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【完結】REZON ー神話を解くものー  作者: 壇 瑠維
第1部 第4章 高千穂

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第2話:宮崎工科大学 真田研究室

2025.6.21 夜/高千穂のホテル・真理の部屋



 夜の帳が高千穂の山を覆い、聞こえて来るのは遠く谷の底を流れる川の流れと時折通り過ぎる車の排気音。室内ではカタカタとキーボードを打つ音が響き、時折交わされる会話が人の存在を確かなものにしていた。


 調査の旅では毎回、真理の部屋を“観測所”としている。真理が寝るベッド以外を作業スペースに充て、桐生は仕事が終われば自分の部屋に戻る。今回も機材一式が運び込まれた部屋でここまでの検証が行われていた。


「……つまり、天安河原宮では特筆すべき結果は観測されなかった」


「はい、むしろ人のざわめきと川の流れが癒しの効果を生み出しているようで、心が洗われるような感覚でした」


「寝そうになった、ってこと?」


「平たく言えば」


「正直ね。でも困ったわ。この場所が示唆するのは“神々の宴”。でも、言葉通りの“宴会”が門の鍵になるとは考えにくいのよね」


「それ以前に、あの場所で馬鹿騒ぎなんかしたら宮司さんに殺されかねませんよ」


「信心深い方だしね……」


「何かヒントとか無いっすかねえ」


「気になっていることがある、と言えばあるんだけど……」


 不意に真理の携帯が着信を知らせる。


「また所長からっすか?」


「ううん。車の中で話したJAXAの栗原さん。例の件かな?……はい、御堂です。昨日はどうも。……いえいえこちらこそ」


 桐生は場所を移し、窓際のテーブルに置かれたPCのデータに意識を集中させる。人が真横で聞いているのもあまり気持ちの良いものでは無いだろう。


「……分かりました。それでは明日、お伺いさせていただきます。失礼します」


 電話を切り、桐生の方に向き直る。


「桐生君、明日の予定変更。日向に行くわよ」


「日向?例の大学っすか?」


「そう、“宮崎工科大学”。そこで宇宙の声、ソニフィケーションを扱ってる研究室にお邪魔するわ」


「宇宙の音っすか。NASAの動画見ましたけど、風の音や古いラジオの周波数調整みたいなのが多かったっすね」


「そこに、面白い解釈を提案してる子がいるんですって」


「面白い解釈?」


「“音”ではなく、“声”だとしたら、宇宙は一体何を喋っているんだろう、というのが彼女の研究テーマ。“沈黙の宇宙が語り始める”、ロマンをくすぐられるわ」


「彼女?女の子っすか?」


「そう。比嘉さん、という3年生の女の子。担当の真田教授からも一目置かれてるって」


「どんな子……もとい、どんな研究なんだろう。俄然興味が湧いてきたっす!」


「何に興味を持ったのかは聞かないでおくけど、明日も運転よろしくね!」


「イエス、マアーム!」


 真理がノートPCを閉じようとした時、SOPHIAのモニターに新たな一文が表示された。


 [SIGNAL: SYNC DETECTED / SOURCE: HYUGA]


「……あなたも、そこに“何か”があるって言うのね……」


 都会から離れた澄んだ大気は満天に星を映し、人の営みを見守るように瞬きを繰り返していた。



◇◇◇



2025.6.22 午前/宮崎工科大学・真田研究室



 宮崎工科大は日本の宇宙科学技術を担う人材を育成することを目的に、1987年に創立された。実際これまでにJAXAを始めとした専門機関に多数の人材を輩出している。


 とあるプロジェクトで有名な学校でもあるのだが、今回の調査とは関係がない。


 真理たちが案内されたのは壁という壁が機材と書籍で埋め尽くされた研究室。出迎えてくれたのは整えられた髪に理知的なメガネが隙のない印象を与える真田教授。若々しい見た目だが、既に50近くになる。並んで立っているのは小柄な女性。薄茶色の髪を一つにまとめ、縁の大きなメガネが印象的だ。


「真田です、初めまして」


「ひ、比嘉初音 (ひが・はつね)です。よろしくお願いします……」


 消え入りそうな声。かなり緊張しているようだ。


「初めまして、御堂真理と申します」


「桐生蓮です。よろしくお願いします」


 真田が着座を促し、本題に入った。


「昨日栗原さんから電話がありまして。御堂さんがソニフィケーションにご興味をお持ちだと伺いました」


「はい、今行っている研究で行き詰まっているところがありまして。ソニフィケーションはそのブレークスルーになるのではないかと思いお邪魔させていただきました」


「ちなみに、どのような研究内容でしょうか?差し支えなければお聞かせください」


「事の始まりは、この鏡が届いたところからなのですが……」



 真理はこれまでの経緯を話した。真田は終始表情を変えず、比嘉は時折驚いたような仕草を見せる。


「なるほど。端的に言えば、今回は“天岩戸”を開く事が鍵になる、とお考えなのですね?」


「そうなんです。科学の領域に神話の要素を持ち出すことは非現実的であると重々承知ではあるのですが……」


 理系の研究者には非科学的な信仰や社会学的な考えを嫌う人間も少なくない。他ならぬ真理や桐生も本来“そちら側”の人間なので、真田から手厳しい指摘を受けることはある程度覚悟していた。が、真田は表情を変えず予想外の言葉を返した。


「神話の事象を科学的な解釈でアプローチする、という手法は実に興味深いと思います。伺った現象はやや理解を超えますが、それを解析するのも有意であると考えます」


「では、ご協力いただけるのでしょうか?」


「もちろんです。それに、宇宙の“音”を“声”として捉えようとする比嘉さんの研究テーマにも合致します。こちらからお願いしたいぐらいですよ。比嘉さん、いいですね?」


 話を振られて“ビクっ”とする比嘉。まるで小動物だな、桐生が心の中で呟く。


「は、はい、大丈夫です!お手伝い、させていただきます!」


 顔を真っ赤にしながら精一杯の声で答える。


「比嘉さん……初音さん、とお呼びした方がいいかしら?あまり固くならず、楽にしてくれると嬉しいわ。改めて、よろしくお願いしますね」


 笑顔を向けられ、さっきの赤面とはまた違う意味で真っ赤になる初音。色んな意味で免疫が不足しているのかもしれない。


「わ、分かりました。私も真理さん、とお呼びしても……?」


「もちろん!その方が嬉しいわ」


 初音の顔がパッと明るくなる。


「じゃ、俺のことも“蓮さん”で」


「桐生君は、桐生君でいいんじゃない?」


「はい、“桐生さん”、よろしくお願いします」


 初音の顔がスッと素に戻る。


「何でいつもこうなるんだよぉ……」


「それじゃ初音さん、あなたの研究について詳しく教えてくれる?」


「分かりました!」


 そこはかとない疎外感を感じる桐生をよそに、伏せがちだった顔を上げた初音が生き生きと喋り始めた。



◇◇◇



「私がこの研究テーマを選んだのは、昔“宇宙の声”を聞いたからなんです」


「“宇宙の声”を?」


「はい。私は沖縄にある小さな島の出身なのですが、そこには大昔に作られたという“小さな祠”があって。よく冒険ごっこをしていたのですが、ある日そこで“声”が聞こえたんです」


「それは、どんな声?」


「耳ではなく、直接頭の中に語りかけて来るような優しい声でした」


「声は、何かを喋っていたの?」


「はい、“ニライカナイは今日も還ってきた”と言ってました。何のことかは分からなかったのですが、あれは幻聴でも妄想でもなく、確かに聞こえたんです」


「それは、なぜ“宇宙の声”だと思ったの?」


「明確な根拠があった訳ではありません。ですが、直感が私にそう告げていました」


「なるほど。それから、“声”は何か別のことを言った?」


「何度も聞き返してみたのですが、それっきり聞こえなくなりました。それから色んな事を調べる中で、NASAが観測した“宇宙の音”を聞いた時に“これだ!”と確信しました。それで、日本で一番この分野に詳しい真田教授の研究室に入ろうと決め、今に至ります」


「面接で“宇宙の声を聞きたいんです!”と言った時の気迫がすごくて。“音”を“声”として解釈するアプローチはまた一つ別の宇宙の姿を見せてくれるかもしれない、という期待感で正直胸が躍りました」


 真田が補足する。初音を見る目は優しく、初めて見せた表情と言って良い。初音も信頼を絵に描いたような笑顔を返している。


「それで、実際に宇宙から届くデータを音声に変換するロジックを色々組み直してみました。1枚の絵画からその情報を音に変換するような取り組みも参考にさせていただき、何とか“言語らしきもの”への道筋が見えてきたのですが、普通に聞くとただの雑音です」


 初音がしょぼんとする。内気な面が表に出やすいが、感情は豊かなのだろう。


「一度、その“声”を聞かせてもらってもいいかしら?」


「はい、喜んで!」


 満面の笑みで真理に答え、パソコンから音声データのファイルを開く。


「じゃあ、再生しますね」


 “宇宙の声”が研究室に流れ始めた。



 不規則な調べは、音楽的な要素と無縁だった。高音と低音が混ざり合い、周波数を合わせようとしているトランジスタラジオの雑音に近い。


「これを、少し調整します」


 タイムラインが流れる。響きは少し規則性を取り戻し、確かに雑音が“会話”しているように聞こえなくもない。


「……今はここが限界です。色んなパターンを試してはいるのですが、最も“言語らしい”結果はここに落ち着きます」


「更に何らかの一手が必要、だけどそれが何かは明らかではない……」


 と、真理のスマートフォンにSOPHIAからのメッセージが転送されてきた。


 [SIGNAL: Synchronous detection / Converted to voice]


「声に変換しろ……?」


「今まさに変換中っすよね。SOPHIAが変換してくれる、とか?」


 真理が何かに思い当たる。


「そういう事!何で気づかなかったんだろう?」


「何?隠しコマンドとか?」


「“コトノハノ鏡”よ!今まで何回も、“声なき声”を拾ってきたわ」


「じゃあ、初音ちゃんのデータを聴かせたら“声”になるかも?」


「やってみる価値はあるわね。桐生君、機材の準備行ける?」


「速攻で取ってきます!」


 桐生が駐車場のハイエースに猛然とダッシュする。


「ええと、少しついていけてないのですが?」


 真田が困惑した表情で尋ねる。


「すみません、先走りました。この“コトノハノ鏡”は“声なき声”を拾うという性質を持っています。今お聞かせいただいた“宇宙の声”を聴かせることで、何らかの変化が訪れるかも知れません」


「“鳴金”ですか?」


「今は条件を満たしていないので、“鳴金”は起きないとは思います。断言はできませんが……」


「承知しました。やらずに否定するほど愚かな事はありませんし、お付き合いします」


「ありがとうございます。感謝します」


 桐生が息を切らしながら戻ってきた。


「お待たせしました!じゃ、セッティング始めます!」


「ありがとう。では、私も準備を始めるわ。初音さんはさっきの音声データをいつでも再生できるよう準備してもらってもいい?」


「は、はい、かしこまりました!」


 広くはない研究室を埋め尽くすように配置された測定器。真理はノートPCを開き、SOPHIAを起動する。


「じゃあ、桐生君は“コトノハノ鏡”をスピーカーに向けて。そう、そんな感じ。じゃ初音さん、準備はいい?」


 コクコクと頷く初音。


「SOPHIA、起動します!」


 マルチスクリーンに情報が表示され、SOPHIAの起動を告げる。


「各種モニター、異常なし。音声、再生よろしく!」


 初音が再生ボタンをクリックし、先ほどの音が流れ出す。桐生は“コトノハノ鏡”で受け取るように構え、鏡が共鳴する。


 しばらくそのままの状態が続いたが、初音が「調整」を施した地点に差し掛かった時、“それ”は訪れた。


 聞こえて来るのは雑音ではなく、大勢の人がが話しているときのざわめきに近く。明確な単語は聞き取れないが、そこには確かに誰かの“意思”を感じる。


 SOPHIAの画面が切り替わり、結果を表示した。


 [SIGNAL: Chat Detected]

 [SYNC - Enabled]

 [CALLER: Unknown]

 [RESPONSE: Active]


「会話をキャッチしました!」


 真理の声が響く。


「う、“宇宙の声”、ですか?」


「聞く限りにおいて、その通りだろう。言語形態は不明だが……」


「や、やっと……やっと聞けましたぁ!」


 初音がボロボロと涙をこぼしながら、椅子にへたり込んだ。真田は微笑みながら初音に向かい合う。


「おめでとう、比嘉さん。まずは一つ目の壁を超えたね」


「はい、はい……教授、真理さん、本当にありがとうございます……桐生さんも」


 顔は涙でグシャグシャになっているが、見守る真田と初音の二人は深い信頼で結ばれた美しさに満ちていた。真理と桐生ももらい泣きを堪える。


「とにかくこれで、目処が立ったわ。初音さん、ちなみにデータ変換はオンタイムでもできそうかしら?」


「はい、調整すればその場で“声”を再生することが出来るようになると思います。3日もいただければ……」


「それは助かるわ。丁度お月様も隠れる頃だし」


「やりますか、“天岩戸の宴”」


 真理が頷く。


「決行は4日後、木曜日の夜!それまでに、こちらも万全の準備を整えるわ。みんなで天照大神をお迎えしましょう!」



 遠く離れた三重県・伊勢市。内宮の奥で、ピクリと動く気配があった。



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