第3話:表参道の夕陽
2025.5.16 夕方/熊野・表参道の外れ
表参道の外れ、観光客の足音も途絶えた路地に、ひっそりとその建物はあった。
「……ここ、ですよね?」
桐生が不安げに看板を見上げる。古びたトタン屋根の看板には手書きの文字。
家内安全・商売繁盛・安産・厄除け・運勢アップ
波動共鳴科学工房 総本家 雲龍堂
−魂のバイブス整えます−
年季の入った扉を開けると、鼻を刺す線香と機械油の混じった匂い。得体の知れない物体が入った段ボールは無秩序に積み上げられ、水晶球や半田ごて、意味不明な図面とスピリチュアル系の雑誌。
それらが机を覆い尽くし、わずかに人ひとり通れるほどの“通路らしき空間”を残している。部屋の奥に見える香炉からは煙が上がっており、薄暗い照明と相まって魔窟のような雰囲気を醸し出していた。
「すみませーん……」
桐生が恐る恐る声をかけると、オリエンタルな柄も怪しい奥のカーテンが揺れた。
「……あーい、ちょっと待ってやー」
現れたのはアロハに短パン、サンダルをつっかけた小太りな中年男性。薄くなった額に反抗するかのように跳ね上がる横髪は、インチキマジシャンを思わせる丸縁のサングラスに抑えられている。首元を飾る水晶のネックレスが目に痛い。
「らっしゃーい!雲龍堂店主の久保山……もとい、導師の雲龍でーす」
「もとい?」
「何?なんか言うた?」
「……久保山さん?」
「導師の雲龍でーす」
「でもさっき」
「雲龍でーす!」
「はい、分かりました……」
「で、今日はどないしたん?浄化?合格祈願?それとも……そこのお姉ちゃんと恋愛成就?」
「……いや、この人は僕の上司で……」
「分かるわかる、別嬪さんやもんなあ?いつも一緒にいてるけど、あと一歩が踏み出せへん。自分ぐらいの年頃にはようある話や。せやけど心配ないで。ワシが見つけた、役行者ゆかりの祠で見つかったバイブスを波動して、パルスに魂込めた水晶エナジーバランサー、その名も“アセンションV3”!これ付けたらもう、自分モテるどころの話ちゃうで!」
自慢げに首元のネックレスを持ち上げる。
「ほんまやったらこんな危ないもん世に出したらあかんのやけど、ここで会うたんも何かの縁や。今なら特別価格、3980円で譲ったるわ。どや?」
「……ええと、そういう話じゃなくて……」
「何?これだけやったら足りへん?なかなかやるなあ、自分。ほしたらこれもどうや。有名な陰陽師が時の権力者に頼まれて作ったらしい“惚れ薬の成分的なもの”を月の夜に護摩で炊き上げたお香。……その名も“惚れルーン13世”!ほんまやったら6000円やけど、今なら特別価格980円でご奉仕や!」
「……何だろう、どっかで聞いたようなこの感じ……」
「これでもまだ納得せえへんのか?自分、強情通り越して天晴れやで。ええい、こないなったら商売抜きや!とっておきのもん見せたる!ええか、これは熊野に伝わる伝説の修験者、天雲上人がその霊力を封じたという勾玉の近くにあったらしい水晶から削り出したっぽい究極の開運デバイス、その名も“豪運君”!」
「あんたかー!!」
◇◇◇
2025.5.16 夕方/熊野・雲龍堂
表参道の外れ。夕日を背にしたカラスが、古びた工房を一瞥して空へ舞い上がった。
「何や、もう持ってんのか」
雲龍が興醒めした感じで吐き捨てる。さっきまでの勢いは鳴りをひそめ、ぶつぶつ言いながらその辺りのガラクタを移動し始める。
「あの、すいません。実は私どもの研究で、少しお伺いしたいことがありまして」
真理が律儀に名刺を差し出す。片手で受け取った雲龍は
「“先端AI開発研究所”?何や偉そうな名前やなあ。ほんで?」
明らかに興味なさそうな顔で椅子にふんぞり返り、灰皿をかん、と指で弾く。
「先程のお話にありました、天雲上人についてです。その霊力を封じた勾玉の場所をあなたがご存知ではないかと伺って」
雲龍の顔から表情が消える。
「……あんたら、それどこで聞いた」
「神社の有楽さん、という巫女の方に伺いました。勾玉の場所を聞くよう言われた、と伝えてくれと」
「帰ってくれ」
「え?」
「聞こえんかったんか、帰れ言うたんや。何も話すこと無い」
「何かご存知なんですか?少しだけでも−」
「帰れ言うてるやろ、ボケー!二度と来んな!」
突然の怒気に気押されて、真理と桐生は転がるように雲龍堂を飛び出した。閉じた扉の向こうで何かが跳ね返る音がする。
「な、何なんっすかね、今の」
「分からないけど、複雑な事情がありそうね」
「今日はもう、諦めますか」
「作戦を練らないとね。一旦戻りましょう」
◇◇◇
夕暮れの坂道を戻る真理と桐生。その後ろ姿を窓から眺める雲龍。
カタン、と音がして裏口に人の気配。雲龍が振り返ると、セーラー服に身を包んだ恵の姿があった。
「お前……」
「何なん、今の」
「……」
「教えたったらええんちゃうん?」
「いや、ワシは……」
「いつまで逃げてんの?」
「……」
恵は短く息を吐き、一言だけを残した。
「……根性見せぇや。ええ加減」
その背が裏口の向こう側に消え、雲龍は糸が切れたように崩れ落ちる。
夕日は闇に溶け始め、残る光が弱々しく男の背を照らしていた。
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