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【完結】REZON ー神話を解くものー  作者: 壇 瑠維
第1部 第3章 出雲

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第8話:神話の剣

2019.7.22(6年前) 鐘巻家・リビング



 夏休みに入り、鐘巻家のリビングにはエネルギーを持て余した怪獣・真悟の嵐が吹き荒れていた。


「ちゃんと宿題やるのよ!」


「分かってるって!」


 長く続いた調査の代休で鐘巻もリビングで寛いでいる。


「んで、自由研究何やんの?決めた?」


「うん!こないだ社会見学で行ったお宮さんで、スサノオノとヤマタノオロチの事教えてもらったんだ。面白いお話だったけど、すごく気になることがあったんで、それをやってみる!」


「おっ、いいねえ。で、気になったってのは?」


「私も聞かせて!」


 両親の前で、やや高揚しながら真悟は自分の“発見”を伝えた。


「……なるほど、その見方は無かったな……」


「しんちゃん、すごい!お母さん、応援するね!」


 真悟は夏休みをフルに使い、自由研究に取り組んだ。鐘巻はバイクの後ろに真悟を乗せ、あちこちと走り二人で色んな発見をした。それは真悟にとって、冒険そのもの。提出した自由研究はあれよあれよと地区・県の階段を駆け上がり、気づけば真悟は大きな表彰式の壇上に立っていた。もう一人女の子が横に立っていたが、真悟の目には偉い人たちの奥で嬉しそうに手を振ってくれる両親の姿しか目に入っていなかった。


 家に帰ってくると、ささやかな「祝勝会」が開かれた。夏の苦労話、担任の先生からみんなの前で賞を告げられた時のこと、東京の表彰式に向かうために乗った新幹線の話。ほろ酔いの父が嬉しそうな顔で言う。


「何度読んでも、最後の一文が泣けるねえ。でも、真悟より先に俺が伝説の剣を見つけちまうかもな!」


「えー、ずるいよ。僕が見つけるまで探しちゃだめだよ!」


「オメエにゃ負けねえ!」



 季節は流れ、3年の月日が経った。興奮した顔で帰ってきた父が、真悟にだけ秘密を話してくれた。


「凄えぞ、真悟……俺、見つけるかも知んねえ。分かったんだよ、場所が!そこにはあるはずなんだ、お前の言ってた“八つの門を守る神”が持ってた八本の剣!人は少ないけど、すごい偉い人も一緒に来てくれる発掘だから、出てきたら俺とお前の成功になるぜ!」


「本当?すごい!そんで行きたい!僕も行く!」


「ガキにゃあまだ早ぇよ。大人しく指咥えて待ってろ」


 そして、父は帰ってきた。深い闇を抱えて。



 人の口に戸板は立てられない。職場で不正を働いた、という噂は瞬く間に広がり、母は家を出て行った。真悟は、残ることを選んだ。あれから父はいつも酒を飲んでいて、時折夢の中でもうなされている。あの日、父に何があったのか、真悟には知る術もない。


 時折、父が自分の部屋で何かを見ていることに気づいた。父がいない時を見計らい、そっと忍び込む。荒れた部屋の奥にある、散らかったデスク。無造作に置かれた包みが気になる。慎重に紐を解くと、八本の銅剣がそこにあった。同じものが七本、一つだけ大きなものが一本。真悟は身震いした。この一本は……違う。これは、“一番強い神様が持っていた剣”。


 真悟の頭の中で、それはすでに“草薙剣”として定着していた。お父さんは嘘つきなんかじゃない。ちゃんと、伝説の剣を見つけてたんだ!理由は分からないけど、これが本物だって事さえ分かったらいい。そしたら前みたいに、みんなで一緒に笑えるようになる。


 インターネットで色々調べ、古物鑑定の店に持ち込んだ。が、何度行っても、どこに行っても鼻で笑われた。その度に真悟の心は折れそうになる。もう、やめようかな。


 その時、少し古い記事が目に留まった。“1000年の謎を解き明かした若き研究者”と言うタイトル。何となく記事を読み進めた真悟は、そのストーリーに夢中になった。


 誰も解けなかった謎を解いた綺麗な女の人。画面越しの笑顔は、救いの女神のように映った。この人なら、分かってくれるはず。真悟は手紙を添え、伝説の剣を女神に託した。謎が解き明かされ、女神の祝福を受ける自分の姿を想像するのは楽しかった。


 待ち侘びた物が帰ってきた日。真悟の鼓動は早鐘を打ち、栄光の期待に身体中が震えた。きちんと折り畳まれた報告書を封筒から取り出し……少年は生まれて初めて絶望を知る。


 御堂真理は女神では無かった。こんな絶望を味わわせてくれるなんて、あいつは人間の皮を被ったクソッタレな悪魔だ。全部、あいつのせいだ。そしてこれまで散々コケにしてくれた鑑定士の大人たち。あいつらもクズだ。せいぜい御堂真理の靴でも舐めてろ。そして親父。ガラクタなら、後生大事に抱えてんじゃねえ。……どいつもこいつも最低だ。俺は、俺のやり方で強くなる。そして、……テメエらを見返してやる!


 学生服はスカジャンに変わり、自転車はバイクに変わった。“今”に反抗するため、“昔”のスタイルにこだわった。いつしか仲間も増え、止める大人もいない。

 だが、時折無性に叫びたくなる。何を?真悟自身にも分からない。夜中に一人バイクを駆り、あてもなく走り続けた。


 一本の剣と握り潰された紙の束は、捨てられることもなく暗闇で沈黙を守る。再び舞台に上がるまで2年の歳月を要した。



◇◇◇



2025.6.8 夜/鐘巻家・リビング



「……あの時、俺が余計な興味を持って親父を連れ回したりなんかしなければ……」


「それは違うわ」


 真理が諭すように続ける。


「それがあっても無かっても、いずれ誰かが見つけたはず。鐘巻さんが自力でたどり着いた可能性も高いの。だから、あなたのせいじゃない」


「でもよう……」


「話してくれてありがとう。さっきお父様には伝えたのだけど、これは私たちにとってとても重要な情報だったの。君の話で、確信したわ」


「どゆこと?」


 ついていけない桐生が尋ねる。


「鐘巻さんの未練、と言った方がいいかしら」


 ちらりと鐘巻に目を向ける。


「……たく、どこまでバレてんのかね。教えてくんない?」


「ほぼ、全て」


「参った。あんたすげーよ」


「親父、バレるって何だよ?」


 鐘巻がやれやれ、とため息をつきながら真悟の方を向く。


「答えはずっと、お前が握ってたんだよ」


「俺が?」


「ちょっと考えれば分かるはずだったんだ。ま、お前らしいっちゃお前らしいけど」


 鐘巻が手に持った真理のレポートをひらひらと振る。


「こーれ。ここに全部、書いてあんの」


「それ、分析結果を箇条書きにしてるだけじゃないんっすか?」


 桐生も意外だったようで“訳がわからない”と言う顔をしている。


「せっかくなんで、美人先生の名推理を聞かせてもらっていいかい?」


「あら、美人と仰ってくださるのね。嬉しいわ」


「俺はどっかのガキとは違うんでね」


「ガキガキうるせえよ!んで、息子の前で女口説いてんじゃねえ!」


「へいへい。じゃ、よろしくー」


 真理がコホン、と咳払いして始める。


「まずは、剣の造形。書いてあるとおり、雑なモナカ構造で研磨の跡もいい加減。素材の年代からここ3年以内で作られた事は確定しているので、技術が拙いか意図的にそうしたのかがポイント。インターンで来た桐生君ですら見破れるほど“嘘くさい”。逆に、“これを見れば贋作と思うしかない”って言う仕掛けが的確すぎるので、これは知見のある作者が悪意を持ってそうした、と考える方が自然」


「お見事。他には?」


「更に“嘘くささ”を強調するための仕掛けが“Made in TAIWAN”の刻印。樹脂製の玩具でもない限り、通常見えるところにこんな刻印はしない」


「何でわざわざそんな小細工したんだ?」


 真悟が口を挟む。


「君の疑問に答えるのが、最後の仕掛け。ここまでの“嘘くささの演出”は全てこの本命を隠すためのカムフラージュ。素材は青銅。だけど、芯材として鋼に類するものが使用されている」


「棒に何か意味があんのか?」


「……自分で書いたレポートの中身ぐらい覚えておいて欲しかったわ。“一番強い神様”が持っていたのはなあに?」


「鉄の剣!」


「そう。そして青銅はそれを隠すための隠れ蓑。この中に、八本目の剣が収められている。だから、他のものよりサイズが大きいの」


 パチパチ、と拍手が起こる。鐘巻は満足そうな顔で真理を見つめる。


「完璧だ。俺は見つけた鉄の剣がうっかり世に出ないよう、出ても大丈夫な手を考えた。誰が見ても相手にしないパチモノ。でも、あんたの言うように“誰かに見つけて欲しい”って言う未練がなかったかといえば嘘になる」


「そして、未練はもう一つあるんでしょ?」


「そうだな。……真悟の説を本当に信じていれば、コソコソ隠す必要なんてなかった。堂々と“鉄の剣が見つかった!”って宣言すれば良かったんだ。でも俺はあの時、真悟よりもずっと苦労を重ねてきた仲間たちと、俺自身の保身を考えた。情けない話だ」


「誰でも信じたくないものに出会ったときは、まず疑うことから始めてしまう……それは自然な心の声だと、先日ある方に教えてもらいました」


「沁みるねえ……で、バカ息子君。そろそろワクワクし始めてんじゃない?」


「そりゃ、中に、その、あれがあるんなら」


「今ここで行っちゃう?パカっと」


「そんな軽い扱いなんすか?」


 桐生がびっくりした顔で鐘巻に聞く。


「もったいつけても仕方ないだろ?御堂さんのお目当てもこれっぽいし。やるならサッサとやろう、って話」


「こちらの意図もお見通しだったんですね」


「ま、お互い様って事で。真悟、俺の部屋から道具持ってきて」


「お、おう」


 真悟がドタドタと階段を駆け上がり、道具を抱えて戻ってきた。


「んじゃ、やるよ〜」


 粗い繋ぎ目の部分にノミが撃ち込まれ、金槌の音がこだまする。亀裂が入り、ノミの振動に合わせて裂け目が広がる。砕けた青銅の奥から、徐々に黒い刀身が姿を現す。全員、息が止まったように鐘巻の作業を注視する。



◇◇◇



 金槌の音が止んだ。


 誰の呼吸も聞こえない。


 黒き“鉄の剣”が全貌を明らかにした。古代剣の特徴である真っ直ぐな刀身に、ゆるいカーブを描きながら、薔薇の棘を思わせる鋭い出っ張り。T字の柄が伸びてきた本体を受け止める。


「同じ特徴を持つ剣の記述がある。それは古代から、熱田神宮に祀られていると聞く」


 誰もが目を離せない、黒真珠のような輝き。鐘巻の目が真悟を捉えた。


「草薙剣。又の名を……“天叢雲剣”と呼ぶ」


 どこかで、低い唸り声が響いた。それは風の音だったのか、誰かの嘆きだったのか。雲は月を隠し、雨が地表に落ち始めていた。



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