第3話:行く人来る人
2025.6.26 夜/高千穂・天安河原宮
新月の夜。天安河原宮では西野が見守る中、真理と桐生、やや緊張した面持ちの初音が機材の準備を進めていた。西野の計らいで、河原に向かう道の入り口には「本日立ち入り禁止」の立て札を置いているので、他の観光客の姿はない。
「初音さん、準備はどう?行けそう?」
「は、はい!データ変換は問題ないので、あとは上手く“コトノハノ鏡”と共鳴すれば……」
「期待してるわね。桐生君、準備はいい?」
「オッケーです!」
「じゃ、始めましょうか。SOPHIA、起動!」
スクリーンのマルチウインドウが各計測器からの情報をオンタイムで表示する。ここまでは何の特徴もない。
「初音さん、“宇宙の音”を開放して!桐生君は同時に“コトノハノ鏡”で受け止める!」
「い、行きます!」
「よし来い、“宇宙の声”!」
二人の動きに連動し、初めは甲高い金属音、そして体を震わせる重低音が
−来た。
宇宙が、神々がそれぞれの言葉で語りかける“声”。これまでとは違い、骨に響く重低音だけではなく更に低い響き、可聴領域を超えるかと思われる高音。神々が明確に伝えてくる意思の奔流。言葉は分からない。だが、何を言っているのかは分かる。天照大神を讃え、喜び踊る“神の宴”。
SOPHIAのグラフは18ヘルツを捉え、開門の条件は揃った。洞窟全体が光る。水紋は後ろの川に現れているのだろうか?あとは“鐘の音”が響けば–
「……足りんな」
響いたのは鐘の音ではなく、物足りなさを隠そうともしない女性の声。予想外の展開に桐生と初音はキョロキョロと辺りを見回す。西野が怪訝そうな顔で見ているのは……真理!
“嘘だろ?”という顔の桐生を横目に、真理が不満そうな声を上げる。
「足りぬ。これでは到底“宴”と言えぬ。受けるばかりでは、な。天上にも“音”を届けるのじゃ」
「ええと……先生?」
「何じゃ」
「その……これは、何のキャラ?」
「何を申しておるのじゃ?お主らが呼んだのであろう」
「お呼び……しましたっけ?」
「察しの悪きこと。“門”を開くために、妾 (わらわ)の神話をなぞったのであろうが」
「あなたの神話……って、まさかの?」
真理が居住まいを正して宣言する。
「妾の名は“天照大神”。日の本の主神にして、光を司る者」
その瞬間、真理の全身を光が包み、爆ぜた。
白金の波が闇を押しのけ、岩壁も、川面も、夜そのものさえも眩い光に包まれる。言葉を失った三人は、自然と祈りの姿勢を取っていた。理屈ではなく、心の奥の何かが命じる。
“この光の前では頭を垂れよ”と。
◇◇◇
2025.6.26 夜/高千穂・天岩戸神社への道
懐中電灯の灯りが照らす夜道を、4つの足音が追いかけていた。
「今宵はもう何も起こらんよ」
アマテラスの一言を皮切りに、桐生と初音は機材を撤収し西野はまだ呆然とそれを眺めていた。
「参ろうかの」
促され、神社への細道を歩き出した一行。誰も、何を話していいのか、そもそも口をきいて良いのかどうか判断できない。アマテラスがのんびりと切り出した。
「そう身構えるでない。何も取って食おうと言うのではない」
「ええっと、アマテラス……様?どうしてこんな所にお見えになったのでしょうか?」
「先ほども言うたであろう。お主らに呼ばれた故、と」
「いやまあ、そう言われるとそうなんっすけど。天照大神と言えばメジャー中のメジャー。こんな所に来てる暇なんか無いんじゃないかなあ、みたいな」
「確かに妾は平素、伊勢の内宮に座しておる。依代は日の本に計り知れんがの。お主の言う通り、いちいち付き合っておってはいくら妾と申せど身が持たぬ」
「ですよねえ。で、そのアマテラス様がどうしてこちらへ?」
「“門”が数千年ぶりに開きそうだったでの。どこの酔狂が、と見にくれば懐かしや、天岩戸で“宴”が始まろうとしておるではないか。これを逃せば次はいつになるや分からぬ。伊勢には形代を残し、取るものも取りあえず馳せ参じたのじゃ」
「“宴会に駆けつけた”的な?」
「そうじゃな。だがしかしなっておらん。八百万の神々を集めたは良いが、もてなされるばかりではの。皆を楽しませてなんぼじゃ。それに、今宵は月詠も隠れておる。あやつがおらぬ、というのもちと寂しい」
「……ひょっとすると、なんですけど “本当は門開いてたのにアマテラス様が気に入らないから開けなかった” って感じ?」
「察しが良いではないか。うむ、その通りじゃ。“宴”は派手でなければのう」
「アンタ何言ってんの?今時昭和生まれのワンマンパワハラ社長でもそんな事しないよ?!」
「桐生さん、ダメです!祟られてしまいます!」
「天照大神に対し、何たる無礼。ここは私が腹を切って……」
「宮司さん、それもダメです!……私が、舌をかみます!」
初音は完全にパニクっていた。
「はっはっは、良い良い。これは妾の我儘ゆえ、不敬には当たらんよ」
「かたじけないっ!」
「武士かっ!」
「桐生さんはもう黙ってて!」
初音が涙目で訴える。
「ところで、先生は今どうなってるんすか?」
泣きそうな初音をスルーして桐生が尋ねる。
「うむ。今はこの体の奥底で眠っておるようなものじゃ。“時”がくれば目覚めるであろう」
「“時”っていつ?」
「“宴”を成し得た時じゃ」
「それまで、先生は?」
「眠ったままじゃのう」
「マジで?先生抜きでこの状況何とかすんの?」
今度は桐生が泣きそうな顔になる。
と、坂道を上り切ろうとした時一つの影がこちらを向いている事に気付いた。漆黒のバイクに負けじと大柄なライダーの背中には慈愛に満ちた女神の姿。金色の刺繍が天を讃える。刻まれた名前は、“真理至天 (まりしてん)”。
男は乱れたリーゼントを整えながら、ゆっくりと近づいてきた。
「胸騒ぎがしてな。来てやったぜ!」
「お前……何でここに?」
真悟は桐生の前で立ち止まり、不適な笑みを浮かべながら答える。
「ロッケンロール!」
桐生が頭を抱えた。どう考えてもまともな“宴”が始まる気がしない。




