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【完結】REZON ー神話を解くものー  作者: 壇 瑠維
第1部 第2章 熊野

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第4話:汝、悟りを示せ

2025.5.17 午前/熊野・社務所



 翌朝。雲龍堂のあの騒動が嘘のように、社務所には静かな朝日が差し込んでいた。



「……と言う事がありまして」


 昨日の夕方社務所に戻った二人だが、既に恵は帰っていて田辺も居なかったため、日を改めて田辺に相談していた。今日は斉藤の姿はなく、代わりに巫女装束の恵がニコニコしながら座っている。


「ええと、恵さん、今日学校は?」


「休んじゃいましたー!」


 混じり気のない笑顔で元気に答えられ、大人達は毒気を抜かれる。


「昔からこんな感じで……ほんま手に負えんのですわ」


 田辺が諦めたような顔でボソリと呟く。


「それで、雲龍さんの件なのですが」


「あ、それ気にしなくていいと思いますよ」


「へ?」


「今日はねえ、何かいいことが起こる気がするの。だから、学校なんて行ってる場合じゃないの!」


「巫女の勘、ってやつ?」


「そう、見習いですけどね!」


 桐生の問いに元気よく答える。恵と話していると、深刻に悩むのがバカらしく思えてくるから不思議だ。


 と、社務所の扉が開き一人の男が現れた。薄汚れたツナギにブーツ、手袋。登山に使うリュックを背にヘルメットとゴーグルを抱えている。


 薄くなった額に反抗するかのように跳ね上がる横髪を丸縁のサングラスで押さえつけているその姿は


「雲龍さん!」


「久保山!」


 真理と田辺が同時に声を上げた。


「ご無沙汰してます、田辺さん」


 雲龍が頭を下げる。桐生は信じられないものを見たかのように目を丸くしている。


「お二人は、知り合いなんですか?」


「知り合い言うか、何ちゅうか」


「あの時はホンマすんませんでした」


「それはもう、ええんやけど…どないした?」


「そこの二人に用事があって。天雲上人の勾玉探してる、言うからボランティアですわ」


「……そうか、そうか……」


 田辺が感極まった表情を見せる。


「でも、どうしてまた急に?昨日はあんなに……」


 雲龍が真理と桐生に向き直る。


「昨日は取り乱してもうて、ホンマにすまん。あれから夜通し考えて、やっぱりあれじゃアカン思たんや」


 一瞬恵に向けた視線を戻し、雲龍が続ける。


「にいちゃん、男にはなあ、やらなあかん時があんねん。ワシにとっては“今”がそれや。手ぇ貸したるさかい、黙ってついてこいや」


「私も行くー!」


 恵が元気に手を挙げる。


「……お前も来んの?」


「行くに決まってるやん!」


 雲龍はため息を一つつき、諦めたように続ける。


「どうせ言うても聞かへんしなあ。それやったら、着替えてき。そんな格好で行けるとこちゃうで」


「かしこまりっ!」


 盛大な音を立てて更衣室に向かう恵。


「有楽さん、廊下は走らない!」


 田辺の声が後を追いかけるが、恵に追いついたようには見えない。


「あんたらも、着替えたほうがええで」


「……どちらに向かわれるんでしょうか?」


 真理が聞く。


「決まってるやん」


 雲龍の口元がニヤリと歪む。


「“常闇の壁”や」



◇◇◇



2025.5.17 午前/熊野・山中



 苔の匂いが濃く漂う古道を外れ、四人は人跡の少ない山中に分け入っていた。


 先頭にはフル装備の男性、次いで山登りにはやや軽装に見える男女、最後にジャージ姿の少女。胸元には「天神館」のロゴが白く浮かんでいる。



「“鍵”はまんまの“鍵”やない。天地がひっくり返るぐらい強い霊力やと確信した修験者は、“常闇の壁”の修行窟に篭って勾玉に霊力を込め続けた」


 獣道を進みつつ、雲龍が続ける。


「これが伝承にある“常闇の壁”の記述や。普通“常闇”は先の見えへんぐらい過酷な荒業の暗喩と解釈すんねん」


 雲龍は枝を払いながら続けた。


「せやけどワシは考えた。わざわざ“壁”ゆう言葉を使ってんのは何でや?荒業を示すんやったら“常闇の業”とか、もっと直接的な表現使うんちゃうやろうか」


 急勾配の斜面を細い木の幹に頼りながら登る。


「それは文字通り太陽の光が射さへん断崖にある修行窟や。ワシは何年もかけて、必死こいて探した。手がかりなんかあらへん」


 岩場に差し掛かる。足元の石がかすかに震え、どこからか低い唸りのような音が響く。


「そんで、ようやく見つけた。“山が震える場所”や」


 岩と岩の間。黒い裂け目のような洞が姿を現す。低い唸りと共に奥から噴き出す風が、獣の息のように脈動した。



「……こっからは先は今までみたいに行かへん。距離は知れとるけど、もし気分が悪なったらすぐに言うてや」


「何があるんですか?ひょっとしてガスとか?」


 桐生が及び腰で尋ねる。


「まあ……似たようなもんかもしれんけど、もひとつタチ悪いかな」


「ガスよりタチ悪いって、何?」


「死ぬことはないんでしょ?だったら迷うことも無いと思うんですけど」


「恵ちゃん、君は本当に男前だねえ」


「ここまで来て怯んでも仕方ないじゃ無いですか。前進あるのみ!行っちゃいましょう!」


「こない言うてるけど、あんたらもええか?」


「大丈夫です」


「ええっと、はい、行きます、行かせていただきます!」


「ほな、付いてきて。はぐれんようにな」


 岩の裂け目から、中へ。雲龍のヘルメットに取り付けられたライトが頼りなく揺れ、湿った岩肌を淡く照らす。進むにつれ、地の底から響くような唸りは徐々に大きくなり、空気そのものが圧縮されていくような重みが全身を包み込む。


「……何か、変な感じ。頭の中じゃなくて、体そのものが押し潰されるような……圧力を感じる……」


 息苦しそうな真理に雲龍が答える。


「これが、勾玉に込められた“念”のプレッシャーやねん。修験者の無念が圧になって流れとる。知らんかったら普通はこの辺までで引き返すわ。本能の警告、いうやつやな」


「……俺の“お家に帰りたい”アラームはもう最高潮ですよ……」


「桐生さんって、何でそんなにヘタレなんですか?」


「へ、ヘタレ?」


「そう。女の子はね、こう言う時“俺に任せとけ!”ぐらい言って欲しいの。分かる?」


「お、おう!」


「じゃあシャキッとしましょう!年上なんだから、いいとこ見せて下さいよ?」


「……任せとけっ!」


 雲龍と真理が小声で会話する。


「桐生君も単純だけど、恵さん只者じゃないですね」


「ダメ男の扱いに慣れてんねん」


 顔は見えないが、苦笑しているのは分かる。


「着いたで」


 空間が開けた。陽の差さぬ絶壁の奥。かつて天雲上人が鎮座していたであろう修行窟の中心に、怪しい光が深い脈動を刻んでいた。



「あれが……“勾玉”?」


 真理の呟きに雲龍が答える。


「せや。伝説の修験者が何年も霊力を込め続けたバケモンや」


「……これだけの距離なら難なく到達できるはずですが、何故今まで取らなかったんですか?」


 四人が立つ場所から勾玉までは数メートルしか離れていない。真理の疑問も尤もだった。


「歩いていくだけやったら、10秒もかからんわな。ワシも見つけた時は、“勝った”思たし」


「じゃあ、一体なぜ……」


 真理の疑問に被せるように、“声”が響いた。空気の振動ではなく、頭の中に直接語りかけてくる重々しい“音”。


 “……キ……サマハ、受ケ継グ……者カ”


「な、今の声は?」


「天雲上人や。その思念、いう方が正しいんかな」


 “……受ケ継グ……者ナラバ、悟リ……ヲ示セ。違ウ……ナラバ、去レ”


「悟りを示す?」


「えげつないやり方でな。結局、辿り着けた事なんかあらへん。何遍やってもあかんから、もう来んのも嫌になっててん」


「何を弱気な!」


「桐生君?」


「たったこれだけの距離、進めないなど軟弱の極み!“漢”を悟った桐生蓮、俺に任せろ!」


 さり気なく恵にアピールし、桐生が一歩を踏み出す。


「……あれ、大丈夫なんですか?」


「……まあ、見とき」


 桐生が一歩を踏み出すと同時に、“念”のプレッシャーが一段と強まった。


「この程度のプレッシャー、どうと言う事はない!」


 どこかで聞いたセリフを吐きながら次の一歩を踏み出す。と、後ろから恵の声が聞こえてきた。


「桐生さん……カッコいい!今すぐお嫁さんにしてー!」


「よーろこんでー!!」


 桐生が踵を返し、恵に飛び掛かる。


「え?何っ?」


 恵はサッと身をかわし、桐生は鈍い音を立てて岩に激突する。冷めた目で桐生を眺める三人と、失いかけた桐生の意識に“声”が響く。


 “煩悩……二抗エズ。修行……ガ足リン”


頑張れ桐生!明日も23:50に更新予定です。

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