何事か打ち込み、画面を三人に見せる。そこには動画チャンネルのサムネイルが並んでいた。
「……プロジェクトX、魔改造の夜、情熱大陸……これがどうかしたんすか?」
「ドキュメンタリーばっかりですね」
「うむ。“人が不可能に挑む”、その姿にこそドラマが生まれ、極上のエンターテイメントになるのじゃ」
「結果もそうですけど、その“過程”を重視される、という事でしょうか?」
「その通りじゃ!褒美を遣わす!」
アマテラスが袋からポテチを取り出し、初音の手に1枚握らせる。
「あ、ありがとうございます」
「それじゃ“JAXAかNASAのスタッフと挑戦する初音ちゃん”みたいなテーマっすか?」
「それも悪くないがのう。既に天に届いておる者が今更ロケットを打ち上げても、さほど驚きはあるまい」
「……どゆこと?」
「天を目指しながら、届く気配すらない。そ奴らが一念発起し、不可能の壁を越える。極上の筋書きだとは思わんか?」
アマテラスが再びノートパソコンに何かを入力している。
「そんな都合のいい人材がどこに……って、えっ?」
再び向けられたスクリーンに映し出されたホームページに初音が言葉を失う。それには見覚えがありすぎた。
“宮崎工科大楠研究室・学生ロケットプロジェクト”




