表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】REZON ー神話を解くものー  作者: 壇 瑠維
第1部 第2章 熊野

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/67

第5話:我、悟りを示す

「これって……」


「せやねん。仏教で言うとこの“貪・瞋・痴 (とん・じん・ち) ”みたいなもんかな。そいつの煩悩を刺激して強制的に戻しよるねん」


「うわ、性格悪……」


 恵が何とも言えない表情で呟く。


「ワシも何十回と試したけど……さすがに一歩目はなかったで」


 むくり、と桐生が立ち上がる。


「ふっ、そう言うことか」


「兄ちゃん、もうやめとき。勝てる気がせえへんわ」


「種が分かれば手品にあらず。要は振り返らなければいいだけの事。天雲上人、破れたり!」


「……止めたからなー」


 雲龍の言葉に耳を貸す気配もなく、桐生が再び立ち向かう。


 一歩目。潤んだ瞳で桐生を呼ぶ恵の声。ふっ、その手はもう通じない。


 二歩目。温泉の匂いがする。ほんのりと湯気が漂ってきた。真理と恵の声。


「うわー、真理さん綺麗!どうしたらこんなになるんですか?」


「恵さんこそ立派に育って。この張りは若さよねー」


「もう、どこ触ってるんですか!」


 どこが育って、何を触ってるの?教えて!俺にも教えて!……って違う、これは修験道のおっさんが作り出した幻。桐生蓮は屈しないぃぃぃぃぃ!


 三歩目。何かを見つけた真理の声。


「あら、このPCは何かしら?」


「いっぱいフォルダが並んでるけど……この“Best Selection”って何だろ?」


「恵さん、勝手に開けるのは人として……」


「真理さんも気になってるくせに。行きますよ?ポチッとな」


「待てえええええええええええええええええい!」


 猛ダッシュで入り口に戻る桐生。何かを抱き抱えるように滑り込んだ。


「これは、これだけはあああああっ!」


 ハッと気づいた桐生の目に飛び込んできたのは、汚物を見るような眼差しの恵。真理は頭を抱え、雲龍は哀れみの目を向けている。


「な、言うたやろ?」


 声が響く。


 “……修行ガ、足リン”



◇◇◇



「ずーん」という形容詞を纏って、桐生は隅っこで膝を抱えていた。


「こう言う事だったんだ……」


 恵が呟く。


「まあ、普通の人間が行ったらこないなるわな」


 雲龍が膝を抱えたままの桐生をチラッと見る。


「何せ相手は“悟り”を開いた修験者や。生半可な覚悟やったら太刀打ちできん」


「では、どうすれば……?」


「私、行ってみようか?」


「そんな事せんでええ。お前は、せんでええねん……」


「今まで何回もやってあかんかったんやろ?」


「……朝も言うたけど、男にはやらなあかん時があんねん。それが今や」


「でも、あんなんに勝てんの?」


「悟り、なあ。よう分からんけど、精一杯やってみるわ」


「無理せんといてな」


「応援よろしゅう」


 雲龍は向きなおり、視線は勾玉に注がれる。ゴーグルを着け、一歩を踏み出す。


「うむっ」


 雲龍の体に吹き付ける“圧”が一段と強くなる。煩悩が可視化され、入口へと誘う。


「……しょうもない。こんなもんで止まったるかい!」


 二歩、三歩。


 着実に前に進む。


「ハハっ、そう来たか!笑わしてくれるやんけ!」


 四歩、五歩。


 雲龍は立っていることも出来なくなったのか、両手をついてその場に踏ん張る。“圧”は強くなり、ツナギがバタバタとはためく。


「またそれかい……飽きたわ!」


 ゆっくりと、だが力強く歩を進める。一歩ごとに礫が舞い、打ち付けられた雲龍の体に傷が刻まれる。体だけでなく、心も苛まされる雲龍のうめき声が響き、その様は煉獄を思わせる。


「もう…やめて。もう、ええから……」


 涙ぐむ恵の口から漏れ出る小さな叫び。雲龍は気付く事なく、ジリジリと這い進む。もう少し。手を伸ばせば、“勾玉”に手が届きそうだ。


 “圧”は荒れ狂う嵐のようになり、雲龍は必死で大地にしがみつく。不意に嵐が止み、背後から声が聞こえてきた。



「いつまでこんな事続けんの?次こそは次こそは、って、何回聞いたか分からへん!」


「お義兄さん、ちゃんと姉さんの事見てあげて。これまで一生懸命支えてくれたじゃない。もう、夢を見るのも終わりにしましょう」


「ちゃうねん、ホンマにもうちょっとやねん。もう、見えてんねん。夢ちゃうねん。信じてくれ!」


「もう、無理。待つのに疲れた。これから先は、一人でやって」


「……お父ちゃん、一緒に行かへんの?」


「お父ちゃんな、どうしてもやりたい事があるんやて。せやから私らと一緒に行かれへんねんて」


「いやや、お父ちゃんと一緒におる!おりたい!一緒にいこ!」


 泣きながら自分を呼ぶ声。それは雲龍の心に残る最も大きな悔いの記憶。ここで意地を張らず、あの子の手を取っていれば……いや、まだ間に合うんか?せや、戻ろう。この子より大事なもんなんかこの世にあらへん……


 雲龍の目から光が消え、力なく振り返ろうとした時。その声は確かに雲龍の耳に届いた。


「お父ちゃん、負けんなーーーー!」


 泣きながら、精一杯の声を届けてくれる恵。雲龍の目に光が戻った。


「……世界一の応援やな」


 視線を向ける。目の前に、怪しく光る勾玉。流れに逆らいながら、震える手を伸ばす。


「上人さんよう、あんたの言う“悟り”な、正直今でもよう分からん」


 腕が、ゆっくりと前に進む。


「せやけどなあ、あんたが知らへんこと、ワシ知ってんねん」


 震える指先。勾玉はもう目の前にある。


「男はなあ……父親ってのはなあ」


 指先が触れる。


「娘のためやったら、何でも出来んのじゃーーーー!」


 握られた勾玉。“圧”は急速に消滅した。


 静寂の中、雲龍の荒い息遣いだけが響く。


 ふらふらと立ち上がった雲龍が、手にした勾玉に語りかけた。


「これが、ワシの悟りじゃ」



明日も23:50更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ