第6話:口は災いの元
2025.6.8 夜/鐘巻家・空き地
空き地に、数台のバイクが集結していた。ヘッドライトの光が交差し、白い煙が舞う。円の中心には一際目を引く巨大な族車。派手なカラーリングとロケットカウルが日章旗を描く。車体に負けじと大柄なライダーの背中には荒ぶる神の姿。金色の刺繍が天に唾する。刻まれた名前は、“雄呂血”
中心の男はバイクを降り、乱れたリーゼントを整えながら気合いを入れた。
「天滅栄羅亜 (てめえらー)!」
「押忍 (おっす)!」
「凶喪砕威光駄津咫是 (きょうもさいこうだったぜ)!」
「魚 (うおー)!」
「悪夜聞、砕威光 (おやぶん、さいこー)!」
「欧世 (おうよ)!」
「……親分」
「難堕、翔平(なんだ、しょうへい)!」
「……読みにくいんで、普通に喋ってもらっていいですか?」
「ふっ、いいだろう、聞いてやらあ。ロッケンロール!」
「魚 (うおー)!」
「テメエらもだ!」
「ういーっす」
言われた面々は素直に言葉を戻し、めいめいバイクを降りる。玄関の扉が開き、鐘巻がだるそうに頭をかきながら“親分”に話しかける
「……うるせえよ、真悟」
「ああ?何だテメエ。喧嘩売ってんのか?」
「ガキに売る喧嘩はねえよ。それよりお客さん来てんだ。マジ静かにしろ」
「客?テメエに?どこの物好きだよ?」
ひょこっ、と真理が顔を出す。
「……東京から来ました、御堂と申します」
「何だテメエ、コイツの女か?」
「お……!」
何故か桐生が絶句する。
「違うよ。東京でAI使った考古学やってる偉い人だ」
「東京?AI?御堂…?……テメエもしかして、御堂真理か!」
「へ?なんで私の名前知ってるの?」
「そうか、テメエがあのクソッタレか……ここで会ったが百年目、ケジメ取らせてもらうぜ!」
「え?え?何の事?全然話が見えない……」
「とぼけんのもいい加減にしろ!テメエのせいで俺は、俺はなあ!」
「ごめん桐生君、交代いける?」
「何言ってんすか。恨み買ってるの先生でしょ?」
「……心の底から覚えが無いのよ。あんなヤンキー君、一度会ったら絶対忘れるはずないんだけど……」
「そこは同感。忘れたくても忘れられないインパクトっすからね」
「でしょ?」
「なあーーーにイチャついてんだ、コラーーー!俺を無視するんじゃねえ!」
「……今ひとつ事情が飲み込めないんだけど。私、何したらいい?」
「黙って殺されやがれーーーーーー!」
「……それはちょっと……」
「真悟、ちょい落ち着け。何か会話が成立してないぞ?」
「黙れこの野郎――!龍司、哲雄、そいつが余計な事しねえように押さえとけ!」
「がってんだ、親分!」
呼ばれた二人が桐生を羽交締めにする。
「そっちじゃねえーーー!そこのニヤけたオヤジだーーーーー!」
「がってんだ、親分!」
桐生をポイと捨て、龍司と哲雄が鐘巻に取り付く。
「……助け、いる?」
「……何でだろう。理由はないんですけど、絶対大丈夫な予感しかないです……」
「同感だ。ま、いざとなったら何とかするよ」
「その時はよろしくお願いします」
「だーーーかーーーらーーーーー!イチャついてんじゃねえーーーーー!」
「……血管切れるよ?」
真理の指摘通り、真悟のこめかみにはくっきりと血管が浮かび上がっている。
「親分、ちょっと深呼吸しましょう。ハイ、いっちにーさん!」
真悟は素直に従い、深く深呼吸する。
「……世話かけたな、正志。恩にきるぜ」
「ロッケンロール!」
何を言っているのかは分からないが、無駄に爽やかな笑顔を交わす。
「……待たせたな。で、覚悟はいいか?」
「相変わらず良く分かってないんだけど、相手しろって事でいい?」
「ようやくその気になったか……長かったぜ、テメエをぶちのめす、この日が来るまでなあ!」
真悟はスカジャンを脱ぎ捨てた。鎧のような筋肉で覆われた肉体が夜風を受ける。
「テメエら、手ェ出すんじゃねえぞ。“漢”の勝負はタイマン、ってのが素戔嗚時代からの慣わしよ!」
「いいぞ親分、やっちまえー!」
真理がやれやれ、といった表情で一歩前に進み出る。
「……私“女”なんだけどね」
髪を耳にかける。
「まあいいわ。お勉強の足りないヤンキー君に“特別授業”をしてあげる」
にっこり微笑む真理。いささかも怯む様子がない。
「あ?舐めてんのか、テメエ?泣いても許してやんねえからな!」
「口数だけは多いわね。さっさとかかってきたら?」
「上等だコラ、後で後悔すんな!」
殴りかかる真悟をヒラリと躱す真理。髪一筋も乱れない。
「後で悔やむ、から後悔。その前に“後で”を付けるとおかしくなっちゃうでしょ?習わなかった?」
「うるせえ、先公みたいな口ききやがって!テメエ何様のつもりだ!」
向き直り、拳を振るう真悟。が、これも躱される。
「一応大学でも教えてる、美人な先生♡」
「自分で言うなこのタコ!ババアが粋がってんじゃねえぞ!」
すっ、と真理の目が細くなる。桐生は周りの気温が急激に下がったような気がした。
「……何て言ったのかしら?私の聞き違い?」
「はっ、ババアは耳も悪いのか?何度でも言ってやるよ、このババ……」
そこから先は喧嘩ではなく、“殺戮”だった。
真理が一歩踏み込み、左右の拳が目にも見えない速さで繰り出される。拳の動きに合わせ、真悟の顔から血飛沫が舞う。ヨロヨロと後ずさるが、グッと堪えて特攻とばかりに掴みかかる。
突進は流れるような動きでいなされ、巨体がクルリと宙に舞う。背中を強かに打ち付け悶絶する真悟の真上に、息つく間もなく蝶のように舞う一つの影。重力を無視して、そこだけ時間が止まったような真理の右肘は毒針のような鋭角を形づくり、視線の先には真悟の無防備な鳩尾。
“ズン”
鈍い音を立てて、全体重を乗せた肘がめり込む。その場の誰もが口を開けたまま固まり、白目を剥いた真悟の口元に泡が浮かぶ。
風が、吹き抜けた。
立ち上がった真理は軽く埃を払い、髪をかきあげながら淡々と告げる。
「……これが“三平方の定理”よ。習わなかった?」
「「「「絶対違ーーーーーーーーーーーーーう!」」」」
全員がツッこんだ。




