第4話:剣
2025.6.8 午後/島根県立古代出雲史博物館
出雲大社に隣接する島根県立古代出雲史博物館。ここには出雲大社をはじめ、古代出雲の歴史や文化が紹介されている。1984年に荒神谷遺跡で発掘された300本以上の銅剣は当時全国で出土していた銅剣の総数を上回り、文字通り古代史を揺るがせた。
この日は朝から出雲大社に向かったのだが、日曜日の人混みを舐めていた。という事もあり、戦場のような忙しさの中ゆっくりとお話を、という雰囲気ではなく。宮司も申し訳なさそうに
「いや、もう少し時間が取れると思っていたのですが……」
と話す側から呼び出されている。
「素戔嗚尊と八岐大蛇でしたら、松江の八重垣神社に行かれる方が良いかもしれませーーーん……」
と残し何処かへ連れ去られてしまった。
「……神様に避けられてる気がする……。今って神無月だっけ?」
「惜しい。水無月っす」
「そうきたか」
元々本命ではなかったこともあり、せっかくなので純粋な観光を楽しんだ後、二人は次なる待ち合わせの場所へと向かった。
◇◇◇
待っていたのは小谷と名乗る老人。1984年の発掘調査に携わった一人で、今でも発掘に立ち会う傍らボランティアとして後世に歴史を伝える役割を果たしている。
薄くなった頭髪の下に人懐っこい笑顔を浮かべ、「やあやあ」と近づいてきた。
「小谷です。偉い先生さんが来ると聞いて、緊張しとります」
「御堂です。こちらは桐生。改装中の時に無理を申します」
「いや、構わんですよ。と言っても私が権限持ってる訳じゃないんですけどね。銅剣を見られたい、という事なのでその部分だけご覧いただけるようにしとります」
「お気遣いをいただきありがとうございます。よろしくお願いします」
「そしたら、参りましょうか。中で館長さんが待っとりますんで」
関係者用の入り口に案内され、工事用の足場に囲まれた館内に足を踏み入れる。通用口の突き当たり、「館長室」と書かれた扉の横で小谷が足を止めた。ノックの音に続き、「どうぞ」と声がかかる。応接室で出迎えてくれたのはいかにも学者肌、と言った感じの男性。
「ようこそいらっしゃいました、御堂さん。館長の高杉です」
「御堂です」
「桐生です」
名刺を交換し、勧められたソファに着座する。
「荒神谷の銅剣を是非ご覧になられたい、と伺っております」
「はい。工事休館であることは重々承知の上だったのですが、誠に恐れ入ります」
「お気になさらず。本日は工事も行なっておりませんし、他ならぬ衣笠所長のご依頼ですから。ただ、安全のためここから先はヘルメットの着用をお願いいたします」
「承知しました」
「あと、現場には私も同行させていただきます。とは言っても銅剣については私よりも小谷さんの方が詳しいので、ご質問があれば小谷さんにお伺いください」
「いやいやそんな、館長さんを差し置いて」
「私は発掘の現場にいた訳では無いですからね。聞きかじった情報より、小谷さんの言葉の方が遥かに有意義でしょう」
「もったいないです……精一杯、努めさせてもらいます!」
「それでは、参りましょうか」
ヘルメットを手渡され、展示室へ。ガラス張りの一角。そこに「それら」はあった。出土した銅剣は整然と並べられ、奥の壁面には金属感を再現したレプリカが並んでいる。
「……すごい!」
圧倒される真理と桐生。ガラスケースに映る自分たちの顔が輝いているのが分かる。小谷が得意そうに解説を始めた。
「ご存知やと思いますが、これは農道を作る調査をしてた時、一人の調査員が田んぼで“須恵器”のカケラを拾ったことが始まりでして。“これ、あるんちゃうか?”って慎重に掘り進めたら、1年後に斜面から出てきたんですわ。あのびっくりした事。四列になった銅剣が“ビシーっ”と並んでて、みんな“えらいこっちゃ”とお騒ぎですわ」
「1984年のお話ですね。それから続けて、銅鐸や鉾も発見されたとか」
「そうですねん。“もっとあるんちゃうか”言うて、私ゃそんな欲かいたらあかんの違うか、とか言うてたんですけどやっぱり出てきて。今では全部国宝ですわ」
「すごい発見ですよね……その後、特に大きな発見とかは無かったんですか?」
一瞬小谷の表情に迷いが見えた。高杉が代わりに答える。
「その後は残念ながら、大規模な出土はありませんでした。世紀の発見は滅多に起こらないからこそ、そのように呼ばれているのです」
どこか冷たさを感じるトーン。
「そうですね。そんなにポンポン出てきたらありがた味がないっすよね」
桐生の軽口に向ける視線も心なしか厳しい。
「……仰る通りです。価値は、かけられた情熱と労力に等しく与えられるべきなのです」
何か引っ掛かる言い方だ。が、それを議論しても仕方ない。見るべきは見たし、頃合いだろう。
「高杉館長、本日はどうもありがとうございました。歴史的な遺産を見ることが出来て光栄です」
「喜んでいただけたなら何よりです。衣笠所長にもよろしくお伝えください」
4人は展示室を後にする。整然と並ぶ銅剣たちは、何かを訴えかけているようだった。
通用口を出て、帰路に向かおうとした時。小谷が二人を呼び止めた。
「あの、御堂先生さん」
「はい?」
「実は、少しお話ししたいことがありまして……」
小谷の表情からは人懐っこさが消え、怯える小動物のような悲壮感が漂う。軽く握られた拳が、僅かに震えていた。
◇◇◇
2025.6.8 午後/博物館近くの喫茶店
「いらっしゃいませ〜」
カランコロン、と鳴るベルに合わせてエプロンをした女性の声が出迎える。ここは博物館から少し離れた場所にある昔ながらの喫茶店。レンガ風の壁にはレトロなポスターに手書きのおすすめメニューが貼られ、タイムスリップしたかのような懐かしさを感じる。
運ばれてきたコップの水をがぶ飲みし、小谷が小さく息を吐く。
「ご注文は?」
「ホットを3つ、お願いします」
「かしこまりました〜ホット3、入りま〜す」
のんびりとした歩調で女性がカウンターに向かう。
「それで、お話というのは?」
真理が極力プレッシャーにならないトーンで口火を切る。
「うー、その、あ〜……」
小谷の言葉は要領を得ず、時間だけが過ぎていく。
「ホットお待たせしました〜。ミルクと砂糖はどうされますか〜?」
「ブラックで、お願いします」
「かしこまりました〜」
答えた真理の方を見る事もなく、女性は丁寧にコーヒーカップをお盆からテーブルに置き換える。
「ごゆっくりどうぞ〜」
のんびりと立ち去る女性。小谷は目を泳がせ、言葉を出そうとしては飲み込んでいる。
「……素敵な喫茶店ですね」
「あの、御堂先生さん!」
小谷の目が真理を見据える。真理もにこやかに、だがしっかりと目を合わせる。
「はい、何でしょう?」
「実は……実は、銅剣は、また出たんです」
「……荒神谷遺跡からですか?」
「それは……場所は、言えんのです」
「分かりました。それは、いつ頃のお話でしょうか?」
「……3年前、ちょうど3年前です、はい」
「どれぐらいの規模の銅剣が発見されたんですか?」
「七本。固まって、荒神谷の時と同じように固まって」
「その銅剣は、今どこにあるんですか?」
「イチロしか、知らん」
「イチロ?」
「銅剣を見つけた奴の名前です、はい。イチロが見つけて、多分今も持っとります」
「……出土品を、見つけた個人が持ってる?色んな意味であり得ない話ですが……」
「本物なら、ねえ。本物なら、そりゃ、そうなりますわ、はい」
「……本物ではない?」
「俺は、言うたんですよ、欲かいちゃいけねえ、って。言ったんですよ、何回も」
「……それは、見つかった銅剣が贋作だったと言う事……?」
「俺は、見てしもうた。あいつが懐から、贋作を取り出すとこを!」
「……何ですって?」
「お前、何やってんだ、それは何だ、見せてみろ、って。言ったんだけど、イチロは胸んとこ押さえて、聞きゃしねえ。これは違う、違うんだ、の一点張りで」
「……」
「そしたらよう、高杉館長さんが“何騒いでんだ”って感じで来ちまって。俺は、言ったんだ。館長さん、こりゃ違うんだ、何かの間違いなんだ、って。そしたら、“そうか”って。イチロは何にも言わねえし、館長さんが“これ持って消えろ”って。そんで、“小谷さん、ここであった事は誰にも言っちゃいけねえ”って言われて、俺はよ、もう怖いやら何やらで……」
いつの間にか冷めたコーヒーが三つ、テーブルの上で悲しげに佇んでいる。小谷が自分のカップを手に取り、飲み干した。
「……それっきり、イチロは来なくなった。今はもうどうしてんのか、俺にゃ分からねえ……」
真理は間を閉じ、ゆっくりと考えをまとめる。
「……お話は分かりました。でも、どうして私たちにそのお話を?」
「……分かんねえ。今、この人に言わなきゃ、って思ったんだ……」
小谷はこの数分で、何年も老け込んでしまったかのようだった。手の震えは止まっている。
「大変なお話をしてくださって、ありがとうございます。ちなみに、イチロさんのフルネームを教えていただけますか?」
「イチロ……一路。一つの路、と書きます」
「下のお名前は?」
「一路が名前です、はい。苗字は確か……鐘巻」
何かが、繋がった。




