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【完結】REZON ー神話を解くものー  作者: 壇 瑠維
第1部 第4章 高千穂

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第1話:宇宙

2025.6.19 夜明け前/瀬戸内海



 霧の中に浮かんだ影がゆっくりと輪郭を露わにし、やがてまた溶けるように霧の中へ消えていく。夜明け前の瀬戸内海。無数の島々が淡く重なり合い、水墨画のような風景を描く。フェリーのデッキにもたれながら、真理は移りゆくパノラマを静かに眺めていた。


 昨晩大阪から大分に向かうフェリーに乗り込んだのは、長い陸路よりも体力と気力を温存できると踏んだからだ。桐生は運転の疲れからか、まだ個室のベッドで眠りの中にいる。到着まで、ゆっくり寝かせてあげよう。


 一艘の漁船が“ポン、ポン、ポン……”と淡い音を残しながら視界を横切った。



◇◇◇



2025.6.19 朝/高千穂・天岩戸神社



 “天岩戸”は天岩戸神社正殿の裏にある拝観ポイントでのみ目にすることが出来る。


 この“天岩戸ツアー”は午前9時から30分おきに催されており、真理と桐生は朝一番に参加したのだが、それでも10名近くが集まっていた。


「ここから先は神域なので、写真撮影はご遠慮ください」


 神職の誘導で緩いつづら折りを下る。空気が変わり、正面にしめ縄が掛けられた“天岩戸”が姿を現した。


 大きな岩盤に深い亀裂が入っているようにも見える。神話の時代から高千穂の深い谷の中腹に存在する伝説の場所は、そうと知らずに見たとしても畏敬の念を抱かざるを得ない正に“神域”。すべての音が失われ、目が惹きつけられる言葉にできない感覚。


 誰もが自然と手を合わせ、頭を垂れた。真理と桐生も静かに目を閉じ、祈る。天照大神のご加護が在らんことを。



「いかがでしたか?“天岩戸”は」


 ツアーを終え、社務所に戻ってきた真理たちを出迎えたのは宮司の西野。40代ぐらいであろうか。若々しくエネルギーに満ちた姿はスポーツ選手のようでもある。


「初めて本物を拝見しましたが、圧倒的でした」


「目が離せない、ってこういう事なんっすね」


「それは良かったです。ガイドの説明にもあったと思うのですが、大きな地震の時に形が変わってしまいました。しかし御姿が変わる事は、“御神体”そのものが変わることではありません」


 二人は頷き、出された茶を口にした。


「それではこの度のご依頼につき、詳しくお聞かせいただけますか」


 西野に促され、


「信じられない話だとは思うのですが……」


 真理がこれまでの概要を説明した。



◇◇◇



「……なるほど、にわかには信じられないお話です。しかし、神のご加護を感じずにはいられない。こちらにいらしたのも、天照大神のお導きによるものなのでしょう」


 西野は熟考した後、言葉をまとめるようにゆっくりと茶を流し込む。


「AIが“天岩戸”を指したとの事ですが、年一回のしめ縄の張り替えですら登山家の方にご依頼させていただくような場所にあります。危険である事はもちろん、通常は立ち入ることのできない“神域”なので、軽々にご案内するのは少々難しいというのが本音です」


「それが実は、というか……」


 桐生が申し訳なさそうに続ける。


「座標を確認して、関連する画像を見たら正確には“天岩戸”ではなかったというか……」


「え、どういう事?」


「すいません!てっきりこれが“天岩戸”だと勘違いしてました!」


 桐生が差し出すスマホに表示されているのは、先ほど見た天岩戸とはかなり趣の異なる大きな洞窟のような場所。奥に据えられた鳥居を囲むように、賽の河原に似た積み石で隙間なく埋め尽くされている。


「ああ、天安河原あまのやすかわらですね。御籠もりになった天照大神をお慰めするため、八百万の神々が“宴”を開いたとされる場所です」


「その場所は、見せていただくことが出来るんでしょうか?」


「そこであれば問題ありません。普段から多くの参拝者や観光客の皆さんが来られていますよ。今からでもご案内しましょうか?」


「是非、お願いします!」


 二人は同時に頭を下げた。



◇◇◇



2025.6.19 午前/高千穂・天安河原宮


 天岩戸神社から歩いて程なく、岩戸川へ下る細い道を進む。苔むす岩の間を縫って走るせせらぎに沿って尚も進むと、左手に大きく口を開けた祠が視界に飛び込んできた。


「思ってたより大きいっすね」


 桐生が素直な感想を口にする。やはり、写真や動画で見るのと実際に見るのでは存在感も含めかなりのギャップがある。


「積み上げられている石は、参拝された方々から神への願いが込められています。調査の際はそれらに触れたり、崩したりすることが無いようご留意ください」


「承知しました。それでは、一度基本的な調査を……」


 言いかけた時、神域の静寂を切り裂くように真理のスマホが鳴った。


「すみません、失礼します」


 スマホを取り出し、表示されている発信者の名前を確認する。


「所長?」


 着信ボタンを押し、応答する。


「はい、御堂です。はい。……今ですか?天岩戸神社の近くです。……えっ?明日?」


 ただならぬ要件のようだ。西野と桐生が少し心配げな顔で見ている。


「……はい、承知しました。それは私一人でも対応できますでしょうか?……分かりました。では、今から向かいます」


 電話を切る真理。桐生が尋ねる。


「……先生、何かトラブル?」


「雪宮さんがね、明日種子島のフォーラムに参加する予定だったんだけど今朝コロナの陽性って診断されて。研究室のメンバーも大事を取って自宅待機になったから、近くにいて融通もききそうな私に代打要請が来た、って話」


「今から行くんすか?」


「そうね。朝一番だし、ホテルの差し替えもやっとくからって。高速艇はあまり遅い時間までやってないので、悪いけど今から鹿児島まで送ってもらえる?」


「オッケーです」


 真理が西野に向き直る。


「すみません、ご案内の途中で。本日は一旦外させていただきます。明日改めて桐生が測定をさせて頂こうと思うのですが、宜しいでしょうか?」


「構わないですよ。大変な事のようですから。明日の件も承知しました。神も急かされることはないでしょう。また、社務所にお声がけをください」


「ご配慮感謝します。それでは失礼いたします」


「失礼します!」


 二人は元来た道を急足で戻る。


「……ちなみに間に合いそうなんっすか?」


「今がお昼前だから、普通に走れば最終便には何とか」


「安全かつ快適にお送りしますよ」


「よろしくっ!」


 川のせせらぎが、静かな音を奏でながら二人を見送っていた。



◇◇◇



2025.6.20 午後/種子島宇宙センター・宇宙科学技術館



 ホテルの会議室で催されたフォーラムの後、真理たち参加者は種子島宇宙センターを訪れていた。宇宙科学分野で他国に遅れをとっている日本に、どのようなAIを導入すれば劇的な加速をすることが出来るのか、というのがテーマだ。


「古代もいいけど、宇宙や未来も悪くないわね」


 雪宮へのレポートを同時進行でまとめながら真理が呟いた。実際、宇宙にかけるJAXAスタッフの熱意は相当なもので、未知への挑戦は古代の謎解きに勝るとも劣らない魅力を感じさせる。


 今、真理たち一行は宇宙科学技術館にいる。ロケットの打ち上げから宇宙ステーションまでを体験できる施設だ。案内は栗原という女性スタッフ。真理と同世代か少し若いかもしれない。年配の男性参加者が多い中、目立つ真理に親しげに声をかけてくれた。


「初めまして。JAXAの栗原と申します。本日はよろしくお願いします!」


 頭を下げるとポニーテールがつられてぴょこんとお辞儀をする。なんとなく大人になった恵を想像させた。


「こちらこそよろしくお願いします。栗原さんはこちらに来られて長いのですか?」


「3年目になります。といってもまだまだ下っ端ですけどね!」


 明るく笑いながら返す。真理もつられて笑顔を返す。


「では、そろそろお時間になりましたので館内をご案内させていただきます。皆様、私に続いてお越しください!」


 一行がゾロゾロと栗原の後に続く。


「こちらがロケットの発射台をイメージしたスクリーンです。白煙をイメージしたスモークも出て来ますよ!」


「ここは宇宙ステーションの中を再現しています。人気のフォトスポットです!この椅子をうまく使って、いかに無重力っぽく見せるかが腕の見せ所です!」


 館内の施設を元気良く案内する栗原。本当に宇宙の事が好きなのだろう。


「栗原さんって、本当に宇宙の事が好きでいらっしゃるんですね」


「ありがとうございます!宇宙って本当に面白いことだらけなんで、是非いろんな人にも知ってもらいたい、って思ってます!」


「なるほど。ロケットの打ち上げもそうでしたが、ステーションの説明は特に引き込まれました。体験型、っていうのは分かりやすくていいですね」


「はい!宇宙では五感の感じ方も異なるようなので、今後はそういったところもお伝えできればなあ、って考えてます!」


「宇宙での五感、ってどんな風に違うのでしょうか?」


「まずは分かりやすいところから視覚。地上では大気の影響でお昼間は空が青かったり、夕焼けが赤く見えたりしますが、宇宙では色の変化はありません。


 次に味覚ですね。これは宇宙に上がった飛行士の皆さん仰ってますが、同じものを食べているはずなのに地上とは違った味がするようで、これは嗅覚とも関係しているようです。


 ちなみに“宇宙の匂い”というのがあって、少し焦げたような印象だそうです。ただ、これは純粋に宇宙空間というよりも、摩擦で発生した機材の臭いでは無いかとも言われています。


 聴覚は残念ながらそのままでは実現しません。振動を伝える媒体としての大気が存在しないので、宇宙空間に漂う現象を変換する取り組みがなされています。


 最後に触覚ですが、そのまま宇宙空間に出てしまうと死んでしまうので、これは最も再現が難しいかもしれません」


 真理の中で何かがアンテナに引っかかった。


「ありがとうございます。お話の中で“音に変換する”というのが興味深かったのですが、それはどういった取り組みなのでしょうか?」


「“ソニフィケーション”と呼ばれています。データを視覚的ではなく、音で表現する手法ですね。実際“宇宙の音”と呼ばれる動画をNASAが公開しています」


「JAXAでも取り組まれているのですか?」


「今はまだそれほど本格的では無いですけどね。むしろ、大学の研究室の方が進んでいるかもしれません。私の後輩が割と面白い取り組みをやっているようなんですけど、よかったらご紹介しましょうか?」


「ありがとうございます。是非、お願いします」


「分かりました。一度連絡を取ってみますので、改めてご連絡させていただきます」


 真理は礼を言って、栗原と連絡先を交換した。



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